蒼き都【シールス】のアーメイド、ディーネ
ビックリするような登場を果たした私め達のガイド役であるディーネ様は、初対面の挨拶が終わるや否や軽快な笑いを飛ばします。
「――それにしても悪かったし、約束の時間過ぎちゃって。何せコイツとの喧嘩が長引いちゃったからさ~」
その言葉と一緒にディーネ様は隣で横たわる魚をバンバンと叩きます。
すると先生は興味深そうに感嘆の声を上げます。
「喧嘩じゃと? まさか其方一人でこんな巨大な魚と海中で対峙したというのかえ? よく勝てたのぉ~」
「はは! 実はこういうこと出来るのはウチしかいないらしくてさ、ウチの本業は本来【シールス】の海で遊ぶにんげんたちの監視だってのに、海の漢たる漁師に一目置かれて、そっちの仕事も斡旋させられてるから、ホント困るし……」
「ほぉほぉ、つまりそれだけ泳ぎには自信があると?」
「まぁね。そういう事情もあるからか、巷ではこう呼ばれてるし。蒼き都【シールス】のアーメイドってね!」
何だかカッコいい二つ名だと感じた私めは自然と目を輝かせます。
どうやらディーネ様は、持ち前の泳ぎの技術とその気前の良さを持ち合わせていることから、比較的気性が荒く腕っぷしも強い海の漢たる漁師達だけでなく、私め達のような観光客にも愛される存在だそうです。
その表れか、道行く人々はディーネ様に笑顔で挨拶を交わします。
(ディーネ様もディーネ様で、先生とはまた違った形のカリスマ性や愛嬌を備えてるみたいです。どうやら【シールス】のアーメイドというあだ名は伊達ではないのでしょう)
まさかそんな御方が私め達の旅行の案内をして下さるとは。何だか得をした気分です。
先生も先生で同じ気分だったのか、どこか満足気です。ですが、
「それでも事前の連絡無しに遅れたのは頂けぬの。その大きい魚を取っていたから、という理由はわかったが、何故そんなことをしていたかまでは知らぬでの」
「確かにそれはそうだし。ウチがこの魚をわざわざここまで運んだのは、神様|に対するご機嫌取りのためだし」
「ご機嫌を取る? やはり昨今【シールス】を襲う異常気象は神の祟りとでも言うのかえ?」
「そういうオカルト染みた話はぶっちゃけ受け入れたくはないんだけど、あまりにも重なるモンが重なり過ぎてるからその話を信じちゃう人は信じちゃうし。でもマジ、テンサゲ。最近海が荒れてるせいで本業の方が全くと言っていい程からっきしなのに、その合間を縫って数少ない儲けをこうして献上しないといけないんだかさ」
「そりゃ大変じゃの」
「大変なんてもんじゃないし。でもただ海の機嫌が悪くなったくらいで挫けてたってしょうがないし。アタイ等【シールス】の民はそんな軟な存在じゃねぇし!」
ディーネ様はお辛いことを話しているというのにどこか楽しそうに笑っておりました。増々ディーネ様の気高さが感じ取れます。
ひとしきり作業を終えたディーネ様は大きく伸びをします。
「お待たせさん。んじゃま、蒼き都【シールス】の観光案内を始めるし! よろしくね、エメっち、アマっち」
「エメっち!?」
「アマっち!?」
ディーネ様が口にした呼び名に私めと先生は度肝を抜かれます。
その反応はディーネ様にとって不思議だったのか、彼女は首を傾げます。
「あれ? ウチなんか間違えてるし? だってこっちの翠色の髪のお嬢ちゃんはエメラルダ。そんでもってそっちの紫色の髪の少女はアマルダってんでしょ?」
「確かにそれはそうですが……」
「確かにそれはそうじゃが……」
幸いにも私め達の偽名はディーネ様にバレていませんが、まさかそんな略称で呼ばれることについては全く予想しておらず、私めは愚か先生までもが言葉を失います。
ディーネ様は私め達二人の雲行きの怪しさを感じ取ったのか、額に冷や汗を流します。
