別れと出発
サンディの『さっさと折れた杖直したらどう?』というあまりにも他人事な一言によって面倒な現実を思い知らされることとなったが、そう愚痴を漏らしたところでどうこうなる話ではないのじゃ。
(サンディの言う通り、杖は絶対に修復せねばならんでの。元々あの杖――<黒樺の杖>にはこの妾ですら手に余る正体不明の邪気が封じられておった。残念ながらその気配は今では全く感じられぬ。恐らく真っ二つに割れた時、溢れ出たに違いあるまい)
というかそもそも、サンディはその異変に気付いていたのだろうか? 試しにそのことを聞いてみるのじゃ。
「のぉ、サンディよ? この杖を斬った時、何か良からぬモノが漏れたみたいなことはなかったかえ?」
その問いにサンディは眉を動かす。
「何か良からぬモノ? それってアンタが前々ら言ってる『<黒樺の杖>に封じ込められている怨念的何か』のこと? ……うーん、特にこれと言って勘付くことはなかったわね。というかそもそも、魔力感知能力に優れたアメルダですら察知できないモノを、魔力ほぼ0のワタシに捉えられるワケないじゃない?」
「ふむ、確かにそれはそうじゃの~」
「アメルダ、アンタ心配し過ぎ。なんともないって言ったらなんともないの! まさかこのワタシのことが信用できないとでも?」
「正直に言えばそうじゃの。何故ならお主は妾に隠し事をしておるからな」
あまり友人を疑いたくはないが、妾の勘的にサンディが心の内に秘めておることは彼女だけでなく、エメルダにも関係しておるであろうな。
その結論に至った妾は冷静を保つように大きく息を吸う。
「サンディ、【神都】に行く途中……または【神都】で何が合ったのかは敢えて問い質さぬ。そういう部を弁てこその親友であるからの。じゃが、じゃがじゃ――」
その刹那であった。さっきまでの和やかムードから一転、妾とサンディとの間に緊張感が走る。
「もしも……もしもエメルダの身に何かあってみろ? 妾はお主のことを永遠に許すことは出来ぬぞ……ッ!」
言葉だけでピリピリと肌を刺激する状況の中、サンディは腰に差す〈陽光の剣〉へ左手を伸ばす。咄嗟に唯一魔力が通う利き手を使おうとする辺り、相当緊迫しておるように見えた。
「アメルダ……アンタ……」
サンディはいつも通りの彼女の顔ではなく、<陽光の剣士>としての鋭い眼光を差し向ける。
「「…………」」
少しの間、睨み合いの攻防をしておったが、相手の方が先に折れた。
「……エメルダちゃんの前よ? 無意味な争いは辞めましょう」
そう言ってサンディは左手をそっと剣から離す。
その行動に妾は目を見開いた。
(比較的好戦的で短気で、すぐ周囲に突っかかっておったあのサンディが自ら手を引いたじゃと? 数年前の彼女では考えられぬ行為じゃの)
妾の驚きを感じたサンディはムスッとする。
「何よ? 鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして? まさかこのワタシが戦意を鎮めたのにビックリしたとでも? はぁ……ワタシだって伊達に年を重ねてないわ。これでも大人の風格が備わってきてんだから」
「大人の……風格……じゃと? ぷぷッ! こりゃ抜かしおるわい!」
どこか堂々とした仕草で言ったサンディには悪いが、どうしても笑いが込み上げてくるのじゃ!
「お主はまだ三十にも達しておらぬではないかえ? 妾の年齢の十分の一すら生きておらんサンディはまだまだひよっこじゃよ!」
「あ゛?」
「おっと、怒るのかの~? お主よりも年下な妾に小言を言われたくらいで~?」
「あぁ゛゛!?」
妾は少し前サンディが口にした挑発――『この<大魔女>の優位を取れるなんて滅多にないからとことんやっちゃいないさい。ワタシもワタシで、やっとこさアメルダより年上――見た目だけだけども――になったから、これからは遠慮なしでいかせて貰うわ』という台詞に対する意趣返しをしてやった。
その意図が分らぬサンディではない。彼女はこめかみに血管を浮かび上がらせつつも、必死で笑顔を作っておった。その姿が滑稽で仕方ないわい!
