”竜脈”を掴み取れ
今話は<地の大精霊>ノムゥ視点の話となります。その点ご理解の上、お楽しみ下さい。
<地神>イア様との圧倒的な力の差を見せ付けられ、まんまと完敗に喫した<土の大精霊>ノムゥは半泣きで地団太を踏みながら抗議をします。
『酷いぃ、酷いいぃ、酷いいいぃ! ボクはアイに嵌められたんだぁ~ッ! 』
『姫、現実をしっかりと見て下さい。何度やっても結果は同じでしょう』
『納得できないぃー! ……じゃあこうしよう! 攻守交替してもう一回やろうぉ! しかもちゃんと位置を交換してさぁ!』
『位置? ……あぁ、そういうことですか。もしや姫はわたしが立った場所で何か細工をしたと思っておいでなのですね? ふふ、構いませんよ?』
イア様は終始余裕そうな表情でノムゥの提案を快諾します。
そうしてひょんなことから始まったノムゥとイア様の再戦。次はノムゥがイア様の攻撃を防ぐ番です。
『確かこの辺を軽く踏んだよねぇ?』
ノムゥはイア様は踏み鳴らした箇所を思い出しながら、仕掛けか何かがないかを入念に確認します。
(ノムゥの言う通り、イア様が意図的に不自然なことを起こしたのは確か……。地面がいきなり発光するなんて普通は有り得ない……)
その正体を探っているであろうノムゥでしたが、
「――そこは違う。もう少し左、だよ」
私めは記憶を頼りに思わず口出しを独りごちってしまいます。すると隣に立つセツナ様が目を見開きます。
「エメルダ殿には視えてでゴザルか? ”竜脈”の煌めきが」
「何となくではありますが。そもそもな話、誰にでも目視できるものではなかったのですか?」
「イア殿の話通り、”竜脈”を扱うには確固たる素質が必要で候。アヤメは無自覚故当然として、あの感じを見るにノムゥ殿も確実と言っていいぐらいに”竜脈”を掴み切れていないでゴザル」
「つまり私めが視たあの光は気のせいではないと? ならどうして急に無魔力の私めがその才能を開花させたのでしょう?」
どうにも疑問は晴れませんが、何はともかくノムゥでは感じ取れない”竜脈”を私めは何故か掴めている。その上で判断するとなると、例え立ち位置を変えたとしても結果は火を見るより明らか……。かと言って何か出来る訳でも無く、私めはもどかしさに苛まれます。
『こちら側となるとこの辺でしょうか?』
当てずっぽうに立ち位置を決めたノムゥとは対照的に、イア様は確固たる意志を持ってとある地点に仁王立ちをします。
『では行きますよ、姫。――改めて御自身の非力さを痛感して下さいッ!』
イア様は再び軽い感じで地面を踏むと、また僅かに地面が光り輝きます。今度こそ気のせいではない! イア様がいるあの場所には確実に未だ得体の知れぬ”竜脈”が流れている!
『う……うわぁっ! 嘘嘘ォ!? ボクがさっきやったよりも強烈じゃんぅ!?』
ノムゥのその叫び声の通り、イア様が仕掛けた猛攻は先程のノムゥが作り出した土砂の津波よりも凄まじい物でした。例えるなら完全に殺る気に満ちた鋭利な棘が所狭しと敷き詰められた巨大な壁がノムゥを圧し潰そうと迫ります。
大慌てで防御策を取るように目の前に土壁を形成するノムゥですが、時既に遅し所か恐らく何をやっても無駄な足掻きだとしか言いようがなく、呆気なくノムゥはぺしゃんこになりました。
目を><にさせ昇天するノムゥを他所に、イア様は澄ました顔でこちらに近付きこう問い掛けます。
『どうでしたか? ”竜脈”の兆しを感じ取れていたのでしょう?』
「! どうしてそのことを?」
『単純な話です。あなたは<水の大精霊>ディーネと”共鳴感覚”を果たしたのでしょう? そのお陰で<水の大精霊>ディーネの特性があなたに伝播したのです。”マナ”延いては”竜脈”を目視する力がね』
「まさかそんなことが! ポセイン様は何も説明して下さりませんでしたよ!?」
『敢えて情報を与え過ぎず、変に圧を掛けないのも教育指導の一環と判断したのでしょう。とにかく、繋がった相手との間に意識と能力を結び付けることこそ”共鳴感覚”の真髄と言えるでしょう』
「意識だけでなく能力も結ぶ……」
今まで考えもしなかった要素によって、視界や可能性が一気に拡がった様な気がしました。
(少し前まではノムゥ達<四大精霊>の陰に隠れて指示を飛ばすことしかできませんでしたが、私めもその<四大精霊>と同様の力を使えるとあらば話は大きく変わります。私めにも<四大精霊>の力が授かれば、私め自身も彼女達と肩を並べて共に戦える……?)
