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【焔魔地帯】再訪

「~~~~~ッ! ヴァンナ……ヴァンナって言ったか……? なんてことしてくれたんだ!?」


 ヴァンナさんの暴挙に<精霊王>様は激昂(げきこう)します。

 対しヴァンナさんはふふんと胸を張って<精霊王>様に対抗なさります。


「何をそんなに怒っているのです? そもそもこうするつもりだったのでしょう? ならあたくしが一人増えた所で何も問題はありませんわよね?」

「そっちの都合で勝手に話を進めんな! あたしが言ってるのは<無魔力の()み子>に加えて足手纏いを一人増やすなってことだ! ここがどこだか知らない訳無いだろ? 既にあたし達は【焔魔地帯】にいるんだぞ!?」


 そう言って<精霊王>様は周囲に見える火山群を指差します。そうしている間にも<精霊王>様からの額から大量の汗が噴き出していました。


「そもそも<無魔力の忌み子>以外の同行を許さなかったのは、生半可なやつじゃこの環境の前で平伏(ひれふ)すからだ! そんな貧弱なやつの面倒なんか見るつもりは無い……って、おい? なんで平素のままでいられてる?」


 <精霊王>様はただ大量の汗を流すだけに留まっているヴァンナさんの姿を見て首を傾げます。

 対してヴァンナさんはきょとんとしながらも言葉を返します。


「言われてみれば確かに、そんな大袈裟にする程のことではありませんわね? もしかして”異端因血(いたんいんけつ)”のせいかもしれません」

「”異端因血”? おまえ、”異端因血”の持ち主なのか?」

「えぇ、そうですわ。あたくしめは”吸血鬼”一族の末裔(まつえい)でしてよ?」

「”吸血鬼”……道理で不気味な魔力の持ち主な訳だ」

「ちょっと! 不気味だなんて失礼な! 一応あたくしめ、この血にはそれなりの自尊心がありましてよ? 例え貴女が高貴で高潔な耳長(エルフ)族であったとしても、侮辱される筋合いは一向にありませんわ」

「……言ってくれるじゃねぇの」


 <精霊王>様はヴァンナさんと向き合い、バチバチと視線を巡らせます。

 (わたくし)めはこの二人を仲裁するべきか静観するべきか悩みに悩み、あたふたと慌てます。私めのそんな悩みを他所に数秒見つめ合ったお二人は同時にそっぽを向きます。


「はん! こんな所で論争してても意味はないな!」

「そうですわね、あたくしめ達にはやるべきことがある。それを成す方がよっぽど有意義ですわ」

「おい、勝手に仕切んなよ? この環境に耐えられるだけの力があることは判ったが、役に立つかどうかはまた別問題だ。勝手にそっちから巻き込まれてきたんだから後々になって泣き言言うなよな?」

「しませんわ、そんなみっともないこと! ――さぁて気を取り直して出発しますわよ、エメルダ!」

「……え? ……あ、はい」


 どうやらいつの間にか話に決着が付いたらしく、ヴァンナさんも<精霊王>様もまんざらでもない表情をなさっておりました。

 私めも私めで全身から吹き出す汗を拭いつつ、歩き出します。その最中のことでした。


「それにしてもただ熱いだけの場所ではありませんわね……。どこもかしこも身の毛がよだつ程嫌な魔力の気配で一杯ですわ……」

「恐かったら帰ってもいいんだぜ?」

「何を今更? そもそも帰る手段なんてありはしませんわ。あたしめが取れる手段は全て円満に終わらせて貴女達と共に帰還するのみです。勝手に付いてきた身ですがそこまでお付き合いしますわよ」

「そこまで言うのならキビキビ働けよ?」

「言われるまでもありませんわ」


 またしてもちょっとした口論を繰り広げるヴァンナさんと<精霊王>様。互いが互いを嫌悪しているように見えますが、本当に大丈夫でしょうか?

 そんな不安な気持ちを抱きながら【焔魔地帯】を進むこと数分、<精霊王>様はいきなり私めの手を引き、大きな岩の影に身を潜めます。


「……ど、どうなさったのですか?」

「…………」


 <精霊王>様は無言で人差し指を口元に添えます。それに際し、ヴァンナさんも息を潜めます。明らかに緊張感が高まった。そっと岩陰から様子を覗うと?


(杖を構えた黒い影? あれは明らかに普通の”魔術師”ではありませんね? もしかして”獄園(ごくえん)の使者”でしょうか?)


