<無魔力の忌み子>と『 』.①
「さぁ、起きて、<無魔力の忌み子>。とうとう貴女の物語が始まるよ」
(え……?)
寝ていた所、急にそう声を掛けられ、私めはハッと目を醒ましました。
いつの間にか眼前には、全く身に覚えのない方がおりました。
その方は後ろ髪も含めた頭部全体を隠すマスクをしており、以前お会いした<大賢者>様とはまた違った異質な雰囲気を醸し出しておりました。
そんな謎多き相手を目の前にしてちょっとしたパニックに陥ってしまいました。
(誰!? 不法侵入!? というか、アメルダ先生は何処に!?)
数多くのモヤモヤが頭の中を駆け巡り、思考がどうにもまとまりません。
そんな私めの口からどうにも間抜けな声が出てしまいます。
「あなたは……?」
そう答えますが、寝起きなのでどうにも視界がぼやけており、目の前の人物を上手に捉えられません。
すると、例の人物は女性らしき声でこうお答えします。
「私は『 』。こうしてまともに名乗ることすら出来ない<ヴォイド・ノーバディー>。つまり<空虚で何者でも無い存在>よ?」
「……?」
(お名前を名乗れない<空虚で何者でも無い存在>……<ヴォイド・ノーバディー>……? 全く状況が読み取れません……)
「あの、名前を言えないのではなく、言わないのでは無いのですか……?」
「ふふ、言えないであってるわ。何せとある理由で私の存在と『 』という名は、この世界から”排除”されているの。……だから言ったのよ、<空虚で何者でも無い存在>ってね」
「……よくわかりません」
「それでいいのよ。所詮私は、<無魔力の忌み子>の人生における脇役でしかないんですもの」
「本当に何が何だか……」
何やら頭がズキズキと痛くなってきました。いきなり寝起きでこんな事態になっているのですから、当たり前と言えば当たり前ですが。
(そもそも、私めはいつから眠っていたでしょう? 確かサンディ様と【神都】へと赴き、そのついでに【神都】観光を楽しんだのは覚えています)
そして数日の観光の後【コミティア】を出発する予定日となり、本来なら時間に余裕があるタイミングで帰れる筈だったのですが、幸か不幸かその日限定のゲリラパレードが催されてしまい、サンディ様の許可の元、そのパレードの最終演目である花火フィナーレが終わるまで【コミティア】に残ることとなってしまいました。
(その日の演目も大変素晴らしく、【神都】旅行の中でも特に思い入れのある思い出でした。それも時間や眠気も忘れて熱狂してしまったくらいに……)
そのせいで【コミティア】へと向かう【神都】発の最終汽車に乗る羽目になってしまい、その汽車の中で私めの意識と記憶は途絶えたのです。
(ということは、俗に言う寝落ちをしてしまったのですか……)
辺りを見渡すと、窓からオレンジ色の光が差し込みます。どうやら現時刻は夕刻のようですね。
「…………」
サンディ様のお姿は当然ありません。感謝とお別れの言葉を言えず、大変遺憾で御座います。
ですが、アメルダ先生がいらっしゃらないのはどうにも不思議です。すると、
「ここに<大魔女>からの書置きがあるわね」
そういえば、ずっと側に謎の<ヴォイド・ノーバディー>と名乗る方がいらっしゃったのをすっかり忘れておりました。
その人物から一枚の紙を差し出され、その内容に目を通します。そこにはこんなことが書き記されておりました。
『少しの間、所用で留守にするでの。戸締りは……まぁ平気じゃろ。わざわざこんな辺鄙なこの場所を訪れるモノ好きはおらぬじゃろうからな。じゃから安心して待つがよい』
「…………」
先生……残念ながらそのモノ好きとやらがいらっしゃったようです……。
「え、えと、<ヴォイド・ノーバディー>……様?」
「様なんて要らないわよ。私、そんな大それた存在じゃないし」
「なら、さん付けは如何でしょう?」
「普通に呼び捨てで構わないんだけど、<無魔力の忌み子>がそうしたいならそれでいいわ。で、何か言いたげな感じだけど、どうしたのかしら?」
「そうでした、一つ質問が。<ヴォイド・ノーバディー>はどうしてここへ? もしかして<大魔女>アメルダ様のお知り合いか何かですか?」
ついさっきこの方は、先生が置いていた手紙について『<大魔女>から』と断定しておりました。つまり、この家の家主がアメルダ先生だと知っているということです。
そういう観点からの予想でしたが、彼女はクスッと苦笑を漏らしました。
「あの<大魔女>と知り合い? まさか! 私は世界から隔離され、誰にも認識されず、決して記憶にも残らないわ。だからこそ、永遠に孤独な私に知り合いなんて皆無よ」
「では本当の目的は何だというのです……? そういえば<ヴォイド・ノーバディー>さんは私めが<無魔力の忌み子>であることを存じておるようで? なら、真の目的は私めだったりするのでしょうか?」
そんな核心を突くような言葉に、<ヴォイド・ノーバディー>さんはゆっくり首肯なさりました。
「その通りよ。私はね、<無魔力の忌み子>でしか描けない人生にちょっとした彩りを与えるべく、遠渡遥々貴女の元を尋ねたの」
「私めでしか描けない人生……?」
なんとも突拍子のない発言に息を呑み込みます。
失礼ながら私めは、<ヴォイド・ノーバディー>さんのことを全く理解できずにいます。
(いきなり姿を現して、いきなり変なことを仰らないで下さい……。でも、何故でしょう? そういうことならすぐに追い出せばよいものの、そうしない私めがいます……。理由は定かではありませんが、どうしてかこの<ヴォイド・ノーバディー>さんに強く当たれないのです)
この感覚は確実に恐怖ではありません。では、この気持ちは……?
