<杖技師>クリエル
<杖技師>クリエル。その者は正に世界で最も良き杖を造るとされる杖職人である。
ちなみに、今妾が持参しておる<黒樺の杖>も元を辿れば、初代<杖技師>クリエルが打ったモノだとされておる。じゃからこそ<黒樺の杖>のアレコレについては、使用者の妾よりも初代<杖技師>クリエルのノウハウやスキルを受け継ぐ後継者の方が詳しかったりするでの。そのため、餅は餅屋という言葉があるように、折れた杖の修復については専門家の指示を仰ぐのが賢明だということで、今こうして<杖技師>の工房がある山岳の頂上に舞い降りたのじゃ。
そこで先程声を掛けたドワーフ達の話によると、現クリエルの工房は妾が知る先代クリエルと同じ場所に構えられているらしく、なんとなく記憶を頼りに歩くだけで辿り着いてしもうた。
工房の近くまで行くと、熱気が一気に舞い込んできた。どうやら中では作業を行っているらしい。
ここまで妾を案内してくれた先の男性二人が中に入り、クリエルを呼び付ける。
「お~い、クリエル! 忙しい所悪いな。お前さんにお客さんだ!」
「それも重鎮中の重鎮である! 丁重に出迎えてやってくれ!」
男達のその呼びかけに奥から声が返ってきた。
「――わかったでありんす」
「む? もしや現代クリエルは女性なのかえ?」
「驚くのはまだ早いですよ」
「どういうことじゃ?」
「見ればわかりますとも」
またしても意味深な言葉を残し、二人の案内人は立ち去っていった。
その後、奥から作業の邪魔にならないよう黒髪を短く束ねた少女が顔を出した。
「?」
山の頂き故、気温は余裕の一桁じゃというのに、彼女は額にどっぶりとした汗を流しておった。相当集中して作業に没頭しておったのじゃろうな。
(いや、驚くのはそこじゃないの。まさか現クリエルがドワーフではなく人間じゃったとはの……)
その事実を前にし、目を点にさせる。
(こりゃどういうことじゃ? クリエルに限らず、魔術師御用達の杖を創造するのは手先が器用な種族――俗に言うドワーフと呼ばれる者達の専売特許であった筈)
だからといってドワーフ以外の<杖技師>が存在しない訳ではない。細かい作業を得意とする人間が<杖技師>として生計を立てているケースもあるはあるが、妾の知る限り、ドワーフ以上の仕事を出来る者は皆無じゃ。それだけドワーフが造る杖の質・性能・耐久力は他の種族が作成するそれとは別次元の出来である。
(そんなドワーフ技師達が集まる工房の中……いや、世界で最も良き杖を造るとされる<杖技師>クリエルがドワーフでないことも驚きじゃが、さらにその者の年齢はエメルダより少し上の少女ときた……。そんな者が本当にクリエルだというのかえ?)
妾はその確認がてら自己紹介を交えつつ、相手の素性を探ることにした。
「お初にお目にかかるでの。妾は<大魔女>アメルダ。<杖技師>クリエルに急用があってここを訪れたのじゃ」
「<大魔女>アメルダ殿……。その名は先代から良く聞かされておりやした。確か現<黒樺の杖>の管理者ですよね?」
「そうじゃ。ふむ、やはり『先代』という言葉を使った手前、大体予想は付くが未だ信じられぬ。まさかとは思うが、其方が現クリエルなのかえ?」
そんな問いに、少女は面目無さそうに頭をペコペコと下げる。
「はぁ……なんかすいやせん、やはり人間がクリエルじゃおかしな話ですよね?」
その口振りからしてどうやらエメルダとは違う意味で低姿勢のこの少女がクリエルで間違いないらしい。
そんなクリエルの言葉に妾は何とも言えぬ表情を返す。
「今のご時世、『<杖技師>はドワーフであるべき!』等というちんけな固定概念に囚われるのはどうかと思うが、こればかりはの~……。もしや歴代クリエル初の女性兼人間なのではないかえ?」
「はい、そうでありんすね。ですがそのせいで多くの人をビックリさせてしまい、申し訳なく思いやす」
「じゃが、クリエルという名と称号は先代から襲名されるモノであろう? ならそれだけの能力が認められたのではないのかえ?」
「いえいえ、あっしなんて先代である親方の足元にも及ばないでありんす。あっしはただの小間使いだったのにいきなりクリエルに抜擢されやした。どうして親方はこんな未熟なあっしをクリエルにしたんですかね?」
「いや、それを妾に聞かれても困るでの」
もしやこの娘、相当の天然であるか? 本当に自身がクリエルであることを信じ切っておらぬな。
(果たしてそんな者に<黒樺の杖>を任してよいものか……)
しかし、現状こうして助けを求められるのは彼女の他におらぬ。
この娘が持つ潜在能力は未知数。その幅が上に伸びておることを願っておるでの……。
●
そうして工房内に通されるや否や、クリエルは
「では改めまして用件を聞きましょう……と言っても、答えは一つでありんすね。<大魔女>殿が直々にご足労したということはつまり、<黒樺の杖>の件でしょう。違いやすか?」
「その通りじゃ。良く分かってるでの」
「そりゃ当然でありんす。何せ<黒樺の杖>のために<杖技師>クリエルが居ると言っても過言じゃありませんから。取り合えず状態を見ても?」
「構わぬぞ」
そう言って妾はタオルで丁重に巻いていた今や二つに別たれている<黒樺の杖>をクリエルに差し出す。
「失礼しやす」
クリエルは真剣な表情で杖を手に取り、まじまじと観察を始める。
今の彼女の目には闘志が宿っておった。そんなクリエルの姿に思わず感心してしまうでの。
(なんじゃ、そういう顔もちゃんと出来るではないか。今の其方の顔は完全に職人のそれであるぞ?)
