<精霊王>の思惑
【天空城】に跋扈する”獄園の使者”を退けた私め達。その間私めのことを護って下さった<精霊王>様は、【天空城】内で散り散りに散ったスモー様の帰還を待ちます。
そうこうしてる内にスモー様とトール様の両名、そしてグレン様が戻って来ます。
「どうやら無事に大元を叩けたみたいだな! ちなみにこっちじゃなかったぞ? もしかしてグレンの方だったか?」
スモー様の問いにグレン様は首を横に振ります。
「……ならキラりんがやっつけたってこと……? ……凄いね、一応彼女って本業は歌手でしょ……? ……”獄園の使者”相手にも引けを取らないなんて……」
「まぁ伊達に<四聖騎士>の一人じゃないってこったろ? 何はともあれ問題が解決したなら万時良いじゃないか?」
「……もしかすると問題はそう単純ではないかもしれません」
「どういうことだ?」
そうスモー様が疑問を抱くと、
「……! なんだこの気持ち悪い気配は!? ”獄園の使者”は撃退したんじゃないのか!?」
いきなり何の前触れもなく<精霊王>様の表情が一気に強張ります。
急に警戒感を高める<精霊王>様の異変にスモー様達もまた怪訝な顔をなさります。
<精霊王>様は珍しく額にどっぷりと脂汗をかき、とある方向を凝視します。それが指し示す通り、そこから綺麗な金髪をたなびかせ、胸や腰の形を強調し、お尻も見えるか見えないかくらいのギリギリの所を攻める何とも扇情的な衣服を身に纏う少女綺麗な金髪をたなびかせ、胸や腰の形を強調し、お尻も見えるか見えないかくらいのギリギリの所を攻める何とも扇情的な衣服を身に纏う女性ことキラりんが顔を覗かせます。
「いや~参った参った☆ まさか超巨大な虫と戦う羽目になるなんて思いもしなかったよ☆」
それなりの激闘だったのか、少しだけ身体の節々に傷を負うキラりんでしたが命に別状は無さそうでした。ひとまず一安心です。
「孤軍奮闘?」
「いや、一人で戦った訳じゃないよ☆ いきなりグワッとさ空間が捻れてね、その隙に撃破出来たって感じだったんだ☆」
「……空間の捻れ? ……それってもしかして?」
「ほぼ<大魔女>の仕業で間違いないだろう。ここに居合わせてるとは到底思えないから遥か下の地上から”魔術”を使ったとみていい。普通なら絶対有り得ないことだが、あいつならそれくらいやっても何ら不思議じゃない。どうやら<大魔女>が万全になったのは間違いないみたいだな。……それよりも気になることがある。おまえ、その手に持ってるのは何だ?」
<精霊王>様は真剣な面持ちでキラりんのとある場所を指差します。そこにはキラりんが手に持つ謎の黒い球体がありました。
「あぁ、これ? ”獄園の使者”にとどめを刺したらその身体の中から飛び出てきたんだよね☆ なんとなく不思議な雰囲気があったからそのままにする訳にもいかず持って来ちゃった☆ これってもしかしてさ、<氷鬼姫>ちゃんとかトバリちゃんが言ってた超重要なヤツじゃない? これがどうしたのかな?」
「……そこまで分かってるならそれをこっちに寄越せ。おまえの手に負える様な物じゃない」
「ヤダ☆」
切羽詰まる<精霊王>様の要求にキラりんはプイッと首を横に振ります。
「キラりん知ってるよ、正体不明のこれを巡って<四聖騎士>と”円卓”の人との間に一悶着あったことを☆ そして同時にとある疑惑が浮かび上がったこともね」
「疑惑? 何の話だ?」
「”円卓”の人が裏でとんでもない人と繋がってて、これを悪用するんじゃないかっていう懸念だよ☆」
「何だよそれ? まさかあたしもそうなんじゃないかって疑ってるってか?」
「疑ってるというか信用する材料がないってだけ☆ <精霊王>ちゃんも同じ穴の貉である可能性がある以上、これは簡単には渡せない☆」
「良く分からんが、それはあまりにも悪手だぞ? 理解らないのか? それがどれだけの危険性を秘めているのか……? 手遅れになっても知らないぞ?」
<精霊王>様の説得にキラりんは全く応じようとはしません。キラりんは黒い球を<精霊王>様から隠すように背後で持ちます。
すると<精霊王>様は血管をブチ切れさせます。