「あ~……ホント、性格が超絶に優れた親友を持ててワタシは恵まれてるわ~」
「そうじゃろ? そうじゃろ? だからこそ、妾の逆鱗に触れるようなことはしないで欲しいのぉ~」
「どうやらそうした方が賢明みたいね。ワタシとて面倒事に巻き込まれるのは御免被りたいモノ」
「とか何とか言いつつ、エメルダに面倒事を押し付けたのではないのかえ?」
妾の再三な指摘にサンディは肩を竦める。
「まだそんな世迷言を言うの?」
「世迷言などではあらぬ。これは妾の確信であるぞ。例えお主と妾の保護があったとしても、エメルダがただ何も言われず【神都】から出られた……なんてことは百%有り得ぬ。妾が【神都】におった時からずっと、上の連中は姑息で意固地が悪い者ばかりじゃからの。格好の獲物を前にしていきりだつ様子が容易に想像できるわい」
妾のこの予想にサンディは『そこまで言われちゃ終わりね』と、全てを白状した。
「残念だけどその通りの展開になったわ。保護者的な立ち位置のアメルダに何事も全部秘匿するのはちょっとフェアじゃないだろうから一つだけヒントをあげる。――詳しくは言えないけど、【神都】はエメルダちゃんに対し大きな試練を言い渡したわ。それも<大魔女>や<陽光の剣士>ですら乗り越えるのが困難な程のね」
「そうであるか」
「怒らないの?」
「大方、そういう交渉を持ち掛けられるのではないかと思っておったからの。逆にそのことについては望む所じゃ。いずれはエメルダの無限の可能性を世界に知らしめ、<無魔力の忌>み子>の汚名を返上しようと画策しておったからの。いっそのこと、これを好機にしてやるわい」
「うわー……そのポジティブさ逆に怖いわ~」
そんな風にドン引きするサンディであったが、
「でも、すっごい心強い。アメルダ、エメルダちゃんのことちゃんと支えてやるのよ?」
「言われるまでも無い。妾を誰と心得る?」
フフンと胸を張る妾にサンディは微笑みを浮かべる。
そんな時、とある疑問が頭に浮かぶ。
「のぉ、サンディ。だいぶ話し込んでしもうたが、時間は大丈夫なのか?」
「え? 時間? ってか、今何時何分?」
サンディは自身の腕に巻く時計に目を遣った瞬間、度肝を抜かれた。
「やッッッばッ!? このままじゃ汽車に乗り遅れちゃうぅ!?」
先程までのんびり話していたのが嘘みたいに、サンディは慌てふためきおった。
「相変わらず忙しい奴じゃのう~。もっとゆっくりして気持ちに余裕を持てば良いではないか?」
「ご生憎様、<陽光の剣士>と、その剣士の忠実な部下であるサンディという二足のワラジを履いてる手前、同時にその二役を空けるワケにはいかないのよッ! 下手したら身バレの危機だわッ!」
サンディのその剣幕に圧された妾はそれ以降彼女を止めることはせんかった。
そうしている内に、サンディは駅の方へ駆け出し、こちらに手を振る。
「んじゃま、エメルダちゃんに『近々また逢いましょう』って伝えといて! あと、八年後の乾杯、今から楽しみにしとくからその約束反故にしないでよね!」
そんな言葉を残したサンディは、妾の了承の言葉も届かぬ間に森の中へ身を溶け込ませてしもうた。
まるで一過性の嵐の如く姿を消したサンディに、妾は失笑を漏らすのじゃった。
●
そんなこんなでサンディと別れた妾は、今なお熟睡しておるエメルダに『暫し留守をする旨』を伝える書置きを残した後、<とある場所>へと向かうべく、箒にまたがり空を駆けておった。
そうして時速百キロの移動をすること約二時間、無事に目的地へと到着した。じゃが……
「……ふぅ、やはり全盛期より若返っておるからか、魔力コントロールが不十分じゃわい。とは言え、魔力の最大容量ではこちらの姿の方に軍配が上がる。安定感がある成熟した妾……爆発力がある若々しい妾……どちらも甲乙付け難く、これから身体を成長させるか悩み所じゃの」
それはさておき、今妾が降り立ったのは、人里離れた険しい山岳地帯。山登りに長けた者すら拒絶するその断崖絶壁の頂上に目指すべき集落があった。
「相変わらず辺鄙な場所だわい。酸素濃度も薄く、何か必要な物を買いに行くのにもわざわざ下山せねばならぬこの場所に拠点を構える彼らの考えは未だに良く分からんわい」
(まぁ、そんなことはどうでもいい。早く<杖技師>の元を尋ねなければな)
そう。こここそ、魔術師が振るう杖の製造分野におけるエキスパート――通称<杖技師>達の工房であった。
「確かこっちの方だったかの?」
数百年前の記憶を頼りにしつつ、ゆっくりと歩き始める。
そんな時じゃった。道行く者達が妾の姿に目を留め始める。
『おい、あれ見てみろよ』
『あの紫色の髪と瞳、もしや<大魔女>殿か?』
『久方振りにお目に掛るがどうにも妙だ。身体が縮んでおられる? まさか別人?』
その会話を小耳に挟んだ妾は彼らに近付き声を掛ける。
「色々あって若くなってはおるが、妾がその<大魔女>で間違いないぞ。……丁度いい機会じゃ、妾の専属<杖技師>であるクリエルを探しておるのじゃが、彼はまだ現役で頑張っておるかの?」
<杖技師>クリエルという名を出すと、目の前の男性達は気不味そうに顔を俯かせる。
「<大魔女>殿が仰っているクリエルが先代――第三十二代クリエルを指しているのなら、残念なお知らせをしないといけません」
「彼はもう現役を引退しており、今では放浪の旅に出ておられます」
「無理もない。何せ幾分か――大体二百年くらいご無沙汰してしまったからの。しかし困ったの。早急に杖のメンテナンスを頼みたかったのじゃがな……」
「それでしたら現クリエルに話を通してみては? 技術やセンスは<大魔女>殿が知る先代とそう大差はない……いいえ、それ以上かもしれませんから」
「しかし、一点だけご注意下さい。その者は歴代のクリエルとは一線を画しておられますから」
「?」
何だか意味ありげな一言に妾は首を傾げるのじゃった。




