待ちわびた帰還
この話より第四章が開幕となります。
時系列的には、エメルダとサンディが【神都】での用事を終えた後の話です。
また、この章は全編に渡って<大魔女>アメルダ視点となります。その点、ご了承くださいませ。
妾の名はアメルダ。その名の通り、妾の髪と瞳は紫色をしておる。
そんな妾は世間から<大魔女>と呼ばれておる。
魔女、つまり人ならざる者。……ふむ、それについては間違いないであろうな。何せ妾は、もう既に三百以上の時を生きておるのじゃから。
じゃからこそ、妾にとって時の経過等どうでも良い事象じゃった――二年前まではの。
こんな意味深な発言をしたのじゃから何か理由があって然るべきじゃな。
そう……妾は二年前、とある少女と出逢ったのじゃ。
その少女は世にも珍しき魔力を宿さぬ<無魔力の忌み子>じゃった。
諸々のタイミングが良かったので、妾は彼女を金貨百万枚で引き取り、翠色の髪と瞳をしていたことから、エメルダと名付け、共に暮らすことにした。
その時からじゃった。妾の人生が大きく変わったのは。
自分のことを”魔力を持たない価値無し者”と考えておるエメルダに、生きる意味を与えてやるのが今の妾の生きがいとなった。
その想いを胸に約二年の月日が流れた。その間、いつ何時も離れることがなかったエメルダと顔を合わせなくなって早三日。妾の精神はもう既に臨界点を超えておったじゃ。それも予測していた約束を大いに破られてしもうた時は尚のことの――。
●
「――のぉ、これは一体どういうことかえ? どうか是非、妾が納得出来る説明を頼むでの?」
そう言ってニコニコ顔の満面笑みを対面している相手に差し向けた時、かの女性はブルリと身を震わせおった。
「ア……アメルダ、アンタ今、滅茶苦茶怒ってる感じ?」
「怒る? いやいや、そんな訳無かろうに? 何せお主は妾にとって信頼に足る数少ない最愛の友人の一人じゃ。その者に対して怒りを露にする程、薄情ではないわ」
「そ、そうなんだ……。な、ならワタシの眉間に当ててるこの杖を一旦退けてくれない? この超至近距離で”魔術”を放たれちゃ、流石のワタシも反応できないもの……。この状況は対話じゃなくて脅迫――」
「お・ぬ・し? まさか妾と対等に話せる立場だと思っておらぬじゃろうな……?」
「本気……?」
妾としては何の変哲もない声色であったのに関わらず、何故か目の前の女性は奥歯を噛み締め、こちらを睨む。
それでも彼女――基サンディは冷や汗を流しつつ、目を伏せる。
「今回の件については完全にワタシの非だわ……。不安にさせる様なことしてしまってすまなかったわね……」
「…………」
何とも言えぬ表情をしていると、サンディはクワッと喰い入ってきた。
「ちょっと! 素直に謝ったんだから、せめて反応は示しなさいよ! 当然アンタを怒らせた自覚はあるんだから、ガチギレされてもしょうがない――って、うぉぁいぃ!?」
普段勝ち気で弱気な態度を見せないサンディが珍しく素直に謝罪したものだから、どうにも気が抜けてしもうた。そのせいで力んでいた力が暴発し、掴んでいた杖から魔力が放出される。
そんなこんなで不意に飛び出た”魔術”をサンディは紙一重で躱す。
「チッ……」
「ハァ!? 今! 今、確実に舌打ちしたわよね、アンタ!?」
「はて? それは気のせいではないかえ?」
「アンタねぇ~……ッ! ちょっとワタシが失敗したからって付け上がりやがってからに~ッ!」
サンディは大きな溜息を漏らしつつ、綺麗にたなびく金色色の髪を掻きむしる。
「ホント悪かったって。柄にもなくはしゃぎ過ぎちゃったわ」
「ほぉ、それは興味深い。大いにはしゃげば事前に決めていた時間を破り、そしてこんな時間に帰って来ても良いのか?」
妾はそう言いつつ顎で部屋の片隅に置いてある時計を指す。その時計の短針はもう既に十二から一に向け動き始めておった。つまり、今現在の時刻は十二時を過ぎているということ。ちなみに同じ十二時でも今回の場合は夜の方じゃ。
「一応の、エメルダはまだ十二歳の幼き少女であるぞ? だからこそ規則正しい生活を心掛けておったのじゃがなぁ~」
チラチラとサンディの方に目配せをすると、彼女は頭を抱える。
「しょうがないじゃない! 丁度今日――いや正確には昨日か――の夜、その日限りのゲリラパレードが催されてさ、それを見逃す手は無いじゃない!」
「だからといって、この時間までエメルダを連れ回したのは頂けぬの~」
「だからそれは申し訳なかったって言ってるじゃない……。でも、ちょっとは想像してみなさいよ。あの可愛らしいエメルダちゃんが見る物全部に目を輝かせて心躍らせるのよ? そんな愛くるしい姿を見せられちゃ、張り切っちゃうのも無理ないと思わない?」
「うむ、まぁそれはわからなくもないが、それとこれとでは話が違うでの。楽しむ時は楽しみ、締める時は締める。そういう分別は妾よりお主の方が付いておると思ったのじゃがな……」
こう呆れつつも、妾はすぐ真横で今なお心地良い寝息を立てておるエメルダの頭を優しく撫でる。