「え? もしかしてウチ、何か変なこと言っちゃったし?」
「へ、変なことではありませんが、急なことに驚いてしまっただけで……」
「そうじゃ、そうじゃ。別に悪いことは言っておらぬのじゃが、初対面でいきなりあだ名で呼ばれることに慣れていなくての」
「えぇ~、ニンゲンってさ、フランクな関係性を築くためにそういうことすんでしょ? ウチはさ、エメっちと仲良くしたいだけなんだけども? ……ダメ?」
ディーネ様の上目遣いの訴えに、私めは折れてしまいます。
「構いませんよ、そこまで仰られるのであれば」
そう許可を下されたディーネ様は有頂天で両手を万歳させます。
「やった~! エメっち、大好きだし~♪」
「うわあぁ!?」
またもや全力の抱擁に私めの身体がぴょんと跳ねさせます。
その行動に先生は喚き散らします。
「うぎゃ~! エメル――じゃなくてエメラルダにそう簡単に抱き付くな!」
「えぇ~? いいじゃん~? もうウチとエメっちはマブのダチだしッ! こうやって好きな気持ちを思いっきり表現すんのもニンゲンの特性でしょ? ならウチはそれに倣うしッ!」
アメルダ先生に制止させられましたが、ディーネ様の暴走は止まることを知りませんでした。彼女はさらに力強く私めを抱き締めます。
「エメっち! エメっち! さっきから気になってたんだけどついでに敬語と様付け辞めよ? 気軽にディーネって呼んでッ!」
「えっ?」
「ほらほら、早速言ってみ~?」
そう期待の眼差しを向けるディーネ様――基……
「ディ、ディーネ……さん?」
「ムッ! さんも余計なんだけど!? デ・ィ・ー・ネ! ……さん、はい!」
「え……えぇ~……」
ディーネ……さんの気迫迫る表情と言葉にたじたじになってしまいます。
(これもしかして、世に言う呼び捨てとタメ口を言わなければずっと言い寄られるのでは……?)
そんな不安に駆られた私めは、意を決し奥歯をギュッと引き締め、こう言葉を絞り出しました。
「ディーネ……よ、よろ……しく……ね……?」
「良く出来ましたしッ! 百点満点だしッ!」
嬉しさを爆発させたディーネは抱き寄せていた私めの身体をそのまま持ち上げ、グルグルと回します。
それに釣られ、私めの目も回転します。すると、
「そんなのは断じて看過できぬぞ! 其方がエメラルダの友になることはこの妾が許さぬわ!」
先生が待ったを掛けます。
そんなるアメルダ先生の制止に、ディーネはあからさまな不機嫌顔をします。
「ちょっと!? 邪魔すんなしッ! ウチとエメっちがマブダチになることがそんなに嫌だし?」
「あぁ、嫌じゃ嫌じゃ! そろそろエメラルダには心を通わせる友を作って欲しいとは願っておったが、最低限其方はそれに見合ってはおらぬわ!」
「えっ!? エメっちって今までマブダチいなかったの!? ってことは、ウチが初のマブダチってこと? それ超最高じゃね?」
「話を聞いておるのか、其方よ!?」
「えぇ~? 何で一々友達になるのに、アマっちの許可が必要なんだし? それどんだけ過保護なんだし? てかウチ、その感情の正体知ってるし! 確かシスコンってヤツでしょ?」
「シス……ッ!?」
”シスコン”。そんな聞き慣れぬ指摘を受けたアメルダ先生の顔が一気に沸騰します。どうやらその言葉は先生を惑わせるのには十分だったらしく、怒りの感情が露わになります。
「其方……散々言わせておけば……ッ! 愛しい家族のことを心配して何が悪い? 其方のようなチャラチャラした友人など元より願い下げじゃ! 純粋無垢なエメラルダを汚すでないわ!」
そう仰る先生の目は、ディーネに対する最大限の敵対心でメラメラと燃え盛っていたのでした。そしてその後、つんとディーネから顔を背けてしまうのでした。




