金貨百万枚で売られた<忌み子>
突然その姿を現したとんがり帽子の女性によって、その後の展開が大きく急変いたしました。
その方は周囲から<大魔女>と呼ばれております。かの人物がどれ程偉大かはわかりかねますが、多くの人々に認知されていることだけは確かです。
そんな<大魔女>様が私めを買う? それも金貨百万枚で? 正直、この現実が受け入れられません。もしかすると、私めの聞き間違いやもしれません。
「ほ、本当によろしいのですか? 先程のVIP席で申し上げた様に、<忌み子>によって被った損失について、こちら側は一切の責任を負わないのですよ?」
「さっきから良いと言っておろう? 妾はただ手頃な召使いが欲しかったから彼女を購入したまでに過ぎん。正味、彼女がどんな娘であろうと最早興味は無いのじゃ」
「で、ですが……」
「はぁ……よもやそこまで食い下がられるとはの~。……もしや妾が提示した値段に文句があるのかえ? ならこれ以上グチグチ言うのであれば、妾はびた一文払うことはせぬぞ? ちなみに妾はそれでも別に構わん。じゃがその場合、其方らが大金を得られるチャンスも同時に無くなるがの」
<大魔女>様のお言葉に、オークションハウスのスタッフらしき男性が冷や汗をお流しになられます。そして、表情を歪めつつ首を縦にお振りなされました。
「お買い上げ……誠にありがとうございます」
「うむ、本日も良き買い物となったぞ? また次もよろしく頼むぞよ♪」
どうやら交渉は無事解決した様です。つまり、私めは本当に<大魔女>様に買い取られたということでしょうか?
「…………」
まだにわかに信じられません……。
私めは誰からも死を望まれている呪われた<忌み子>。そして今日<大魔女>様に買われなければ処刑されていた身でもあります。
まさか私めがそうならない様に助けて下さったのでしょうか? ……いいえ、そんな筈はありません。こんな私めを生かした所で<大魔女>様には一切の利が無いのですから。では一体、このお方の目的は何なのでしょうか? そんなことを考えていますと、
「――いきなりのことで色々と混乱してしまっておるのは十分にわかるが、其方はもう既に妾と共に暮らすことが決定したでの。まずはよろしく頼むのじゃ」
<大魔女>様が友好の証として手を差し出します。
その手はどこまでも白くお綺麗で、土や泥で汚れ切った私めの真っ黒い手とは大違いでした。
「うぅ……」
流石にその手を汚したくない私めは自分の手を条件反射的に引っ込めます。
「……こりゃまた相当警戒されておるの、まぁ当然の事じゃが。取り合えず今はゆっくりで良い。まずはその薄汚れ傷だらけの見た目をどうにかするのが先決じゃな。付いて来るのじゃ」
<大魔女>様が手招きをなさるので、私めはそれに従います。
<大魔女>様と共にオークション会場の外へ出た私めは、久方振りに感じた外の雰囲気に酔ってしまいます。周囲は暗く夜であることが理解できるのですがどうにも人が多いのです。さらに道行く人が私めの姿をまるで汚物を見るかの様に凝視します。なので思わず足が竦んでしまいます。
「うぁ……へぁ……」
「大丈夫かえ?」
「あ……あぇ……」
「こりゃ平気じゃなさそうじゃの。そういうことなら――」
<大魔女>様はおもむろに脇のポーチから一本の小枝らしき物を取り出し私めにかざします。その後、何やら不思議な言葉をお発しになられます。
「”漆黒を司るマナよ、我らの身を影に隠したもれ。隠蔽”」
その瞬間、枝から光が放たれ、私めと<大魔女>様を包み込みます。
いきなりの発光に目を閉じてしまった私めがもう一度目を開けると、先程まで感じていた嫌な視線を全く感じなくなっていたのです。それはまるで、誰も私めのことを見ていないかの様で……。
「少しの間、妾と其方の気配を”魔術”で消したでの。じゃから周りから変な目を向けられることはない。これなら安心じゃろ?」
私めは首を縦に振ります。
<大魔女>様の粋な計らいによって幾分か気分が楽になった私めは、たどたどしい足取りでありながらも、かの御方の後ろにピッタリと付いて行くのでした。
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かれこれ三十分程歩いたでしょうか? 私め達は今、街外れにある森の中を進んでおりました。
そのさながら私めの手を引く<大魔女>様は面目無さそうに頭の後ろをかきます。
「其方よ、すまぬな。いきなり訳も分からぬままこんな薄暗い場所に連れて来てしもうて。もう少しで妾が住む屋敷に到着するからそれまでの辛抱じゃ」
その言葉通り歩き続けますと、広い空間に出ます。そこには今まで見たことの無いくらい大きくて立派な建物がありました。どうやらここが目的地の様です。
「さて、最初に部屋の案内をしたい所じゃがそれよりも先にやらねばならぬことがあるの」
ふと<大魔女>様は私めを見つめるとこんなことを仰います。
「まずは服を脱いで貰うかの。話はそれからじゃ」
「?」
その言葉の意味を汲み取れず、私めは首を大きく捻るのでした。




