圧倒的な力量差
「こ……ここは……一体?」
ゆっくりと目を開くと、そこは辺り一面真っ白に染まる空間で、私めはその中を無重力状態で浮いておりました。
(今、私めはどうなって……?)
私めは混濁とする意識を何とか保ちながらも何が起きたかを冷静に思い出します。
(そうです! いきなり姿を現した<総司祭>様に斬り付けられたのでした。それによくよく思い出してみたらこの場所には見覚えがあります。ここは私めが始めて――)
そう結論付けるのと同時に、
『とうとう見つけましたよ、<無魔力の忌み子>。やはり<大賢者>の力を借りて過去の世界に飛んでいましたね?』
目の前に光をそのまま具現化した化身そのものの存在が現れます。
私めはその謎の存在に呼び掛けます。
「そんな風に姿を変えなくともわかります。貴女は<万象の始祖>、ですよね?」
『ふふ、やはり既に気付いていましたか』
私めに図星を突かれた<万象の始祖>はその姿を私めと同じモノに変貌させます。
またしても私めと同等の格好で迫る<万象の始祖>に問います。
「アメルダ先生はご無事なのですか?」
「この期に及んで自分ではなく他人の心配ですか? 何とも健気というか呑気というか――」
「いいから答えて下さい!」
「そう怒らないで下さい。せっかくの可愛らしい顔が台無しですよ?」
「…………」
私めから無言の圧を受け取った<万象の始祖>は両手を竦め質問に答えますが、最早それは聞きたい答えではありませんでした。
「さぁ、どうでしょうね。それを答える義理は私めにはありません」
「なら聞く内容を変えます。先生も私めのことを忘れてしまったのでしょうか?」
「それを知りたいのなら実際に会ってみて確認してみたらどうです? まぁ数千年お預けてしょうがね」
「…………」
やはり<万象の始祖>とは相容れない。何をしたいのか、何を考えているのか、何を感じているのか一切読み取れない<万象の始祖>が不気味で堪らない。さらに不幸なことに、<四大精霊>や<深淵>の気配が近くにないのが恐ろしさに拍車を立てています。ここで本格的な戦闘をしろと言われれば確実に旗色は悪いと言えるでしょう。
しかしながら<万象の始祖>はほぼ無防備に近い私めに襲い掛かろうとはせず、その逆でゆったりと話をするような体勢を取ったのです。
「<無魔力の忌み子>、過去の世界を見た率直な感想を頂けますか?」
「それを貴女に言う必要がどこに?」
「いいではありませんか? ここは<総司祭>と私めが協力して作り上げた空間。側に頼れるお友達がいない以上、暴れた所で手立ても脱出の手段もない。ならやれることはただ一つ。私めと会話を楽しむ他ありませんよね?」
「言い方を変えます。私めは貴女の口車には乗りません」
「釣れませんね。それほど嫌われていて残念に思うばかりです。なら私めが代弁いたしましょう。同じエメルダとして」
<万象の始祖>は憎たらしいくらい私めと似た笑みを浮かべると、頼んでもいないのにペラペラと語り出します。
「過去の世界――正確には”魔術”も”マナ”も存在しない世界は貴女……いいえ、私めにとって都合がいい世界だったのではなかったのでしょうか?」
そのことについては一度<深淵>から同じことを言われました。私めは彼女に返した言葉を再び口にします。
「それは結果論に過ぎません。私めが生まれ育ったのはアメルダ先生のいるあの未来。だから私めは私めの戻るべき未来を取り戻す為、<万象の始祖>に立ち向かわないといけない。それは何があっても変わらない不変の事実なのです」
