テレサナの助言
『――はぁ……まさかこんな体たらくをいつまで経っても続けるとは思いもしなかったぜ?』
「も、申し訳御座いません……。私めの見込みが甘過ぎました……」
マリネット様と共に造り上げた”機製人形”のエメラルダ。私めの手で愛着を持って造り上げたことにより”共鳴感覚”習得の効率が上がると考え、ここ一週間彼女と共に生活を共にしましたが、
「どうしましょう……全くと言っていい程進歩が見られませんでした……。あの、何が原因なのでしょうか?」
『正直言って何もかもだな。どうやら思ったよりも魔力がある人間と無い人間の間に相当の隔たりがあるってことを思い知ったわ』
「ならこれからどうすればよろしいのでしょうか?」
『悪いがおれっちからはもう何も言えん。エメラルダの存在があっても尚”共鳴感覚”の感覚が掴めないとなるとそれ以上のことはしてやれん』
「そう……ですか……」
正しく万事休すの状態に私めは絶望感に駆られます。
(あれだけディーネに啖呵を切っておいてこの様ですか……。何と不甲斐無いのでしょう……)
『ったく、あまりにも予想外過ぎるぜ? 向こうの状況次第じゃエメルダが完全に足引っ張る形になんぞ?』
とそんな風にマリネット様が危惧したその時でした。ふと私めがいる砂浜の脇に拡がる海中から二人の人影が出てきます。
それが誰なのかことさらに言うまでもありません。<海神>ポセイン様と<四大精霊>のディーネです。
海面に姿を現し、そこで私めの顔を見た途端、ポセイン様は失望に満ちた嘆息を漏らします。
『その感じ、どうやらそっちも芳しくはないらしいな』
「ということはディーネの方も?」
『あぁ、駄目駄目の駄目駄目だ』
『そっちもかよ! そういう所まで仲良く一緒になってんじゃねぇよ!』
「『申し訳ない(し)……』」
私めはディーネと共に深々と頭を下げます。
マリネット様はしょうがないと言わんばかりに大袈裟に肩を竦めます。
『おい神様よ、こんなんで平気なのか? 二人共やるべきことをちゃんと出来てないみたいだぜ?』
『言われるまでも無く由々しき事態だな。本来ならもっと色々なことを叩き込みたかった所だが、最初の最初で躓いているせいで、その計画は全部おじゃんだ。このままじゃ<氷鬼姫>に勝つ所か、ものの数秒で決着を付けられる始末になる可能性も大いにある』
つまりそもそも勝負にすらならないことを暗に示唆するポセイン様の言葉に、私めとディーネは顔を地面に付き合わせます。
泣きたくなる気持ちをグッと堪え、奥歯を噛み締めながら声を絞り出します。
「もっと……もっと頑張らなければ……ッ!」
『残念ながらそういう次元の――』
『――話じゃないな』
「え?」
私めの言葉をポセイン様とマリネット様は残酷にも否定します。
二人は敢えて言葉を選ばずに続けます。
『ディーネに教え込んでいる<神器>の技術も……』
『そしてエメルダに伝授してる”共鳴感覚”も会得する為にはある意味で才能が必要なんだ。だから頑張るとか努力するとかで何とかなる問題じゃない』
「そんな……」
そう言われてしまったらもう希望が見えません。
(私め達は何も出来ずここで終わりなのでしょうか……? まさかこんな結果に終わるなんて……)
どうにも心の中がグチャグチャと揉みくちゃになっている気分に苛まれます。
視界が揺らぎ息も荒くなる中、ポセイン様はこんな提案をします。
『今日は二人共もう無理そうだな。マリネットとしてもどうだ?』
『エメルダには悪いが<神>の意見に同意だな。誰がどう見てもこのまま続けるのは無意味だ』
『――ということで一度修行のことは忘れろ』
「と言われましても!?」
『有無は言わせん。仮にもここは超観光名所の【シールス】だ。気晴らしにはもってこいだろう。存分に蒼の都を堪能しな』
「あっ……」
ポセイン様は私めの制止も虚しく、海の中へ潜られてしまわれます。
結局途方に暮れるだけの私めとディーネは何も口に出来ぬまま、ただ穏やかに流れる波の音だけが耳に響き渡るのでした。
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『なぁエメルダ、落ち込むのもわかるが飯くらい食べろよ? いつまでもそんなしけた顔されちゃ、見てるこっちまで気が滅入っちまう』
「…………」
『はぁ……こりゃ相当効いてるみたいだな』
私めの態度に失望したであろうマリネット様は舌打ちを鳴らしつつ、『付き合ってらんね』と言わんばかりにこの場を後にします。
そんなマリネット様に申し訳ないと思いつつも私めはその背中を朧げな目で見送ります。
本当にどうしたらいいのか考えが纏まりません。思考をいくら巡らせても前向きな未来を思い浮かべられません。
それはこの場にいるディーネも同じらしく、私めと同様に俯きます。
「…………」
不意に視線の中に入って来たのは【シールス】の特産品である海鮮料理の数々。【コミティア】は勿論こと、世界の中心たるあの【神都】ですらお目に掛れないような新鮮な輝きを放つ食べ物を前にしても全然食欲が湧きませんでした。