「…………」
「? どうしたの?」
「い、いえ。貴方はとても不思議な御方だと思いまして……。完全に不審者である<ヴォイド・ノーバディー>さんに対し、あろうことか安心感を抱いているのです」
「ふふ、”催眠魔術”に似た何かを使ってたりしてね」
「!?」
「嘘よ。<無魔力の忌み子>になんかして<大魔女>に恨まれるのは本意ではないし。きっと<無魔力の忌み子>が今私に抱いている感情は恐らく”無”よ。そりゃそうよね。何者でもない存在に何を感じるっていうのかしら?」
「そ、そんなことは決して……ッ!」
<ヴォイド・ノーバディー>さんの自身を卑下なさる言葉を受け、すぐさま否定をしますが、先程とは逆に首を横に振ります。
「私のことはどうだっていいわ。それよりも私はね、<無魔力の忌み子>に話をしたいの」
<ヴォイド・ノーバディー>さんは我が物顔で室内をグルグル周りつつ、まるで面白い物語を語るが如く言葉を発し始めます。
「<無魔力の忌み子>――かの者の人生は、生まれた時から波乱万丈そのもの。親の顔すら知らず、誰一人として味方も存在せず、よもや生きていること自体が世界に破滅をもたらすとされる<悪魔>に仕立て上げられる始末。最序盤から超絶ハードモードね?」
「…………」
今更、『どうして私めのことをそんなに詳しく知っているのか?』ということは聞かないでおきます。
敢えて不毛なツッコミを控えた私めに、<ヴォイド・ノーバディー>さんは話を続けます。
「でもその地獄は、ある救世主の登場にとって覆った。その時にその人物から放たれた『――丁度、妾の召使いを探しておった所じゃわい。ここは景気付けに最低価格の十倍……いいや、ドドンと千倍の金貨百万枚で、其方を買うとするかの!』という台詞は正に、<無魔力の忌み子>の全てを変えるキッカケとなったのは明白。そして貴女の新たな――いえ、その時点では何一つとして始まっていなかったのだから、一から人生が始まったともいえる。……そうね、この状況に物語風のタイトルをつけるのであれば、『金貨百万枚で売られた<無魔力の忌み子>の少女は、<大魔女>の元で人生初の幸せを謳歌する様です』といった具合かしら?」
私めの反応を顧みず、ペラペラと言いたいことだけを述べ続ける<ヴォイド・ノーバディー>さんの話に耳を傾け続けます。
「けれどもそんな中、意図せず多くの災難に巻き込まれることになったけれども、その危機は難なく乗り越えられた。その要因は言わずともわかるでしょ? <無魔力の忌み子>の近くにはいつも助けてくれる人がいたものね?」
<ヴォイド・ノーバディー>さんは何でも把握してると言わんばかりに、最近の状況も言い当てます。
ここまで予言されると怖いという感想が浮かびますが、例の<ヴォイド・ノーバディー>さんは真剣な声色をこちらへ向けます。
「でも、これから先は<無魔力の忌み子>のみの力で困難に立ち向かわないといけない。当然その自覚はあるんだろうけどもね」
「…………」
(きっとそれは<四大精霊>のことでしょう……。私めがその問題に関わることを知っているのはごく僅かの人だけなのに、それすらお見通しとは……)
どうやら<ヴォイド・ノーバディー>さんは何らかの手段を用い、私めの事情を把握している模様です。だからこそ、あぁ言ったのでしょう。
「『とうとう貴女の物語が始まるよ』。もしや、貴方が最初に仰ったその言葉の意図はそこにあるのですか?」
「その通り。これから先の<無魔力の忌み子>の未来は、<大魔女>でも<陽光の剣士>でもなく、貴女だけの物。私はそれを伝えに来たの」
「そうして何になるというのです……?」
「言ったでしょ? <無魔力の忌み子>でしか描けない人生にちょっとした彩りを与えるって。だから、これもその一環」
そう言って<ヴォイド・ノーバディー>さんは私めに何かを投げ付けます。
それは一枚の紙っぺらでした。
「これは? ……って、えッ!?」
この正体についてお尋ねしようと思いましたが、その一瞬の内に<ヴォイド・ノーバディー>さんは忽然とその姿を消し去っていました。
それと同時に、
『ガチャリ』
と、家の扉のドアノブが開かれ、一人の女性が顔を出したのです。