「とは言え、こうして素敵な顔をして帰ってくれただけで一安心じゃ。此度の小旅行はエメルダにとってかけがえのない思い出になったのは確かじゃ。礼を言うぞ、サンディ」
妾の感謝の言葉に、サンディはすんとした態度を返す。
「残念だけど、感謝される筋合いはないわ。何故ならワタシは時間に遅れる以上の失態を犯してしまったもの」
そう呟きつつ、サンディは鞄から一つの布切れを出しそのまま拡げる。その中には――
「これの遣い手であるアンタにはどうぜ隠し通せないだろうからハッキリ言うけど、案の定<黒樺の杖>をぶった斬る展開になっちゃったわ」
心の底から詫びを入れるサンディには失礼じゃが、妾は、
「…………」
信じられない光景――絶対に折れないと思っておった杖が真っ二つに両断されている現実を受け入れられず、表情を顔面蒼白にさせたのじゃった。
●
目の前に広がる信じられない光景に妾は、
「ひやぁ……」
等と、どうにも気の抜けた声を漏らしてしまうた。
そんな妾の動揺も露知らず、サンディはキョトンとした顔をしておった。
「何よ、いきなり顔色を青ざめちゃってさ? もしかして<黒樺の杖>を斬ったのはマズかったのかしら? けど、今になって非難するのはお門違いよ? 元々『もし仮にそのエメルダちゃんに危険が迫ったら、躊躇なく杖を斬れ』って言ったのはアンタだしさ」
「…………」
「ちょっと! 言いたいことがあんならハッキリ言いなさいよッ!」
明らかに機嫌を損ねておるサンディに妾は弁明を図る。
「わ、妾はただ驚いてしまったのじゃ。まさか本当に杖を折ってしまったとはの」
「? 何その言い草? まるで杖は元々折れる筈のなかったモノとでも言いたげね」
「……その通りじゃ」
「はぁ!?」
サンディは驚きのあまり目を丸くさせる。
「ってことは何? 杖を折れって言ったのは冗談のつもりだったってこと?」
「冗談……というよりも、それくらいの意気込みで臨んで欲しかったというニュアンスを含めていただけじゃったのじゃが……」
「つまりワタシは、アンタの想像を遥かに超えることをしちゃったってこと?」
「端的に言えばそうじゃの……」
その事実を受け入れたサンディは、溜息を吐き出しつつ顔を完全に伏せてしもうた。
(こりゃ、サンディには悪いことをしてしまったの~。今回の件については完全に妾の落ち度じゃわい。なら、ちょいとばかし慰めてやるとするかえ)
そう思い、声を掛けようとした時じゃった。
「フフフ……」
サンディは何故か不敵な笑みを浮かべておった。
もしや頭の理解が追い付かず、精神がパンクしたのかえ?
「お、お主、大丈夫か……?」
妾の心配の声でさらに笑いを込み上がらせるサンディは、こんな予想外のことを口にしおった。
「流石……流石はワタシだわッ! まさかあの<大魔女>を出し抜いちゃうなんて!」
「へ?」
一ミリも予想しておらんかった言葉に、柄にもなく変な声を出してしまった。
この態度でさらにサンディは鼻を高くしたのじゃ。
「あぁ~! やっとこさ叶ったわ! 昔っから上から目線でウザったらしいアンタに一泡つかせんのが、ワタシの夢の一つだったのよ!」
「!? そんなしょうもないことを夢なんかにするでないわ!」
「いいや、するわ。だってワタシが立派にやれていることをアンタに知らしめてやるのは、ある意味で恩返しなんだもの」
「? どういうことじゃ?」
その疑問にサンディは左手を掲げる。
「元はと言えば、普通の人の様に”魔術”を扱えない自分自身のことを<無魔力の忌み子>と勘違いしていたワタシに、この左手の可能性を示してくれたのはアメルダだったじゃない? そしてその左手を有効活用するために剣術を叩き込んでくれたのもアンタ。つまりワタシはさ、エメルダちゃんよりも先に<大魔女>を先生にしていたということ」
サンディは続けて、『だからこそ……』と付け加えた後、珍しく頭を下げおった。
「エメルダちゃんのこの笑顔をこうして護れたのは、巡りに巡ってアメルダのお陰とも言えなくもないわ。どうにも気に喰わないけど、その点だけはアンタに感謝するわ、ありがとう……」
「サンディ……」
サンディの思いやりに満ちた一言にジ~ンときた妾であったが、
「いや、そんな見え透いたご機嫌取りをしたからといってお主がエメルダを危険に晒した事実は変わらぬし、その愚行を許す気はないからの?」
つい数分前と同じ様な返答をした妾は一つ咳払いをし、この流れのまま聞くべきことを問うことにした。
「――お主が杖を折らねばならなかった状況について詳しく教えて貰おうかの?」
その問いに暫し閉口をしたサンディは、フッと鼻息を鳴らす。
「……別になんてことはなかったわよ。ただちょっと悪意に満ちた悪者の手に杖が渡ろうとしたから、それをちょいと阻止しただけ」
「そんな簡単に済ますでない。明らかに大事ではないか?」
「平気よ。ソイツはワタシがちゃんと撃退しといたからさ」
「その言葉、信じてよいのかえ?」
「ワタシに限ってそんなヘマはしないわ」
「……そうであるか」
そう表面上は納得する妾であるが、その表情はどうにも暗かったのじゃ。




