【コミティア】大福引大会
ついさっきまで<ヴォイド・ノーバディー>と名乗る謎の人物と話をしていた所、唐突に一枚の紙っぺらを渡されたと思ったら、急にそのお姿を消してしまいました。
そんな急展開に当然のことながら唖然としていた時、家の扉のドアノブがゆっくりと回されました。その奥から、
「ふぃ~、何とか夜になる前に帰って来れたわい……」
今度は私めにとって馴染みある――なんて軽い関係性ではなく、唯一無二の家族と評した方が正しいです――女性が入って来ました。
かの女性はとんがり帽子とローブを身に付けており、そして名前の通りとても綺麗なアメジスト色の瞳と髪をしております。
その御方の名はアメルダ。世界で有数の才能を持つ<大魔女>であり、そして私めにとっての先生であらせられます。
どこかに出掛けてると書置きを残したアメルダ先生は疲れ果てたかの様にその衣服を脱ぎ捨てます。それと一緒に、私めが起きていることに気が付きました。
「おっ、エメルダよ。やっと起きたかえ?」
「は、はい、おはようございます……っていう時間じゃありませんよね……」
「まぁ、そうじゃの。でも、別に良いでは無いか? 寝る子は育つという言葉もあるくらいじゃからの」
「で、でも、そのせいでサンディ様にちゃんとしたお別れを言え仕舞いで……」
「気にするでない。また来るぞとサンディも言っておったからな」
「そうですか……」
正直、サンディ様のお見送りを出来なかったのは残念で仕方ありませんが後悔先に立たず。またお会いする日を楽しみに待つとしましょう。
……それはそれとして、
「所で、アメルダ先生のご用はお済みになられましたか?」
「あぁ、取り合えずはの。実はな、折れた<黒樺の杖>の修復を<杖技師>に頼みに行ったのじゃが、どうやら素材が足りないと申されてな。そのせいでちょいとばかし面倒な仕事を押し付けられはしたが、これについては致し方なしじゃ」
先生はどこか面倒臭そうにそう仰ります。
自然とその声色を深刻に思った私めは、こうお尋ねします。
「あの、大変なことに巻き込まれたりしておりませんか?」
「うん? 平気じゃ、平気! 妾を誰だと思っておる? 逆に最近鈍っておる身体の肩慣らしに丁度良いと思っていた所じゃから、万々歳じゃよ!」
そう言いつつ、アメルダ先生は優しい手付きで頭を撫でて下さいます。
そんな折、先生は私めのちょっとした機微を汲み取ります。
「そう心配してくれるのは大変うれしいが、それにしても、お主よ。何だか表情がまだ夢の中におるみたいにポヤポヤしておるでの?」
「夢? そういえば……ッ!?」
私めはアメルダ先生の登場で抜けかけてしまったことを確認します。
「すみません。あらぬことをお聞きしますが、さっきまでここに誰かいらっしゃいませんでしたか?」
「? ふむ、誰かとな? それは無いじゃろ。一箇所しかない扉で鉢合わせをしておらぬのじゃからの。もしかして、誰か尋ねて来たのかえ?」
「それについてはなんとお伝えすれば良いか……」
先程姿を現した、名前を名乗れぬ<空虚で何者でも無い存在>こと<ヴォイド・ノーバディー>さん。
少し話しただけではとはいえ、その全貌の1%すら推し量れぬその方をどう表現すべきかわからず、結局この場ではその存在を無かったことにしました。
「……すみません。やはりまだ夢見心地で御座いました。先の言葉はどうか忘れて下さいませ」
そう頭を下げると、アメルダ先生はフフンと胸を張り勝ち誇った顔で、私めの頬を軽く引っ張ります。
「そうかそうか、やはりそうであったか! ったく、 本当に愛い娘じゃの~ッ!」
「や、辞めて下さい、くすぐったいですからッ!」
先生とのこのやり取りは今や日常茶飯事ではありますが、最近では少々恥ずかしさが勝るようになってきました。何せこれでも私めは十二歳なのです。にも関わらず、アメルダ先生は未だ私めを幼い子供として扱いますから、少々不満げなのは内緒です……。
(しかし、これはアメルダ先生の最大限の愛情表現であるのは知っていますから全面拒否するのはどうにも憚られます。それでもなんとももどかしい感じですね……)
こんなちょっとしたスキンシップをしていると、アメルダ先生は私めの手に握られた一枚の紙に気が付きました。
「む? エメルダよ、それは何じゃ?」
「実は私めもよくわかってはおりません。それにちゃんと確認するのも今が初めてで」
なので、紙の内容にちゃんと目を通したのはこの時が初めてでした。その紙にはこのような文言がデカデカと印刷されておりました。
「”コミティア大福引大会!”引換券?」
「そうか、お主は知らぬのか」
どうやらアメルダ先生はこの紙のことをご存じのご様子。先生はその説明をなさります。
「実はの、つい先日――丁度エメルダとサンディが【神都】に向かったのと同時に、【コミティア】でそのキャンペーンが始まったのじゃ」
詳しく話を聞くと、サンディ様の計らいによって【神都】から【コミティア】の支援が決まった先駆けとして、大福引会と評したイベントが始まったそうです。
「詰まる所、最低限の復興おめでとうという意味合いがあったのじゃろうな。その催しのために【神都】が用意した景品は中々に素晴らしくてな、街人はこぞってそれを当てるべく、物の売り買いが活発化したのじゃ」
「ではこれはその福引をするための引換券だと?」
「そうなるの。でも不思議じゃ。【コミティア】で買い物をしておらぬお主が何故それを持っておる?」
流石に<ヴォイド・ノーバディー>さんから受け取ったとは言えません。
どうにか誤魔化しの言葉を答えあぐねていた私めは上の空でこう言います。
「え……えっと……ベッドの中に紛れ込んでいましたよ? 先生のことですから知らぬ内に吹っ飛ばしたんじゃありませんか?」
「おいおい、お主よ、流石にそこまで間抜けはことは……う~む、いやしておるかもしれぬの」
「ほっ」
何とかその場凌ぎの嘘が通用して何とか一安心です。先生が想像以上にちょろくて助かりました。
「じゃが何はともかく、これで券が五枚集まったから一回福引を引けるでの」
そう言って私めから一枚の福引券を受け取った先生は、ローブからもう四枚の福引券|(ちなみにとてもクシャクシャです。相変わらずのズボラ感ですね)を抜き取り、五枚に引き合わせます。その時のアメルダ先生の顔はとてもホクホクとしておりました。
「何だか嬉しそうですね?」
「そりゃそうじゃわい! これでも妾は祭ごとが大好きじゃからの! 規模は小さいが、こういう楽しいことには全力で乗っかるのじゃ!」
「そうなのですか。でも果たして福引で良い物を引けますかね? 何せ私めは不幸を招く体質ですから……」
「そんなの関係あらぬわ! その状況で一等を引き当てるのが面白いのではないか!」
するとアメルダ先生はニパァと笑い、私めの手を引っ張ります。
「ほれ! なら善は急げじゃ! 今ならまだ福引が引けるでの!」
「ちょ、ちょっと! 行くのはいいですけど、最低限着替えだけはさせて下さい!」
「早うせい! でなければ一等賞が誰かに取られてしまうでの」
「ちなみにその景品は何です?」
「ふふん、聞いて驚くが良い! なんと、かの有名観光地こと【シールス】の宿泊券じゃわい!」
それを聞いて私めは思わずキョトンとしてしまいます。
「え……? それって今の状況的に微妙じゃありませんか?」
「……それは言わぬ約束で頼むでの」
先生はそう苦笑いを浮かべるのでした。




