<大魔女>と<四大精霊>
――ドクン、と妾の心臓が静かに揺れ動いた。その原因は、<杖技師>クリエルが不意に口にした言葉にあった。
「……【獄園】、それに<四大精霊>じゃと? どうして今そんな話が……?」
「驚くのも無理は無いやもしれませんね。ですが、残念ながら現実の話でありんす。今や無惨にも折れた<黒樺の杖>を治すにゃ、その二つの要素は切っても切れません。……まず第一に【獄園】がどういう場所かご存じで?」
「当然じゃ。海を挟んだ遥か北の大地――千年前世界を覆った深淵が今なお残る地獄であろう?」
地獄。そんな物騒な物言いではあるが、そう言う他ない。何故ならこの妾ですら足を踏み入れるのを躊躇う場所じゃからじゃ。
(つまり、<黒樺の杖>を治すにはその未開の地に降り立てばならぬということか……)
「……本当にその<黒樺の木>とやらは【獄園】でしか成樹しないのかえ? というかそもそも、今の時代なら他の素材を使ったもっと良い杖を創り出せるのでは?」
「いえ、<何か>に対抗するには<黒樺の杖>でなければなりません」
「その理由は?」
「まず第一に、あっしが知る限り<黒樺の木>より強い杖は存在しないからです。なので他の杖で妥協する案は受け付けやせん。それに、<何か>が放つ闇に対抗するには、それ相応の闇の力が必要でありんす。とどのつまり、闇を以て闇を制すのが手っ取り早いんすよ。なのでその闇の力を秘めた杖を打つには、この世で最も闇深い【獄園】で原料を育てる必要がありやす」
クリエルの説明を何となく理解した妾は続けて他の疑問を口にする。
「【獄園】で<黒樺の木>を育てなければならない重要性については相分かった。なら<四大精霊>の力を借りなければならないことについてはどうじゃ?」
「そう難しい話じゃありません。当時の環境を思い浮かべてみて下せぇ。太陽の光すら届かないその世界において、人々は希望も未来も抱けずにいました。普通に考えたら無理でしょ? そんな状況で木の一本を育て上げるなんて」
「確かにそうじゃの」
これは基本的な話じゃが、木を育てるには主に四つの要素が必要不可欠とされておる。
それは、”新鮮で清らかな水”・”豊穣をもたらす土”・”成長を促す風”・”生命力を高める陽”。
その内の一つが欠けるだけでも、木の成長に大きく影響を及ぼす。
(そもそもな話、人間の営みすらままならぬ【獄園】でそれらの要素を調達するなんてこと可能なのか……)
そんな懸念をふと抱いた時であった。妾は真相に辿り着いた。
「わかったぞ! 何も無いからこそ、強大な力を持ち合わせている<四大精霊>の手で強硬手段に出たのか!」
「その通りです。千年前と変わらぬ環境で同じ様に<黒樺の木>を植樹させるにゃ、それしか方法はありやせん。……これでご理解頂けやしたか? <黒樺の杖>を打ち直すには、それだけの労力が掛かるってことが」
「……うむ、嫌という程の」
「なら交渉成立ってことでよろしいでしょうか? <大魔女>殿は全力で<四大精霊>との契約に漕ぎ着け、【獄園】にて<黒樺の木>を植えて下せぇ。そして<黒樺の木>を無事採取できた暁には、あっしが<杖技師>クリエルの名に恥じぬ一世一代の大仕事として、<黒樺の杖>を再びこの世に呼び起こさせて貰いやす」
「それで構わぬ。頼むでの、クリエル」
そう言って妾は、クリエルに手を差し出す。彼女はその行動の意味を素直に受け取り、向こうも手を出す。
こうして妾とクリエルとの間に約束が交わされた。ちなみに、その時の妾の心中は何とも言えぬ感じであった。
「どうやら妾も妾でクリエルと同様、一世一代の大一番に出なければならぬらしいの。やれやれ、これでも三百歳の年寄りなのじゃから、あまり無理をさせんで欲しいのじゃぁ~」
妾はそう言って苦笑を漏らすのじゃった。
●
一通りクリエルとの話を終えた妾は帰り支度をしていた。と言っても、<杖技師>クリエルの工房の前で箒に跨っただけじゃがの。
その時、クリエルは何故かバツが悪そうな顔をしておった。
「なんかすいませんね。ひょんなことから面倒事を押し付けちまって。あっし自身、杖以外のことはどうにもからっきしですから、<四大精霊>の件は丸投げすることしか出来ないのが悔やまれるでありんす」
「気に病む必要は無いでの。妾からしてみても、杖の製造に関することはずぶの素人じゃ。つまり、お互いに専門分野を全力で取り組めば良いということであろう?」
「お気遣い痛み入りやす。……はぁ、それにしてもあっしら等はつくづく運に恵まれなかったようで。まさか千年前のツケを今払わなければならなくなるとは」
クリエルはどこかしょうがないと思いながらも、釈然としない口調でそう言った。表面上の態度では『諦めムード』といった具合じゃが、きっとそうではないじゃろう。
妾はもう既に分かり切っている答えをわざと導くような質問をする。
「怖いかの?」