「――ふざけるのもいい加減にしなさいッ! なら力付くでも奪い取るまでよ!」
<精霊王>様は突然一気に魔力を爆発させ、いつの間にか両手で構えていた戦斧でキラりんに襲い掛かります。
刹那の内の襲撃ながら、その奇襲に対応する人物が三人。
「おいおい、血の気が盛んだな。頭の悪い小人族ってバカにする癖に、お前が一番頭に血が昇ってるぞ、耳長族?」
「……何だか状況は読み取れないけど、護衛対象であるキラりんを襲うというなら……黙って見過ごせない……」
「敵意感知。正当防衛」
スモー様・トール様・グレン様が<精霊王>様の前に立ち塞がります。
いきなりのことながらしっかりとした対応力を見せた三人に行く手を阻まれた<精霊王>様でしたが、そのまま無理矢理押し通そうとします。
「邪・魔・よぉ!」
「ぐっ! なんだ、この斥力は……ッ!? 力自慢の小人族以上だと!?」
怒りによるものなのか、はたまだ魔力による増強なのかは定かではありませんが、<精霊王>様は三人の小人族を力で捻じ伏せます。その厚い壁を突破した<精霊王>様はそのままキラりんに襲い掛かります。
「もう! こうなったら仕方無しだね☆ ならキラりんもそれなりに抵抗させて貰うよ☆ ミラン、おいで!」
キラりんの呼び掛けに、彼女を鏡写ししたかのような瓜二つの女性が姿を現し、右手をかざします。その拍子に、
「!?」
<精霊王>様の動きは制止――否、引力を司るキラりんの<遣い魔>ミランの押し込む力によってその場で立ち往生します。
「キラりんだって<四聖騎士>としての意地がある! 負けっ放しじゃ面子が立たないよ☆」
キラりんの必死の抵抗によって<精霊王>様は動きを封じられます。その間にも吹き飛ばされながらも体勢を整え直したスモー様達に周囲を囲まれます。
キラりんの<遣い魔>も数に入れれば五体一の構図。流石の<精霊王>様であっても旗色が悪いと思いましたが、
「――甘い。あたしを誰だと心得る? あたしは”精霊”を……いいや、その元となる”マナ”をも手中に収めているのよ? こういう風にね!」
「「「「「ッ!?」」」」」
<精霊王>様がさらに力を込めた途端、スモー様達は総じて力が抜け落ちた様に膝を付きます。
「な、何だ急に力が抜けて……」
「……どういうこと? ”マナ”だけじゃなく”氣”も上手く練れない……」
「意気消沈……」
「どうやらそれだけじゃないみたい 呼吸も上手く出来ないや☆」
ミランを含めた五人がとても苦しそうにする中、何故か私めだけは何ともありませんでした。おどおどと頭を混乱させている中、<精霊王>様は苦笑を漏らします。
「おまえは<無魔力の忌み子>だ。良くも悪くも魔力で体内機能を整えてる訳じゃない。だからあたしの術の影響を受けないんのよ」
「……一体何をなさったのです?」
「簡単な話よ。空気中の”マナ”の濃度を極端に下げた。息吸って酸素中に漂う”マナ”を吸収する普通の人間を酸素不足に陥らせたって寸法なだけ。これがあたしの真の本領だわ」
とんでもない話に私めは息を呑みます。
<精霊王>様は決して”精霊”を使役する術だけに精通している訳ではない。本来はそれを元とする”マナ”をも手中に収めていたのです。
一気に優勢に立った<精霊王>様はゆっくりとキラりんの方へと歩み、彼女がずっと持っていた”獄園の使者”から出てきた黒い球体を奪い取ります。
「悪く思わないことね、こればっかりは誰にも渡す気は無いの」
難なく必要な物を手にした<精霊王>様はまじまじと手にした黒い球を眺めます。
「本当にとんでもない力を秘めてるな……。増々野放しには出来ん」
「……<精霊王>様、その球の正体は何なのです?」
「<無魔力の忌み子>が知ってどうするの? 知ったらあたしに歯向かうのかしら?」
「……決してそういう訳では」
「なら部外者は黙ってて」
私めに冷たい言葉を浴びせる<精霊王>様は徐に【天空城】の端に立つと、手に持っていた黒い球をそこから放り投げ、斧で真っ二つに両断したのです。
「え?」
意外な行動にキラりんは目を丸くさせます。
すると<精霊王>様は不機嫌気味に振り向きます。
