人生初の湯浴み
『まずは服を脱いで貰う』。
<大魔女>様が私めに仰ったその言い付けの意図や目的をあまり良く読み取れはしませんでした。しかし、今私めの主人はこの御方でございます。かの者が『やれ』と申すのなら、私めはただその命令に従うのみです。
「…………」
私めが無言で身に纏う衣服へ手を掛けた時でございました。<大魔女>様が苦笑を漏らします。
「いやいや、今でなくて良いぞ? 逆に何故この場で脱ごうとしたのじゃ? まさか妾のことがそんなに外道だと思っておるのかえ?」
「?」
どうやら私めは間違いを冒してしまった様です。では一体、いつ服を脱げばよろしいのでしょうか?
「……?」
やはりどうにも合点が行かず、頭の中で疑問が右往左往しております。
そんな私めの態度に<大魔女>様は冷や汗をお流しになられます。
「そのキョトンとした反応……まさかお風呂を知らぬとは言わないであろうな?」
お風呂、でございますか?
その単語は以前聞いたことがあります。確か温かいお湯と泡で身体と髪を清める場所だったでしょうか?
勿論異臭の原因となるので身体に付着する垢を取らされることはあったのですが、大体は雑に水をぶっかけられてそれでお終いでした。なので入浴という文化を知ってはいたものの、実際にお風呂に入った経験は皆無でした。
私めは否定の意味を兼ねて首を横に振ります。
「ほぉ、そうであったか。なら丁度良い、妾の屋敷の浴場は街の銭湯より広いらしいから初めての入浴を存分に堪能するのじゃな。……とは言ったものの上手く湯が出せるかの~? 妾自身あまり風呂場を使わぬから栓が詰まってなければ良いが……」
何やら不安げに小言を呟く<大魔女>様ではありますが、私めにはなんのことかサッパリ分かりません。
<大魔女>様はどこか上の空を仰ぎながら、大きく咳払いをなさります。
「……オホン! まぁなんとかなるじゃろう! ホレ、そうと決まれば早く身を綺麗にしようぞ?」
私めは<大魔女>様のその提案を快諾いたします。そして<大魔女>様に手を繋がれる形で屋敷の中へと入るのでした。
●
屋敷内を案内される間もなく私めは地下にある大浴場に案内され、一足先に風呂場に入っていった<大魔女>様が脱衣所に戻られます。
「――うむ、取り合えず最低限の機能は生きておるの。ならものはついでじゃ。妾も久方振りに湯浴みでもしようかの」
そんなことを仰った<大魔女>様は即座に衣服を脱ぎ去りどんどん生まれたての姿へと変貌していきます。
ちなみに<大魔女>様はとても目を見張るお姿をしております。
スラリとしなやかな四肢。程よい肉付きである太もも。見るからにモチモチ触感のお尻。大人の手にすら有り余るくらい巨大な乳房。うるおいで満たされたお顔とお肌。肩まで伸び輝きを放つ紫がかった長髪。その髪によって一層際立つアメジスト色の瞳。
そんな完璧なまでのプロポーションを誇る<大魔女>様に私めの視線は思わず釘付けとなりました。
「…………」
目をパチクリと瞬かせ<大魔女>様を見つめておりますと、かの御方は不思議そうな顔を私めにお向けします。
「其方よ、どうした? 流石に経験が無いとはいえ、風呂には裸で入ることくらいは知っておるであろう?」
「!」
その言葉にハッとした私めは慌てた様に衣服――と申しましてもボロ布の方が表現としては正しいですが――を脱ごうとします。ですが……
「…………」
良く良く考えれば、私めの身体は貧相で下劣で厭わしいモノなのではないでしょうか?
そもそも私めの身体は傷やアザだらけ。果たしてそんな醜い姿を高貴たる<大魔女>様に晒してしまってよろしいのでしょうか?