 あんな人型に近い”獄園の使者”は始めて見ました。元より”獄園の使者”は多種多様の――巨人型やモヤ型、そして虫型の姿を模しており、あれ程までに人間に似た形なのは初めて見受けられました。

 私めは小言で言葉を呟きます。


「……あれは”獄園の使者”ですか? 実は人、ということはないのでしょうか?」


 するとヴァンナさんと<精霊王>様は同時に首を横に振ります。どうやら違うみたいです。

 しばらく物陰から”獄園の使者”の様子を(うかが)っていると、(おもむろ)に手に持った杖を振るいます。すると何ということでしょう。杖の先から魔力の塊が放たれ、私め達がいる反対側の巨岩を粉々に粉砕したのです。

 それには私めだけでなく、ヴァンナさんや<精霊王>も肝を冷やします。

 下手をしたら次はこっちを狙われる。<精霊王>様もヴァンナさんも共に警戒を高める中、例の”獄園の使者”はこちらに杖の先を向けたかと思うと、急に何事も無かったかのようにこの場を立ち去ります。


「「「…………」」」


 図らずも脅威は去った。それでも一時的かもしれないと最大限の警戒を怠らなかった私め達はまだ呼吸を殺し続けます。そうして一・二分後、やっと確実に安全を確認出来次第私め達は大きな息を吐きます。


「……とうとう出やがったか、”魔術”を扱う”獄園の使者”がよぉ~」

「まさかこんな事態になるなんて思いもしませんでしたわ……。どうやら【焔魔地帯】の”獄園の使者”は一味違うみたいですわね」

「怖気付いたならマジで帰ってもいいんだぜ?」

「馬鹿おっしゃい。増々単独行動は悪手ですわ。意地でも付いて行きましてよ?」

「と言ってもあんなのを見せられて何が出来るってんだ? こちとら<無魔力の忌み子>は愚か、自分の身を護るのすら精一杯だぜ?」

「ふん、”円卓”の癖して何とも弱気ですわね?」

「そっちこそばかなことを言うな。あたしとて好き好んで面倒な相手と一戦交えるつもりなんざ無い。あたし達の目的は【焔魔地帯】を跋扈(ばっこ)する”獄園の使者”の殲滅(せんめつ)じゃなく、あくまで”獄園の使者”の核を持ち帰ることだ」

「核? ”獄園の使者”にそんなものがありまして?」


 そういえばまだヴァンナさんには、私め達が【焔魔地帯】に足を踏み入れた真の目的を伝えておりませんでした。

 私めは、強大な”獄園の使者”の近くにはアメルダ先生(師匠)がいらっしゃる可能性があることと、”獄園の使者”から出る黒い球を巡って”円卓”達の思惑が交差していることを伝えます。


「ほぉ、そんなことがあったのですね。つまりこの【焔魔地帯】のどこかに<大魔女>アメルダ様が?」

「……今までの傾向的にそう踏んでおります」

「そしてもう一つ。”獄園の使者”から排出されるその黒い球とやらの扱いが人によって異なる、ですか……。何ともきな臭いですわね」

「だからその真相を確かめるべくあたしが動いてるって寸法さ」

「決して貴女の行動の方が正しいとは現状判断しかねますが?」

「<無魔力の忌み子>にも同じことを言われたし同じ言葉を返すが、どう考えるかは勝手にしろ。自分が――正確には例の玉の回収を命じた”円卓”の意思自体が間違ってる可能性だって大いにある。あたしはただ言われたことを言われた通りやってるだけに過ぎん」

「そんな無責任な……」

「たった二十そこらの小娘ごときが茶々入れてくるなっての。大人ってのは往々(おうおう)にして感情を無にして仕事に励む必要があんだよ」

「大人って……その見た目で言いますの?」


 ヴァンナさんは、その身長が自身の胸程しかなくまた童顔の<精霊王>を(いぶか)()に見つめます。

 その意味深な視線に<精霊王>様はこめかみの血管をブチッと浮き立たせます。


「――おい今、『自分より小さくて幼く見える癖に一丁前のこと言ってる』って内心笑っただろ? 一番あたしが気にしてることをづけづけと……ッ! ここで細切れにされるか、吸血鬼?」

「あら、やれるものならやって御覧なさい」

「あぁ、言われるまでも――」

「……ちょ! ちょっとお待ちください、お二人共! ……今こうして無駄なことで争っている場合では――」


 ある意味でここは敵地のど真ん中。無暗に騒いだらまた――

 残念ながら私めの悪寒は的中してしまいます。突然何の前触れもなく、背後に人(正確には違いますが)の気配が現れたのです。


「「!」」


 その異変に気が付いたヴァンナさんと<精霊王>様は同時に私めの手を引っ張ります。それも両側から。


「ちょっと! 離しなさいな! エメルダを護るのはあたくしめの役目でしてよ?」

「いーや、強いか弱いか分からんやつにこいつを託せるかっての! あたしに任せろ!」


 どうやらどちらが私めの護衛をする科かで揉め始めたご様子。そんなこと今している場合では!

