別れ
『――なんだろう、このざわざわするかんじ……。<むまりょくのいみこ>のおねぇちゃんへいきかな?』
<無魔力の忌み子>が<世界の終焉を望む者>の元に飛び込んでから数刻経った頃、<深淵>はそんな心配に満ちた声を漏らす。
私はそんな彼女を宥める。
「平気よ、<無魔力の忌み子>は必ず帰ってくる、<世界の終焉を望む者>にちゃんと勝ってね。貴女もそう思うでしょ?」
私は辛うじて動く首を上げ頭上に佇む少女――ヴェルに声を掛ける。
「何故それを我に聞く必要がある?」
「……まだそんなこと言ってるの? そろそろ素直になればいいのに?」
「…………」
ヴェルは頭に被る布をさらに引っ張り気恥ずかしそうに顔を隠す。
私はそんなヴェルに遠慮なく話を振る。
「ねぇ、ヴェル。<無魔力の忌み子>は<世界の終焉を望む者>に勝てると思う?」
「そんなことを聞いてどうなる? 我の返答次第で結果が変わるとでも?」
「そう邪険にしないで欲しいわ。単なる興味本位から湧いた質問よ?」
「そういう癖に望んでいる答えが返ってくることを待っているではないか? 我はそんな誘導尋問には乗らないぞ?」
ヴェルは少し不機嫌気味にそっぽを向く。
(やはり彼女とは最後まで打ち解けられなかったか。残念で仕方ないわね)
「はぁ……結局私は貴女のこと何もわからず仕舞いだったわ。心残りと言えば心残りね」
「我の過去など知ってどうなる? 面白いことなんてこれっぽちもないぞ?」
「それでも話す義理くらいあるでしょう? まさか墓までその秘密を抱え込むとでも? それは流石に<無魔力の忌み子>に失礼なんじゃなくて?」
「我はただ話す必要のないことを話さないだけだ。我の行動を他人にとやかく指図される筋合いはない」
何とも強情だなと思いつつも、私はそれ以上の追求はしなかった。あくまでそれはヴェル自身の問題だ。彼女の言う通り、私に強要する権利はない。
それでも私は率直な感情を口にする。
「結局失敗ばかりの私が言える義理じゃないけど、とっても興味があるわ、ヴェルの過去が。でも残念ながら私にそれを知る資格を持ち合わせてはいない。だって私にとってのヴェル、そしてヴェルにとっての私はあくまで赤の他人なのだから。でもこの世界の<無魔力の忌み子>は違う。貴女にとってあの娘は赤の他人ではないでしょ?」
「…………」
「だから私の代わりに教えてあげて頂戴。だって<無魔力の忌み子>は明日<大人>になるのだから。――それを機に与えるのでしょう? 私にはどうしても課せられなかった試練を」
「……相変わらず其方には全てはお見通しだな。伊達に我の――ではないといったところか」
どことなく諦め気味のヴェルは嘆息を漏らしながら肩を竦める。
「だがそれを叶えるためには今日という運命の日を乗り越えねばならない。それすらできなければ全て水の泡だ」
「なんて言いつつ、全く<無魔力の忌み子>が負けることを考えていないじゃない? どれだけ溺愛してるの?」
「溺愛ではなく信頼と言ってくれるか?」
「貴女がそう言うならいいわ。取り敢えず彼女の帰りを待ちましょう――と言った矢先ね?」
『かめんのおねぇちゃん! なぞのおねぇちゃん! このけはいもしかして!?』
<深淵>が嬉々として声を上げる。すると私が開けた空間の歪みから一人の少女が飛び出す。
『<むまりょくのいみこ>のおねぇちゃん、だいじょうぶ!?』
まるで満身創痍のように地面に放り投げられた<無魔力の忌み子>の元に駆け寄る<深淵>。そんな彼女は<無魔力の忌み子>が出てきた空間の歪みの奧を固唾を飲んで見つめます。
『しぶとい……』
<深淵>も勘付いた。帰還を果たしたのは<無魔力の忌み子>だけではないと。
「――まだ……ッ! まだ終わっていませんッ!」
突如としてその空間の穴からもう一人の少女――<世界の終焉を望む者>が顔を出す。
「…………」
宿敵は未だ健在。ヴェルは緊張感を露わにしながら静かに力を溜めるが、
「「その必要はない(です)」」
私と<無魔力の忌み子>同時に制止させられる。
それに乗じ相手のことをよく観察したヴェルは全てを察し、<深淵>もまた深追いはしなかった。
