<大魔女>アメルダの胸騒ぎ
【シールス】の海から感じたちょっとした違和感。それに少しばかり悪寒を覚えた妾であったが、その異変はもう一度起きることはなかった。
そういうこともあり、エメルダとディーネが無邪気にはしゃいでいる様の観察を再開すると、件の二人がこちらへと近付いて来た。
「? どうしたのじゃ、休憩かえ?」
「はい。私め知りませんでした。海で遊ぶのって案外疲れるんですね」
「まぁ、そうじゃの。それに、常時冷たい海に身体を浸しておるから自然と体温も奪われておる。少し休むが良いかもしれぬな」
「そうですね。なら、お言葉に甘えて小休止をさせて頂きます」
するとエメルダは妾に寄り掛かる形でシートの上に寝転び、伸び伸びと海風を肌で感じ始めた。そうしている内に、彼女はゆっくりと寝息を立て始めた。
「…………」
そんな時、ディーネからの視線を感じ、妾は頭を上げるが何とも気まずい気分に苛まれておった。
(……だからといって無視したり不機嫌顔をする訳にはいかぬでの。流石の妾でもそれは失礼に当たると重々承知してるわい)
妾はなるべくモヤモヤした気持ちを悟られぬよう口を開く。
「其方も其方で疲労が溜まったであろう? 暫し休憩するが良い」
そう言ってエメルダが寝ている反対側の空間を手で叩くと、ディーネは遠慮がちにそこに腰を落とす。
そんなこんなでエメルダとディーネに挟まれる形となった妾は差し当たりのない話題を持ち上げる。
「ありがとの、エメラルダの遊び相手になってくれて。じゃがそれで良かったのか? 其方は妾達の旅行の案内役。本来なら其方が決めた予定で動く手筈だったのではないかえ?」
「確かにそうだけど、別に必ず従わせる義理はこっちにはないし。今までエメっちは海で遊んだことがないって聞いたら、そりゃその初めての思い出作りに付き合うっきゃないでしょ!」
「其方がそれで良いのなら構わぬ。エメラルダも存分に楽しめたみたいじゃからの」
妾は波風でたなびくエメルダの翠色の髪を優しく撫でる。
そんな折、ディーネはどこか不満げに口を膨らませておった。
「アマっちは?」
「む?」
「アマっちは楽しいし? 一度も海に入んなかったじゃん」
「……そんなことはないでの。少しばかりそういう気分じゃなかっただけじゃ」
「嘘だし! だってアマっちの周りに漂う”まな”、ものすっごい不安定に揺れ動いてるし! そういうにんげんは大抵、何かしら隠し事をしてるし!」
「”マナ”? 其方、他人の”マナ”を察知出来るのかの? それも視覚的に?」
「うん、なんとなくだけどね」
そりゃ凄いことじゃの、と妾は思わず感嘆の声を上げてしまう。
”マナ”というのは基本目には見えぬ。しかし、大抵の魔術師であれば『そこに”マナ”があること』は感覚で捉えることが可能である。
(じゃが、あくまで目視は不可能なことに変わりはない。この妾だってそうであるし、”マナ”の匂いを嗅ぎわけられる現【杖技師】クリエルも、直接的に”マナ”を目にしたわけではない。つまりこのディーネはとんでもない能力の持ち主ということじゃ)
その点について言葉を失っておると、ディーネはどこかぎこちない表情を見せおった。
「今まで見たことに無いくらい強大な”まな”を宿してるアマっちも驚かせたってことは、相当常人離れしてるってことだし? 身体の構造と言い、出生といい、やっぱウチって普通じゃないし?」
「? 何を言っておる?」
いきなり神妙な顔をしおったディーネはジッと妾の目を見つめる。
「アマっち的にはさ、ウチがエメっちにグイグイ行ったことが気に喰わないんじゃない?」
「……仮に其方が妾の感情の乱れを読み取れるのなら、ここで嘘を言うのは無意味じゃろう。なら、その通りじゃと正直に答えよう。じゃが勘違いするな。ある意味でこれは妾の一方的な我儘に過ぎぬ。其方は何一つとして悪くはない」
「いや、ウチにも非はあるし。アマっちの指摘通り、エメッチに最初からグイグイ行ったのは反省してるし……。たは~、やっぱ人付き合いって難しいし!」
「そう気負うことはない。妾も妾で、人との交流については苦手意識があるからの」
「そうだし? でも意外とわかるかも。アマっちって浮世離れしてる感じするし? えへへ~、意外な共通点発見だし~」
「共通点?」
それはつまり、ディーネも……?
そんな懸念が頭をよぎった時、ディーネは苦笑を漏らしつつ、自身の蒼色の髪を指でクルクル巻き始める。
「実はウチさ――」
何やら重大なことを口にしようとしたディーネじゃったが、
「!?」
妾はつい先程感じ取った悪寒を再び感じ取った。
それは二度目だからこそ妾は確信した。その異変は確実に偶然や気のせいではないということを。
そしてその変化に呼応するように、遠くの方でドス黒くて轟轟しい電流を弾けさせる雨雲が発生する。
(もしやあれが巷で話題になっておる異常気象かえ……?)
妾は見るからに普通ではないその雲を目の当たりにし、思わず胸騒ぎを起こすのじゃった。