「まさか。逆にこの危機的状況――下手すりゃ、世界が滅ぶかもしれないっていうのに、心が踊り狂って仕方ないでさぁ……ッ!」
さっきまで表情を全く崩さず淡々としていたクリエルであったが、この時ばかりは口角を上げるのを抑えられずにいた。
「形はどうあれ、あの偉大と名高い初代<杖技師>クリエルと同じ仕事に携われるなんて、夢にも想っておりやせんでした! 別にあっしにとっちゃ、<杖技師>としての富や名声、はたまた知名度については全く無関心ではありますが、今回ばかりは震えが止められません。だからこそ――」
クリエルは妾の顔面に迫る勢いで近づき、狂乱に満ちた目を差し向ける。
「どうかあっしが最高の仕事を出来るように、くれぐれもよろしくお願いしやすよ……?」
そんなクリエルの血気高ぶる情熱に当てられ、自然と汗が頬を流れる。
ここまでのやり取りの流れは大体想定通りであったが、放たれた熱量の質については完全に予想の範疇を超えておった。
(一番最初にこの娘の度量を過小評価していたのが仇になったの……。こりゃ、彼女の期待に応えられる働きを出来なければ、先代クリエルにされた以上の大目玉を喰らう羽目になるかもしれぬな)
サンディとはまた違った意味のプレッシャーを掛けられたことで息を詰まらせながらも、必死に口を開けた。
「任せろ。<大魔女>の名に懸けて、必ずや<四大精霊>を手懐けてみせるでの」
「えぇ、その意気でありんす。ですが、例え<大魔女>殿であっても油断は禁物ですよ? 貴女殿の魔力出力を最大限引き出す<黒樺の杖>が既に折れている、ということもありやすが、今まで通りのごり押しはもう通用しやせん。何故なら、今の<大魔女>殿の魔力は錆び付いているようですからね」
その指摘に妾の眉が吊り上がる。
「其方……杖だけに留まらず他人の身体に宿る”マナ”も嗅ぎ別けられるのかえ?」
「杖だけの匂いがわかって、人様の匂いはわからないなんてこと有り得ませんよ、普通。ただそれを口外すると本当に気持ち悪がられるので言わないだけでありんす。ですが、その羞恥を承知でこういうことを伝えるってことは、それだけ重大だってことです。あっしの言葉に思い当たる節はおありで?」
「……何となくではあるが、魔力コントロールが上手くいかぬのは確かじゃ。これがただの鈍りなら良いが、単純な劣化だとちょいとヤバいかもしれぬな」
「ご自身で自覚しているのならこちらからはとやかく言いませんよ。ただの注意喚起として捉えて下されば幸いでありんす」
「ご忠告感謝するでの」
「いえ、お気になさらず。何は……とはここでは敢えて口にするのは避けておきやすが、<大魔女>殿には今、護るべき大切な存在がいると存じております。その者を再び孤独にさせたくなければ、どうか今一度腹を括って下さると助かります」
クリエルはそう言って深く頭を下げおった。
どうやら妾を煽るような荒々しい物言いをしていたのは、この覚悟を真に問うためじゃったらしい。
「申し訳ねぇ……。こんな小童が出過ぎた真似を……」
「いや構わぬ。そうじゃ。其方の言う通り、妾には絶対に幸せにせねばならぬ唯一無二の家族がおる。妾のせいでその者の笑顔が消えるなんてこと絶対にあってはならぬ。今回の件については少々億劫になっておったが、エメルダのことを考えるとなると、身が引き締まる思いでの。ありがとの、こんな妾を鼓舞してくれて。……だからじゃろ? 其方の圧が少々暑苦しかったのは?」
「え? 違いやすよ? アレはあっしの素でありんすが? <大魔女>殿が適当な仕事しようものなら、その身体を杖加工用槌でぶち叩くのも辞さない所存です」
「こっわ!? 物騒なことを言うでないわ!?」
「ですが、一層やる気が出たのでは?」
「其方が言うと殺る気に聞こえて仕方ないのじゃが!?」
妾がそう突っ込むと、クリエルはクスクスと小気味良い笑いをする。
「では、あっしにそうさせないよう精進して下せぇ。結果的に、あっしの気迫が届いて何よりでさぁ」
「あぁ、背筋が凍り付く程にの……」
「それは僥倖でありんす。――して一方的に<四大精霊>のことはお任せする流れといたしましたが、その者達の動向に心当たりはおありですかい?」
「何となく”魔力感知”をすれば大まかにも。どうやらその中の一つは【コミティア】近くの有名観光地に点在しておるようじゃな」
「ほぉ、つまりあそこでありんすか。最近、荒れてるみたいですねぇ」
「あぁ、十中八九<四大精霊>の一人が関わっているとみて良い。じゃが現状、相手の素性や能力を探り、選りすぐりしている余裕は皆無じゃ。だからこそ、まずは手始めに近場から攻めてみようと思うでの」
「これが最初の足掛かりになればいいですね。ともかく全部一任したあっしが言うのもアレですが、ご健闘を祈っておりやす」
「うむ、任せろ。ではそろそろ行くかの。また逢おうぞ、クリエル!」
その言葉と共に箒に魔力を集中させた妾は、再び空を駆け出すのじゃった。