この中で唯一状況を的確に掴めていないのはただ一人。<世界の終焉を望む者>だけである。
「何ですか、その憐れむような視線は? 今更私めに平伏す気もない癖に生意気な態度ですね? ならそのまま呆けた顔をしていればいい。この私めが等しく絶望を与えて差し上げます!」
事の重大さに未だ気付かぬ<世界の終焉を望む者>のことが可哀想だと思った。そんな私の顔を見て<世界の終焉を望む者>は眉間にシワを寄せる。
「……さっきから本当に何だとというのです? 貴女は……いいえ、貴女達は何故そんな顔を? まるで全てが終わったかのような満足感に満ち溢れていますが?」
「何も知らないということは幸運なことよね、<世界の終焉を望む者>? そう、貴女の言う通り勝負はもう決してるわ」
「何を言って……? 私めはまだ<無魔力の忌み子>を滅してはいない。それが終わるまで決着が付くなど有り得ません」
「ならその空間の狭間から出てきたらどうかしら? 多分無理だと思うけど」
私の挑発にさらに激昂する<世界の終焉を望む者>が動く。――がしかし、
「が……ッ!」
空間の奥から無尽蔵に伸びた腕らしきものが<世界の終焉を望む者>の全身をガッチリと掴み引っ張る。
「小癪な! まだ邪魔立てを――!」
<世界の終焉を望む者>は当然その腕を振り払おうとしますが、件の腕は全く微動だにもしませんでした。
「何故? さっきは簡単に振り解けたというのに……」
「力でその腕をどうにかするのは無理よ? その腕は決した運命を定めるべく動いているのだから。つまり世界が貴女の敗北を認めたの」
「!? そ、そんなわけ! 私めはまだ――」
「諦めが悪いのと往生際が悪いのは紙一重ね。この際だからハッキリ言うわ。貴女は『エメルダ』に負けたことで世界から必要のない存在になったのよ」
「――ッ」
<世界の終焉を望む者>は私の言葉を受け悲痛に満ちた顔をします。それでも彼女は最後の抵抗だと言わんばかりに暴言を撒き散らします。
「違う違う違う! 私めがこの世から消えたら世界はどうなると思う!? 私めはこの世界そのもの! そんな私めが消えたらこの世界は成り立ちませんよ?」
「それは思い過ごしよ、<世界の終焉を望む者>。この世界を作り上げていくのは決して<世界の終焉を望む者>じゃない。この世に生きる全ての人々よ? そんな人々の可能性と未来を全部奪うなんて傲慢と言う他ないわ!」
「黙れ黙れ黙れ! 私めは何があっても許せない! 虚構の幸せを謳歌する<無魔力の忌み子>が! 私はそんな<無魔力の忌み子>を全員等しく絶望に叩き付けねばならないのです!」
「でも貴女はそんな『エメルダ』にとうとう負けた。貴女の存在意義もここまでよ」
私のこの正論を助長するように<世界の終焉を望む者>を抑え付ける腕の力がどんどん強まり、空間の向こうへと引きずり込もうとする。
もう一巻の終わりだと悟りながらも<世界の終焉を望む者>は捨て台詞を吐き続けた。
「私めが居なくなった世界がどうなるかなどことさらに言うまでもありません。精々破滅へと自ら向かい自滅しなさい。その時は助けてあげませんよ?」
「この世界はそんな柔じゃないわ。どんな危機が訪れようとも人々は手を取り合いその危機を乗り越える。貴女の助力なんて要らない」
「ならそのちっぽけな可能性とやらを世界の向こう側からほくそ笑んで見ているとしましょう。ふふふふふ……ははははは!」
最後まで自身の消滅を認めようとはしなかった<世界の終焉を望む者>は徐々にその姿を空間の向こう側へと溶かしていきます。そしてその存在感が完全に消え去ると共に空間の歪みもパッと消え去った。
結果、<世界の終焉を望む者>は居なくなり『エメルダ』が生きていることが意味することは――
「やっと……未知なる未来を手にすることができたわ……」
そんな感動を覚えると共に、『パキリ』と私の身体からヒビが割れる音が鳴り響いたのだった。
●
「――どうやらわたくし達の勝利のようだね、<ヴォイド・ノーバディー>ちゃん♪」
『祝杯を……祝杯を上げなくちゃ(;'∀')』