そんな期待を胸に抱いていると、イア様は溜息を漏らします。
『きっとあなたのことです。<四大精霊>と一緒に前線に立てるとお思いでしょうが、あくまで姫達と同じ様に<神器>を扱えるわけではないので、その辺りのことを履き違えない様に』
「は、はい……。浮かれてしまい申し訳ありませんでした……」
『ですが、何も出来ない状況から何かが出来る状況に変わるというのは大きな進歩でもあります。エメルダはまだ”共鳴感覚”の末端に触れたばかり。それを生かすも殺すもあなた次第ですよ。頑張って下さいね』
そう言い残しイア様は未だ気絶中のノムゥを引きずって向こうへ行かれてしまいました。
「結局拙者はイア殿とノムゥ殿に付いて行けばいいでゴザルか?」
若干蚊帳の外に追いやられていたアヤメ殿がキョトンと首を傾げます。
「頼むでゴザル。イア殿の助けとなるのは拙者よりアヤメが適任で候」
「と言われても全然ピンと来ないが、まぁ仕方ないで候。いっそのこと流れに身を任せるでゴザルか……」
アヤメ様もアヤメ様で決意を固め、イア殿とノムゥ達が向かった方向へ走り出します。
結局この場にセツナ様と取り残された私めは何とも言えぬ気まずさに苛まれます。それも無理はありません。セツナ様は元はと言えばアヤメ様にとっての宿敵。今やその因縁は晴れたとはいえ、この御方が過去に犯した悪行――生まれ故郷を滅ぼした事実は何があっても変わりはしません。そんな過去を持つ相手と急に二人っきりになって緊張するなというのは不可能に近いです。
「…………」
どうしていいか分からず、口籠ってしまう私めを案じてセツナ様は優しい言葉を掛けてきます。
「エメルダ殿がそう警戒するのもしょうがない。それだけのことを拙者はした。だからある意味でその反応は自業自得で候。――しかしこれだけは信じて欲しい。拙者は協力を惜しまない。そして打倒トバリという気持ちにも偽りはない。それだけは言わせて欲しいでゴザル」
「セツナ様……」
妹であるアヤメ様と顔は同じでも表情はあまり動かないセツナ様は澄ました顔で私めを見つめます。
その瞳の奥に強い力を感じ取り、生唾を飲み込む私め。きっとその感情と言葉に嘘はないように思いました。
(それでも完全に信用し切る訳にはいかない。そういうことなら……)
私めは凛々しい顔をセツナ様にお返しします。
「でしたらその言葉と意思と覚悟を行動として示して下さい。私めとノムゥだって再びトバリ様に負けるつもりは毛頭もありませんから」
「ほぉ……拙者をそう焚き付けるとは中々肝が据わっているでゴザルな。なら精進しないといけないで候」
普段面構えをあまり揺るがさないセツナ様は珍しくニタリと笑います。
「交渉成立ですね。なら早速修行を開始するとしましょう。まずは何から始めます?」
「”竜脈”技術習得の第一歩は超集中。ただそれに限るで候」
「集中ってまたですか……?」
”共鳴感覚”会得の為に散々やったことをもう一度やれと言われた私めは柄にもなくげんなりとしてしまったのでした。
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「――残念ながら”共鳴感覚”のことは深く知らぬでゴザルが、自身の意識と他の力を混ぜ合わせて新たな力を生み出す点については”竜脈”も同じ。”共鳴感覚”の感覚を掴み、その眼で”竜脈”の光を見れる状況であるのなら、十分”竜脈”をモノにできると考えているで候」
「だからこそ”竜脈”に繋がる”共鳴感覚”の精度をより高める為に、改めて集中力を高めるという算段でしょうか?」
「そういうことでゴザル。くれぐれも退屈……飽きただなんて言わせないで候」
「理解しております。現状何も無いからこそ何でもやる所存です。して集中すると言いますが具体的にどうすれば? 前回の鍛錬の時はマリネット様の”機製人形”と心を通わせるといった形で進めましたが?」
「”竜脈”についてもそう大差はないでゴザル。ただひたすら”竜脈”を感じ取れるまで集中を続ける他無いで候」
「それはまた途方もない話ですね」
それでもそれ以外に選択肢が無いのなら突き進むしかありません。早速私めは目をギュッと瞑ります。
(イア様の話では、”竜脈”を読み取れるようになったのはディーネとの”共鳴感覚”がキッカケと仰っていましたよね。ということはディーネと初めて”共鳴感覚”した時のことを思い出しましょうか)
ディーネと”共鳴感覚”して判明したのは、彼女の目には”マナ”の奔流が手に取るように映っているということ。
その時やっと、よく”マナ”の流れを見た上で話をするディーネの気持ちを汲み取れた気がしました。
<氷鬼姫>様との戦いの際に一時的にとはいえ、私めも確かに”マナ”の流れを目視した。それをここで再現してみましょう。
「…………」
じっと心を穏やかにさせ、先程感じた”竜脈”の兆しを探します。
そうしてジッとすること約一分。瞼の裏しか見えない真っ暗闇の空間の中にうっすらと小さな光が
灯りました。
「!」
その瞬間、私めは目を見開き、光を感じた場所へと歩き出します。そうして立ったのは何の変哲も変化もないただの地面の上。それでも私めは自信ありげにセツナ様を呼び付けます。
「セツナ様、どうでしょう?」
私めの問いにセツナ様は満足げに頷きます。
「――どうやら”竜脈”の感触は完全に身についたゴザルな。確かにその足元には”竜脈”が流れているで候」
セツナ様のその返答、それはつまり私めは完全に”竜脈”の位置を補足出来ていることを意味しています。
そこからくる達成感に私めは大いに歓喜の声を上げたのでした。