「未来を取り戻すなんてそんな不確定なことを口にして平常心を保つなど愚かですね。それに今の状況で未来に戻った所で何になるというのです? 誰も貴女のことを覚えていないのですよ? 本当にそんな場所を故郷だと胸を張って言えますか?」
「それを覆す為に貴女と戦うと言っているのです」
宣戦布告に近い一言を受けた<万象の始祖>は突然腹を抱えて笑い出します。
「私めと戦う? <無魔力の忌み子>は相変わらず無謀なことを考えますね。……その願望を叶えられると考えているのですか?」
「やれるかやれないかではありません。やるしか選択肢は無い。貴女が私めと同一だというのであればことさらに言うまでもないですよね?」
「それもそうですね。ですからなおさら残念で仕方ありません。もっと利口的な考え方ができれば無駄に苦しむこともなかったでしょうに」
「貴女にとやかく言われる謂れはありません」
「私めは<無魔力の忌み子>のことを心配して言っているのですよ。貴女はずっと自ら進んでいばらの道を進み続けている。それには痛みや苦しみが伴い、さぞ大変な思いをしたことでしょう」
『知ったような口を!』と反論しようとしましたが、残念ながらその隙は与えられませんでした。
「皆まで言わずともわかっております。それでも<無魔力の忌み子>はそんな壁を乗り越えてきた。では何故そんなことを可能にさせたかというと、貴女の元には頼れる先生や<四大精霊>がいたからに違いありません。そして二年の時を経て失ったその両方を取り戻した。なら多少なりとも強気になるのも頷けます。……ですが、貴女の快進撃もここまでです。私めが最後の障壁として立ち塞がった。悪いことは言いません。もう未来は途絶えたと考えて下さい」
「ですから勝手に決めつけないで下さいと何度言ったら――」
「なら試してみたらどうです? 今の貴女に私めを倒すことができますか? もしやるというのであればご自由に。私めは逃げも隠れもしませんから。さぁ掛かって来なさい」
「…………」
と言われても何故か足が震えてしまい一歩も動けない状態に陥ってしまいました。目の前に宿敵がいるというのに何たる醜態でしょう。
(それに落ち着いて考えてみたら今の私めの手元には力がない……。これでどう戦えと?)
ある意味で絶望している中、ふととあることを思い出します。
(そういえばこの空間で初めて<万象の始祖>と出会った時、私めの手には――)
「――そこにいるんでしょう? 来て、”イザナミ”!」
『ヤットワレノソンザイヲニンシキシタカ! ソウデナケレバナ!』
私めのそんな呼び掛けに応えるように私めの左手に一振りの刀――<魔剣>”イザナミ”が収まります。
(やはり前回の時と同様、この場でも”イザナミ”は応えてくれました! あの時は”イザナミ”に心も身体も奪われて大変な目に遭いましたが、今はそうじゃない。”イザナミ”と和解した今なら存分に力を振るえるッ!)
「”イザナミ”、また力を貸して。今度は二人で立ち向かおう!」
『マタ? ……ナニヲイッテイルカハサッパリダガ、ヤツヲホロボスコトコソワガツトメ。ソレガカナエラレルノデアレバホンモウダ。ユクゾ!』
「うんッ!」
私めと”イザナミ”は舐め腐ったように無防備の<万象の始祖>に飛び掛かります。そして”イザナミ”の加護が乗った一発を放ちます。
相手は避けも防御もしなかったからこそ確かに直撃した筈。それに私めも”イザナミ”も一切手は抜いていない。だというのに……ッ!
