蒼き都【シールス】
【シールス】。そこは私めとアメルダ先生が住む【コミティア】から一・二時間移動した場所にある、超が付く程の有名観光地であります。
【シールス】が誇る一番の目玉としてはやはり、水平線の彼方まで続いているのではと錯覚させんばかりの広大な海でしょう。そのため、年がら年中観光客が途切れないとのこと。
さらに【シールス】が有する海の地中深くには、数百年に繁栄し、後に荒廃し沈んだとされている神殿都市が眠っているとされており、俗に言われるトレジャーハンター達の興味をも引いております。
そんな【シールス】は、先の海底都市の名残りから”蒼の都”と呼ばれ、今なお多くの人を魅了し続けているのです。
「蒼き都の【シールス】……ここからそう遠くもない場所なので気にはなっていましたが、まさかあんな事態になるなんて思いもしませんでした」
「まぁ、それについてはしょうがない部分も多いじゃろうなぁ~。ある種、貰い事故みたいなモンじゃからの」
「そういうことがあったせいで、今【シールス】は悲惨な状況ですよね。あぁいうことが無ければ、純粋に海水浴を楽しめたでしょうが、やはりタイミングは最悪だと言わざるを得ません」
恐らく、【コミティア】の大福引大会を企画し、その一等賞として【シールス】への宿泊券を用意した段階ではまだ問題は発生していなかったでしょう。だからこそ、その当時では【神都】としてもしてやったりと言わんばかりの景品だったのでしょうが、先程先生が仰ったように、しょうがない部分もあるのやもしれません。
「なんか少し損した気分ですね。せっかくの福引大会も盛り上がらないのでは?」
「そうでもないぞ? 別に【シールス】は海と海底神殿だけが売りの観光地ではない。そこに隣接する超高級ホテルをタダで利用できるだけでも得じゃ。例え海に行けなくとも、元は十二分に回収できるわい」
「その口振りですと、【シールス】に訪れたことがおありで?」
「一・二回程度の。と言っても、その内どちらも<大魔女>として接待するという名目じゃったから、【シールス】が誇る海に触れる機会は皆無じゃったがの」
そう仰る先生は口を尖らせます。
この人が何故こんな態度を見せるのか? たった二年しか過ごしていないとは言え、私めからしてみればアメルダ先生の思っていることなんて手に取るように分かるのです。
「もしかして、海ではしゃぎたい、なんて言いませんよね?」
「お主……」
先生はジワリと冷や汗を流しつつも、コクリと小さく頷きます。
「失望したかえ? 年甲斐も無く海で泳ぎたいなどと思うのは?」
「失望ではなく、羨望の方が正しいかもしれません……」
「羨望? つまり羨ましがっておるのかえ?」
私めはコクコクと頷き応えます。
「いつも側で見ていて、いいなって思ってたんです。アメルダ先生のそういう色々なことを楽しもうとする精神が」
「? 別にそんな特別なことをしておるつもりはないがの? それに、妾がそういう風に見えるのは元はといえばお主がおるからじゃよ?」
「へ? それはどういう……?」
「そういうことなら妾なりの秘訣を教えてやるとするかの」
アメルダ先生はフフンと鼻息を鳴らし、自信ありげに胸を張ります。
「物事を何でも楽しむためには一緒に笑い合う友を作ることじゃ」
「友?」
「そうでの。かく言うエメルダもそうだったのでは無いのか?」
「私めですか?」
「そうじゃろ? だってお主もサンディと一緒じゃったから【神都】旅行を目一杯楽しめたのであろうに?」
「!」
そこまで言われて先生の言わんとすることを理解出来ました。
「妾とて無暗に一人ではしゃいでる訳じゃないのじゃよ? 当然、個人で楽しめる物もあるじゃろうが、やはり一番は誰かと『面白い』や『嬉しい』を共有するに限る。じゃからこそ……」
アメルダ先生はそう仰りつつ、私めの翠色の髪を丁寧に撫でます。
「エメルダもそういった友人をまずは一人作るが良い。お主のその誰にでも敬意を払う態度は素晴らしいが、裏を返せばそれは誰に対しても一定の距離を空けているとも言えなくもないでの。お主の先生として、それは到底見過ごせぬ欠点と言わざるを得ん」
「欠点ですか……」
(た、確かにそのことについては私めも思う所がありましたが、いざ先生から直接指摘されてしまうと本格的に胃が痛くなってしまいます……)
「先生、友人と言ってもとても大きな括りだと思うのですが、基本的にどのレベルの親友をお作りになればよろしいのでしょうか?」
「そうじゃの~。簡単な所で言えば、呼び捨て及びタメ口は必要じゃろうなぁ~」
「えぇ~!? その時点で難易度高いじゃありませんか!?」
「それくらい【大魔女】の弟子ならばやって貰わないと困るでの! というかそもそも、十二にもなって友の一人も居らぬというのは、親としては相当心配案件なんじゃが!? 妾の心の安息のためにどうか精進して欲しいぞ!」
「か、かしこまりました。出来得る限り善処しようと思います」
「頼むでの」
先生は私めの髪をクシャクシャとかき、笑顔を差し向けます。
……そんなこんなで、先生基母親であるアメルダ様から大事な使命を受けることになった私めは、不安で胸が締め付けられる気分に苛まれるのでした。
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「ほほぉ、まだ一等賞は残っておるようじゃな。そもそもそうでなければ話が始まらぬからの」
先生は手を腰に当て、威風堂々たる姿で”コミティア大福引大会”が開かれている会場前に立っておられました。
私めはそんな先生の横顔にジンワリとした汗を流します。
「そうかもしれませんが、あくまで取らぬ狸の皮算用であることはお忘れ無きように……」
「おいおい! 大一番の勝負をする前だというのにそんな弱気でどうするのじゃ? 何事もやってみなければ分らぬでの」
アメルダ先生はそう言いつつ、事前に重ねておいた福引券五枚を押し付けます。
「ほれ、ここでウジウジしておったって何も始まらぬぞ? 時には思い切りも大事じゃ。健闘を祈っておるから、気合を入れて一発かまして来るが良いッ!」
「こ、この件に関して言えば、気合でどうにかなる問題じゃないと思うのですが~」
半分強引に押される形で、私めは福引大会の係員さんの前に出てしまいます。
ここまで来たなら、もう覚悟を決めなければならないようです。私めは渋々といった具合で、福引券を係員の女性に手渡します。
「あの、これで一度福引を引かせて頂けますか?」
「えぇ、どうぞ! 豪華賞品を狙って是非頑張って下さい!」
係員の女性はそう言いつつ、中身が隠された木箱をこちらへ差し向けます。
軽く中を覗くと、数枚の紙が散乱しております。どうやらここから引いた紙に書かれている景品を貰えるみたいです。
ちなみに側に置かれている景品棚を見てみると、【シールス】旅行券は他の景品とは違い、明らかに一個しかないように見受けられます。ということは数多くある景品の中からその一枚を抜き取らねばならぬようです。
(これでどう頑張ればよろしいのか……)
そんな疑惑を抱きつつ、ガサコソと中身を漁り、適当に紙を一枚引き出します。
「…………」
何の期待無しに折り畳まれた紙を開くとそこには一等の文字があり、けたたましいベルの音が鳴り響きます。
「お……お……お……おめでとうござぁいまぁ~す! 【シールス】旅行をプレゼント~ッ!」
「へぇ……?」
全く一切予想していなかった展開に『これは夢か何か?』と錯覚し、一瞬放心状態に見舞われるのでした。