勿体ないと思いつつも、どうしても食べる気にならず脇に避けようとしたその時でした。いきなり真横から見知らぬ箸が伸びてきて、鮪やら海老やら帆立やらが掻っ攫われていきます。
いきなりのことに驚きを露にしつつその方向を見ると、
「あ、貴女様は!?」
その箸の先にいたのは私めが良く知る人物――奇妙な画用紙を顔面の前に常に掲げる【学院】の<医学科>の天才と評される<マザー>テレサナ様でした。
思いも寄らぬ人物の登場に私めは目を点にさせます。
「ど、どうしてテレサナ様がここに……?」
『いやー、ちょっと後輩のことが気になってね、様子を見に来た次第さ(^ω^)』
「その後輩というのは私めのことで御座いますか?」
『話の流れ的にそうなるね( *´艸`)』
「そうですか。……ならもしかすると失望させてしまうかもしれませんね」
『良かったら話を聞かせてはくれないかい?(^_-)-☆』
一瞬言おうか言わないか悩みましたが、何故かテレサナ様を前にすると心が落ち着き、気持ちの吐露をしたくなってしまいました。
私めは恐る恐る今まで起きたことを説明します。一通り話し終えるとテレサナ様はこんな文字を見せてきました。
『”共鳴感覚”か、何とも懐かしい(*'ω'*)。あの時の苦節を思い出しちゃうな(;^ω^)』
「苦節、というと?」
『実はわったくしも”共鳴感覚”を必死こいて覚えていた時期があるんだ(*´ω`)。ちゃんと使える様になるのに五年も掛かっちゃったけど(^▽^;)』
「ご、五年!? そんなに時間を要してしまわれたのですか!?」
『いかんせん要領とかが悪過ぎたからね。あの時はマジで参っちゃったよ(+o+)。でもさ、そんなわったくしでも今は<マザー>の二つ名を冠する存在になるまで成長したんだ。だから<無魔力の忌み子>もそんな一週間やちょっとで諦めちゃうのは勿体無くない?(´っ・ω・)っ』
「そうかもしれませんが、今の私め達にはいかんせん時間がありません。きっと<氷鬼姫>様はいつまでも待っては下さらないでしょう……」
『それもそうか。……そういうことならちょっとした裏技を<無魔力の忌み子>と<水の大精霊>に掛けてあげるとするか。二人共、わったくしの手を取り給え('ω')ノ』
半信半疑ながら私めとディーネはその言い付けに従います。
『知ってるかい? ”共鳴感覚”は直接肌で触れ合った方が感覚を研ぎ澄ませやすいんだ(*´ω`*)』
「それはマリネット様から伺いました。しかし何とも上手く行かず……」
『その時は”共鳴感覚”をする相手とは離れてたんじゃないか?(・´з`・)』
「確かにそうですね。エメラルダはマリネット様が遠くに移動させておりました」
『マリネットのしようとすべきことはわからないでもない。行く行くは離れた相手とも”共鳴感覚”は出来るべきだ。でも、きっと<無魔力の忌み子>にとってそれは早急だったかもしれない(;一_一)』
『だからこうして直にエメっちと手を合わせたし?』
『そういうこと(*^^*)。さぁ、二人の心の内を交じ合わせて御覧(∩´∀`)∩。その補助をわったくしが担おう(●´ω`●)』
私めはディーネと頷き合い、ゆっくりと目を閉じます。それでも……
「やはり何も感じ取れません……」
見えるのはいつもと同じく瞼の裏に拡がる真っ暗闇の世界のみ。何の手応えもありません。
そんな折、ディーネが感嘆の声を上げます。
『見えた……ッ! なんか良く分からないけど、あーしの物じゃない感覚が冴え渡って来たし!』
「何が見えるの、ディーネ!」
『ぼんやりとだからハッキリとは言えないけど、エメっちがあーし達<四大精霊>と手を取り合ってる姿だし? ……でも何か違和感があるし? 姿形はエメっちと同じだけど、どことなくエメっちと違うような……?』
どことなくふんわりとしたことを表現をするディーネの言葉に首を傾げていると、テレサナ様は手を放します。
『流石は”マナ”感知に優れた<水の大精霊>だ。一足早く”共鳴感覚”のコツを掴めたようだね(≧◇≦)』
「あの! 私めはまだ……ッ!」
『そう焦らないことだよ。恐らく<無魔力の忌み子>の真価は土壇場で発揮されるみたいだからね(゜_゜>)』
テレサナ様は役目が終わったと言わんばかりに席を立ち上がります。
『さぁ<無魔力の忌み子>、<四聖騎士>との一戦も君にとって大きな人生の転換期だ。ここで潰れるか潰れないかで世界の流れは大きく変動する|ω・)。精々わったくしめ達の期待を裏切ってくれるなよ(`・ω・´)』
「え?」
テレサナ様がシレッと口にした含みのある一言を気に掛けましたが、当然の如くその真相を問い質すことは叶いませんでした。そしてテレサナ様は颯爽とこの場を後にします。
「――私めの真価は土壇場で発揮されるですか……。そうならいいのですが……」
私めはテレサナ様が言い残した言葉をしかと胸に刻んでいいものかと不安に駆られたのでした。