<世界の終焉を望む者>がこの世から消失した後、程なくして<呪いの子>と<マザー>と合流を果たす。
「それよりも貴方達がここにいるということは彼女――<総司祭>をどうにかしたのね?」
「いや、どうにかしたんじゃなくてなったという方が正しいかな?」
『そうそう(>_<)。急に空間が割れたかと思うとそこから急に腕が伸びてきてさ、<総司祭>を一気に飲み込んじゃったんだ( ̄д ̄)』
「そう。つまり世界は<総司祭>の存在すら許さなかった訳か」
「あの手、一瞬しか視れなかったけどもしかして?」
「そのまさかよ。あの腕一本一本はこれまで<世界の終焉を望む者>に消滅させられてきた『エメルダ』の思念と執着そのもの。どうやら最後の最後で私達を助けてくれる存在となってくれたみたいね?」
『今までそんなことなかったけどどうして急に?(*_*;』
「多分私が凝り固まってた世界を変えたのが原因だと思う。でも結果はこのザマよ?」
私は苦笑を漏らしながら消失した右半身と、ひび割れ今にも崩れ落ちんとする頬を二人に見せ付ける。
「ごめんなさい、二人共。どうやら約束――四人で生き延びて明日を迎えるという約束を果たせそうにないわ」
「『…………』」
それが変え難い事実だと受け止めた<呪いの子>と<マザー>は黙りこくる。そんな時、ずっと側で座っていたヴェルが私のデコを小突く。
「何弱気になっているのじゃ? 妾はそんな風にお主を育てた覚えは無いぞ?」
「は?」
『え?(; ・`д・´)』
二人にとっても聞き慣れたヴェルの口調と言葉を聞き、両者共々唖然とする。
言葉を失う二人を他所に私は冷静に言葉を返した。
「やっと本性を現しましたか、先生? わざわざ嘘を言ってヴェルの姿で現れなくとも良かったではありませんか?」
「そうも言っていられん状況じゃった。もし仮にアメルダの姿のままでいれば、妾はエメルダのことを忘れ去る所じゃったからな」
「そこまでして『エメルダ』のことを助けてくれようとしてありがとうございました」
「いや、妾が助けたかったのは決してエメルダだけではなかった。その中にはお主も含まれておったのじゃぞ、<世界の理想を望む者>よ」
「それは何とも有難い話ですね?」
「じゃが寸での所でお主を救えんかった。この場を借りて謝罪するでの」
「構いません。遅かれ早かれ私の精神と身体には限界が訪れていたことでしょうから。結果的に『エメルダ』の未来を築く礎となれただけでも大満足です」
「お主の自己犠牲精神はどこまでもエメルダと似ておるの」
私は『あくまで同じ人物ですし』と微笑む。
「……エメルダに別れを告がず逝くつもりかえ?」
「えぇ、湿っぽいのはどうにも苦手ですから。元『空虚で何者でもない者』らしくシレッといなくなった方が性に合っていることでしょう」
「言い訳は止さんか? ただ面と向かってエメルダと別れの言葉を交わしたくないだけじゃろ?」
「はは、バレちゃいましたか? はい、その通りです。この期に及んで私は『エメルダ』との別れを惜しんでいるのです」
既に感覚すら失われ始めている私の頬に涙が伝う。
「この先の未来はもう私のものではない。この先へと行けるのは『エメルダ』だけ。私めはそんな『エメルダ』の足枷にはなりたくないのです」
『エメルダ』はきっと先へは進めない私のことを案じ足を止めてしまうはず。そんなこと『エメルダ』にはさせたくはなかった。
「ですから私は独り密かに旅立ちたいのです」
私は一度決めたら絶対に折れない『 』。そればかりは譲れないことをその場にいた全員が理解した。
『ボロッ』とさらに私の身体が砕け落ちる。そもそも意識を失った『エメルダ』が起きるのを待っている余裕すらない。
私の意思を嫌でも汲みとった先生・<呪いの子>・<マザー>が私めの手を取る。
「ならわたくし達が<ヴォイド・ノーバディー>ちゃんの最期を見届けよう」
『断っても強行するんだから(^O^)』
「せめて最期は笑顔を絶やすでない」
「ありがとう、みんな……。そしてさようなら――」
(『エメルダ』……)
私めは満面の笑みを浮かべながら静かな息を立て、そっと眠るように目を閉じたのだった。