約二百年前のことではあるが、見ているこちらが焼き焦がれるようなその情熱には覚えがあった。
(どうやら妾の心配は杞憂だったみたいじゃの。今の其方は先代と重なって見える。やはり其方はクリエルで間違いないのじゃな)
妾が満足気に口角を上げると、クリエルは感嘆の声を上げる。
「しかしながら、これでもかと言わんばかりの見事な断絶でありんすな。やはり寝ても覚めても数多くのストレスに悩まされるこの現代社会に、流石の<大魔女>殿も辟易なさっているといった具合でしょうか」
「ん? まぁそれはそうじゃが、どうして今そんな話をするでの?」
「いや、こうなった原因は<大魔女>殿が怒りに身を任せ、フンスッ!と膝で杖を叩き折ったからじゃないんですか?」
「何じゃあ!? そのあられもない言い分は!? 妾はそんなクレイジーキャラじゃないわい!」
妾のそのツッコミにクリエルはムムムと首を傾ける。
「おかしいですねぇ……。<黒樺の杖>はそう易々壊れる代物じゃないんですが」
「なおなおさら、妾の腕力でどうこう出来る問題ではないのじゃあッ! 冗談も程々にせい! ……というか、ちゃっかり妾のせいにするでない! 妾自身、凄く驚いておるのじゃぞ? <黒樺の杖>は絶対強度を誇る最硬の杖だと聞いておったのじゃが?」
「確かにそうでありんすね。現状<黒樺の杖>は誰にも破壊することは出来ません、ただ一人を除いてではありますが」
『ただ一人』という何とも匂わせた一言。敏感にそれを察知した妾は、一人の剣士の名を口にする。
「……<陽光の剣士>か?」
「左様でありんす」
「何故にそんな限定的な状況になっておるのじゃ?」
「元々、<黒樺の杖>と<陽光の剣士>殿が握る<陽光の剣>の製作者は同じ人物に辺ります。だからこそ、その製作者からしてみれば事前の仕込みなんてお茶の子さいさいだったんでしょうね」
「事前の仕込み?」
そう首を捻ると、クリエルは二つに折れた<黒樺の杖>と妾を指差しつつこう言った。
「正に今、<黒樺の杖>が遣い手にとって手に負えず、暴走した時の保険を設けていたってことでさぁ」
「!?」
「本来ならそうあって欲しくないと思っての細工だったんでしょうが、まさかそれが今になって働くことになろうとは。ちなみに、折れた時の状況を教えて貰えやすか?」
妾は、クリエルの予想通り、力を抑え込めなくなった<黒樺の杖>の管理を彼女に頼み、託した所までは良かったものの、その搬送中に起きたトラブルのせいで杖を折らざるを得なくなったことを伝える。
「なるほど。ですが、その行動については合理性がありますね」
「? どうしてじゃ? 杖は折れぬに越したことはないじゃろ?」
「いえ、そうとも言い切れません。何せ<黒樺の杖>は、使用者の魔力がどれだけ小さく――そう例え<無魔力の忌み子>であったとしても、強大な力を与える正真正銘最凶の杖でありんす。その杖が<大魔女>殿以外の手に渡ること……それはすなわち世界の終焉を意味することを薄々感じていたのでは?」
「確かにそうじゃの」
「でしょ? <陽光の剣士>殿がそこまで考えていたかは不明ですが、そのお陰で最善の策を取れた。違いやすか?」
「最善の策、か……」
それはつまり、迫り来る脅威からエメルダを救ったことじゃな。一見するとその選択は間違っていないように思えるが、裏の事情を知っている手前、判断に困るでの。
(確かに妾はサンディに『もし仮にエメルダに危険が迫ったら、躊躇なく杖を斬れ』と言ったが、それは冗談半分のつもりであった。じゃが、もしその時サンディが<黒樺の杖>を斬れることを知っておったら果たしてそう言っていたであろうか? ……いや、絶対に言わなかったであろうな。何故なら――)
「例えそうであったとしても、<黒樺の杖>から<何か>が開放されたことについては重く捉えねばならぬぞ?」
「…………」
<何か>。そんな曖昧な言葉なのにも関わらず、クリエルの顔が一気に曇る。その不安を抱えたまま彼女は顔を俯かせる。
「正直な所、あっしは杖のこと以外に関して言えぁからっきしでさぁ。だからこそ、千年前がどうとか、その時世界を覆いつくした闇がどうとか言われても理解し難いです。ですが、こうなった以上そうも言ってられません。だからこそここいらで一度、<黒樺の杖>のあらましを浚うとしやすか」