「その反応は失礼なんじゃない? まさかあのまま持ち帰るとでも思ったの?」
「いや……だって、他の”円卓”の人達はあれを持ち帰ったみたいだからさ……」
「はぁ? 持ち帰る? 壊したんじゃないの? おいおい、それだと話が違うじゃない? どういうこと?」
「そんなこと言われても知らないし☆ ということはそもそも”円卓”の間であの黒い球の扱いが違うってことだよね?」
「そういうことになるな。……マジでどういうことだ? ”円卓”としての方針は破壊が最優先じゃなかったのかよ?」
ブツブツとしきりに何かを呟く<精霊王>様を他所に、やっと呼吸を安定させたスモー様達が立ち上がります。
「どうやら危ないもんが無事壊されたって認識でいいのか? おいキラリン! これからどーすんだ?」
「そうだね、取り敢えず【天空城】から”獄園の使者”っていう脅威は去った訳だし、予定通りそれを伝える手段として特別公演をするよ☆ まずは荒らされた箇所を元通りにしないとね☆」
「……そういうことなら手伝う……。……元からそういう話だったしね……」
「初志貫徹」
「あほらし、勝手にやってなさい」
元よりキラりんの目的とは全く無関係の<精霊王>様は肩を竦めると、不意に私めの方を向きます。
「おまえはあの馬鹿共に付き合うの?」
「……今の所そのつもりはありませんが?」
「なら帰りましょう? あんなのには付き合い切れん」
そうと決まればと言わんばかりに<精霊王>様は私めの首根っこを強引に掴みます。
「……へ?」
いきなりのことに蛙を潰したかのような変な声を漏らす私め。そんな私めのことを無視し、<精霊王>様は【天空城】の淵から身を投げます。さながら投身のような行為に私めはビックリ仰天します。
「~~~」
またしても声にならない悲鳴をあげる私めに<精霊王>様はほとほと呆れ返ります。
「今更白々しいわね。一々地上と【天空城】とを繋ぐ輸送船の復旧なんて待ってられない。なら地上に降りるってのならこれが一番手っ取り早いでしょ?」
「……だからって急に飛び込むことはないではありませんか!?」
「だからギャ~ギャ~騒がないの! 【天空城】に降り立つ前もそうだったでしょ? 小娘一人運ぶことくらい何の造作もない。黙って運ばれなさい」
<精霊王>様の言葉は正しい。それに空中に投げ出された以上、私めにはどうしようもない。このまま身を委ねる他ありません。
自由落下の最中、<精霊王>様はこんなことを尋ねてきます。
「<四大精霊>を失うとはとんだ間抜けなことをしたわね? ”精霊遣い”の風上にも置けん愚行よ? 何がどうなってそうなった?」
やはりそこが気になりますか。
「…………」
しかしそのことについて説明する為には<深淵>のことも一緒に話さないといけない。残念ながら私め自身も彼女のことを何も知りませんからそこは濁すしかありません。
「……”獄園の使者”の襲撃を受け、フーリはやられてしまったのです」
「それ嘘じゃない? あいつがそんな簡単にやられる珠?」
「……事実で御座います」
「釈然としないわね……。だが真実はどうあれおまえが<四大精霊>を失ったことに違いはないか。とんでもないことをしてくれたもんだ?」
「……申し訳ありません」
予想通り私めのことを非難なさる<精霊王>様。それに対し私めは謝罪を返す他ありません。その態度がさらに<精霊王>様をイライラさせます。
「前にも言ったけど、精霊を大事にしない”精霊遣い”は大っ嫌いなの! おまえはあたしの期待を大いに裏切った! おまえが以前に掲げた理念や信念はその程度だったというの!?」
「……ッ」
<精霊王>様の本音の言葉に当てられた私めはついに言葉を失います。
<精霊王>様は奥歯で歯ぎしりをしながらこちらを睨みます。
「最早”精霊遣い”なんかじゃないただの<無魔力の忌み子>であるおまえを助けてやる義理なんてこれっぽちもなかった。本来なら今回だって見捨ててやる筈だった。……だがな、<あいつら>から――<四大精霊>からあんなことを頼まれちゃ見捨てられる訳ないでしょうが!」
「……え?」
<精霊王>様の思わぬ一言に私めは大いに驚きを露にしたのでした。