 そうこうしている内に杖を構えた魔術師風の”獄園の使者”はこちらに杖を差し向け、その先端に魔力を集中させます。そして溜まりに溜まった魔力の塊を発射します。


「……ッ!」


 そうして狙われたのは丁度ヴァンナさんと<精霊王>様の間に立つ私め。右も左も掴まれているので身動きは取れずこのままだと直撃は必須です。


「――全く世話が焼けますわね!」

「そもそも誰のせいだと思ってんだ! 黙ってこっちに<無魔力の忌み子>を預けろっての!」

「嫌でしてよ? 貴女に任せたらエメルダのこと盾にしそうですもの!」

「そんなことしねぇ――って言ってる間にももうそこまで来てるじゃねぇか! あぁ、もうめんどくせぇ!」


 不意に<精霊王>様は私めから手を離すのと同時に私めの前に立って、迫り来る魔弾を構えた斧で弾き返そうとします。


「ぐっ! 意外と手堅ぇ!」


 ですが思ったよりも相手の力が手強かったらしく、<精霊王>様は苦悶の表情を浮かべます。


「手伝って差し上げましてよ?」


 <精霊王>様一人だけでは身に余ると判断したのかヴァンナさんが助太刀に入り、蝙蝠(こうもり)の群れによって形成された壁が<精霊王>様の前に展開されます。その結果、<精霊王>様の押し込みが相手を上回るようになりました。

 何とか相手の攻撃を凌いだ<精霊王>様は舌打ちを鳴らします。


「余計なお世話だっての!」

「本当ですか? 相当苦戦していた様に見えましたが?」

「はっ、減らず口を! どこぞの誰かさんが騒ぎ立てたせいで敵に見つかっちまったじゃねぇか?」

「あら? 最初に声を荒げたのはそっちではなくて?」

「何だと……?」

「何ですか……?」

「……だからお二人共! ……つまらないことで喧嘩しないで下さい! ……まだ”獄園の使者”は撃退出来ていませんよ!」


 私めの忠告にヴァンナさんと<精霊王>様は渋々ながら前を向きます。


「――やれるか? ”吸血鬼”娘?」

「言われるまでもありませんわ……と言いたい所ですが、残念ながらあたくしめの力は攻撃には適しておりません。やれるとしても精々防御と目くらまし程度です」

「ちゃんと自分のこと客観視出来てて偉いじゃねぇの。そういうことなら攻めはあたしに任せて、”吸血鬼”娘は支援に回れ。そんでもって<無魔力の忌み子は>……」

「……当然邪魔にならない場所に隠れております。……決してお二人の足枷(あしかせ)にはなりません」

「良く分かってんじゃねぇの! じゃあ行くとするか!」


 斧を肩に担ぐ<精霊王>様は姿勢を低くさせ、”魔術師”風の”獄園の使者”に突撃します。

 ”魔術師”風の”獄園の使者”はゆらゆらと揺れながら杖を振るい、魔力の塊を迫る<精霊王>様に放ちます。

 しかし<精霊王>様はそれを容易(たやす)く回避します。


「威力だけがご立派だが、空っぽの頭で”マナ”を使うのはやっぱ頂けねぇな! 全然質が伴ってないぞ!」


 <精霊王>様の言葉通り、相手が使う”魔術”は愚直そのもの。ただ真っすぐ飛ぶだけの弾に<精霊王>様が負ける筈がありません。

 それでも万が一直撃すれば危ない攻撃も、後方からヴァンナさんが補助することでそれすらも防ぎます。

 そんな二人が手を合わせればなんてことは無い。あっという間に<精霊王>様の一撃が”獄園の使者”を真っ二つにしました。

 ですが問題はその後。


「分裂すんだろ! やれるものならやってみろ!」


 ”獄園の使者”はただ斬るだけでは倒せない。そのことを事前に知っていた<精霊王>様が二つに分かれた”獄園の使者”に触れたかと思うと、


「爆ぜなッ!」


 ”獄園の使者”はぶくぶく膨れ、その瞬間破裂して四散します。

 

(何をした!?)


 私めとヴァンナさんはその光景にただ唖然としたのでした。

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