「この程度ですか?」
<万象の始祖>は無傷で笑っていたのです。
それだけではありません。逆に攻撃を仕掛けたこちら側が……
『ムゥウ!?』
ピキリという嫌な音と共に”イザナミ”の刀身に亀裂が走ります。
「”イザナミ”!」
<万象の始祖>は何もしていない。相手の方が固く盤石だったからこそ、その反動を”イザナミ”が受け止め切れなかったのです。
「これが私めと<無魔力の忌み子>との間にある圧倒的な力の差です。どうです、思い知れましたか?」
「~~~~~ッ!」
「反論がなければこのまま幕引きと行きましょう。冥途の土産に真の<闇の覇者>の力をお見せしましょうか」
「え……」
すると私めの目に信じられないものが飛び込んできます。
<万象の始祖>の手に握られているのは間違いなく、私めが左手に持つのと同じ……
「なんで……なんで貴女も”イザナミ”を……?」
「前々から散々言っているではありませんか? 私めもエメルダなのだとね」
そんな言葉を言い残し、<万象の始祖>は強烈な一打を私めに見舞うのでした。
●
「ガ……ハ……」
<万象の始祖>の一撃は私めのそれとは異なり致命傷に成り得るものでした。
それでも辛うじて意識を保てているのは、明らかに<万象の始祖>が手心を加えたからに他なりません。加減をしてもこの威力……。力量差をハッキリと思い知らされました。
余裕しゃくしゃくの調子でこちらに近付く<万象の始祖>は私めを見下しながらこう告げます。
「これでもまだ私めに勝てると大見得を切れますか? ……と言って納得する珠でもありませんか。そんな貴女に一つ提案です。私めに勝ち、失った未来を取り戻すことは諦めて下さい」
「……ッ!」
「そう睨まずともわかっております。その代わりに代替案を出しますから。ついさっき過去の世界にどういった感想を抱いているか聞きましたよね? もしも、もしもですよ? 帰れる未来がないとすれば留まりたいとは思いませんか?」
「思い……ませんッ!」
私めは残った力を振り絞り<万象の始祖>の言葉を跳ね除けます。
それには<万象の始祖>も呆れ果てます。
「ここに来る前に<総司祭>に言われたのではありませんか? 何も持たざることこそが真の幸せだと。それは強ち間違いではありません。<無魔力の忌み子>は無魔力であることにこそ価値がある。無魔力だというのに背伸びをして無茶をして、アメルダ先生と肩を並べようとしたことこそがそもそもの間違いだったのです。今までは運よく乗り越えられましたが今回ばかりは違う。私めが立ち塞がった以上、もう先へは進めない。ということは今までの努力や頑張りは全て水の泡。それはあまりにも不憫過ぎやしませんか? 流石の私めも可哀想だと思うばかりです」
さっきから何をペラペラと……。私めは<万象の始祖>の発する言葉を一割も理解できませんでした。それだけ意識が遠のきそうになっていたのです。
ですが一つだけ確かなことがありました。例え何があっても、何を言われようともその甘言には乗る気はない。その固い意志だけで何とか意地を保っておりました。
そんな私めの気持ちを推し量ったのか、<万象の始祖>はまたしても失笑を漏らします。
「私めのことながらつくづく愚かしいですね。私めはヨゾラちゃんや<深淵>とは違うのですよ? 生温い友情や親睦でどうにかなる相手ではない。私めは<無魔力の忌み子>に容赦はしない。その道を閉ざす為だったら何だってする所存です。それでも貴女を叩きのめすことに心を痛めているのです。なるべくなら痛い想いはさせたくありませんし、して欲しくもない。だからこその案としてこの過去の世界――魔力という価値がなくとも伸び伸びと生きられる世界で生きてみてはどうでしょう?」
「……ッ!」
だからそんなつもりは毛頭もないと目で訴えます。
どこまでも折れない私めと、どこまでもこちらを理解しようとしない<万象の始祖>は永久に平行線。恐らくどちらかが片方に譲歩するなんてことも到底有り得ない。そんな中、強制的な主導権を行使できるのは他でもなく――
「そういうことでしたら致し方ありません。そこまで強情を張るというのであれば手段を選んでいられません。私めの――<運命の魔女>としての力を開放するしかないでしょう。貴女は魔力のある世界に生まれるべきではなかった。<大魔女>アメルダに誑かされるべきではなかった。身の丈に合わない夢や希望を抱くべきではなかった。貴女は何も持たないからこそ美しく尊い。そう思えるような人生を……救済を……慈愛を与えましょう。さぁ、ゆっくりと目を閉じて。次に目を覚ましたら何もかも忘れますが、最高の世界が待っていますよ?」
「……ッ! ~~~ッ!」
そんなものは断じて望まないし欲しくもない! そう対抗心を見せますが身体も心も何故か言うことが利かず、徐々に徐々に<万象の始祖>の魔の手が迫ります。
(もう為す術がない……? こんな所で……何も成果を上げられぬまま終わりを告げるというのですか?)
じんわりと目元に涙が滴り落ちます。
本当の本当に終わり? そんなのは嫌だ!
「助けて……誰か助けて……ッ!」
誰にも届かないであろうその心の叫びは、
「その言葉を待ってたわ」
確かに彼女――自称空虚で何者でもない存在こと<ヴォイド・ノーバディ>さんに届いたのでした。