そんな結論に至った私めは自然と後退りをしており、<大魔女>様から離れておりました。
ある種私めから拒絶された<大魔女>様は肩を竦めます。
「……もしや酷く傷付いた姿を妾に見せたく無いのかえ? そんなこと気にせんでも良い。別に妾は其方の身体を見てもなんとも思わないのじゃからな~。其方の気持ちも分からなくもないが、だからと言ってそのまま汚れておったって意味は無いじゃろ? どんなことがあろうとも其方には服を脱いでもらう。――ならちょっと強行手段に出るとするかの」
<大魔女>様は一度荷物置き用のカゴに仕舞っておいた杖を取り出します。その後ついさっき私め達の姿を消した時とはまた違った不思議な言葉を発します。
「”重力を司るマナよ、かの者の周囲にある引力を緩めたもれ。浮遊”」
「ぅわぁ!?」
その瞬間でした。再び杖から放たれた光に包まれた私めの身体がフワフワと浮き始めたのです。
「あっ! ひゃあ!」
地面から足が離れるという初めての感覚に戸惑った私はジタバタと手足を動かしますが、逆に空中でバランスを保てなくなり宙を舞ったままその場で一回転してしまいます。
なのでグルグルと目を回してしまう私は<大魔女>様に身体の動きを止めて頂きます。
「ホレホレ、あまり暴れるでない。今の其方は自由に身動きが取れぬのだから大人しく観念するのじゃ」
<大魔女>様の手がとうとう私めに到達いたします。
「もうこんなボロ雑巾みたいな布切れなど必要なかろう。思い切って引き裂いてしまうかの」
「!?」
そ、それは大変困ります! 何せいくら不格好な衣装とは言え、一張羅であるのは確かなのですから。もしこれを消失してしまえば、私めはこれから先素っ裸で過ごさなければなりません! それだけは……それだけは絶対にお許しくださいませッ!
「ぃ……ゃ……」
「嫌じゃと? 妾からしてみれば小汚い服でいられる方が困るのじゃが? 心配するでない、その辺も妾が用意してやる。……という訳で失礼するぞ?」
「やぁ! やあぁあ!?」
<大魔女>様は私めの反抗を完全に無視なさりビリビリと一思いに服を破ります。その結果、到底他人にはお見せできない素肌がさらけ出されます。
「うぅ~……」
「そう悲しそうな顔をするでない。そんなに傷を気にするのであれば手当もするでの。その前に風呂じゃ風呂」
<大魔女>様に軽く抱かれてしまった私めは、全てを諦めた顔で浴場へと入場します。
「――さてと、まずはお湯を浴びせるとするかの。恐らく傷口に沁みるかもしれぬが暫し我慢するのじゃぞ?」
「うっ!」
<大魔女>様の言い忠告通り、シャワーから出る温水が傷口を刺激しますが、私めは奥歯を噛み締め必死に耐え抜きます。
「おっ、偉いぞ。この調子でササッとやってしまうから待っておれ」
<大魔女>様は繊細かつ大胆に身体のすみずみまで指を絡ませその調子で髪も洗っていきます。
「♪~」
<大魔女>様は鼻息交じりに洗体を続けあっという間に私めの身体が泡だらけとなりました。
「……こんなモノで良いかの。もう少しの辛抱じゃ」
「は……はぃ……」
こうして泡を流された私めは一瞬の内に綺麗サッパリ清められました。こんなに小綺麗になったのは何年振りでしょうか?
「うむ、最初よりはよっぽど良い見た目になったの。これなら文句無しじゃ。では先に湯舟に浸かっておいてくれぬか? 妾もすぐそっちに行くのじゃ」
「ぃ……ぃんです……か……?」
「勿論じゃ。言ったじゃろ? 初めてのお風呂を存分に堪能すれば良い、と。なら遠慮せずとことんゆっくりすれば良い。それに今は貸し切り状態みたいなものじゃ。いっそのこと湯舟の中を泳いでみるのも一興かもしれぬぞ?」
<大魔女>様は『気に病む必要はない。妾は泳ぐ気満々じゃからな』と無邪気な表情を浮かべるのでした。