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<無魔力の忌み子>エメルダと<陽光の剣士>サンディ

 深淵(ダークネス)と呼ばれる悪しき存在を退(しりぞ)けた(わたくし)めとサンディ様は、いつの間にか汽車の個室部屋の中におりました。

 どうやら、あの場所は<黒樺(くろかば)の杖>によって作られた場所だったらしく、その発生源をサンディ様が斬ったおかけで、空間が不安定になり、元いた場所に飛ばされたようで御座います。

 なにはともあれ、深淵(ダークネス)が作り出した異空間に閉じこめられなくてよかった、と(わたくし)め達は安心しきっておりました。

 とは言え、どうにも曖昧(あいまい)な境界を行き来し精神が呆けているのは確かですので、今一度現状を整理する必要がありそうです。

 そう考えた私めは、手始めにサンディ様の右手を案じます。


「そういえば、消し飛ばされた手は何ともありませんか?」

「うん、取り敢えずはね。あの空間で受けた傷は無かったことになってて、消滅した右手はなんともなってない。だけど、魔力や体力はちゃんと消耗されてる。……そしてもう一つ。これが壊れた事実も元には戻らないみたいね」


 そう仰るサンディ様の手には、二つに折れた<黒樺(くろかば)の杖>がありました。


「その杖、壊してしまっても良かったのですが?」

「えぇ、アメルダから事前に許可は得ていたから問題は無いわ。とは言え、折らずに済ませられるなら済ませろって言われてたから、アイツとの約束は破ったことになるけれども」


 少しだけ後悔の念を募らせるサンディ様は『それよりも、千載一遇のチャンスを見す見す逃がしたのは不味かった』と奥歯を噛み締めます。

 サンディ様が仰るには、深淵(ダークネス)は五年前に対峙した時よりも弱体化していたそうです。


「久し振りに開放されたからか、はたまたアメルダに力を奪われてたかは不明だけど、アイツの”魔術”は明らかにキレがなかった。だからこそ、アイツの魔力源である<黒樺の杖>を咄嗟(とっさ)にぶった斬っておいて良かったわ。じゃなきゃ、アイツにヤバい力を与えていた所だったからさ」


 サンディ様()わく、深淵(ダークネス)は失った力を取り戻すまで迂闊(うかつ)に動けないとのこと。

 とは言え、


「もしまた襲撃された場合、私めはどうすればよろしいのでしょう? 残念ながら私め一人では対抗手段がありませんが?」

「その点は心配ご無用よ。深淵(ダークネス)がアナタに直接的な危害を与えることはないだろうからさ」

「それはどういうことでしょう?」

深淵(ダークネス)は、エメルダちゃんを強制的に従わせたり、洗脳することはせず、あくまでアナタから歩み寄ることを待っているのよ。アイツなりに”主従(しゅじゅう)契約関係”を遵守(じゅんしゅ)するつもりなんでしょうね」


 サンディ様が仰った”主従契約関係”。その言葉の意味を平たく言うなれば、契約者と被契約者は互いの同意の元、(ちぎ)りを結ぶ儀式なのだそうです。

 ここでポイントになるのは、()()()()()という部分。つまり、私めが深淵(ダークネス)甘言(かんげん)に惑わされない限り、向こうの方からではどうすることもできないだろう、とサンディ様は予想します。


「だからさ、深淵(ダークネス)のことは当分考えなくていいわ。それよりも問題は、折れた<黒樺の杖>。これについては早急に手を打たないと」


 それについてはアメルダ先生(師匠)もサンディ様も専門外らしく、追々(おいおい)その筋の専門家に話を聞く必要があるそうです。


「あの、この一連の出来事は先生(師匠)にお伝えすべきでしょうか?」

「ワタシが杖を斬ったことは言っていいわ。だけども、深淵(ダークネス)については黙秘した方が無難かな。流石に、アメルダですら認知できない存在が自由になったと言われてもアイツにはどうしようもないしね」

「そうですね」

「ともかく、今ワタシ達がすべきなのは目的地の【神都(しんと)】に到着するまで少しでも休息することよ。お互い疲れ果ててるだろうから休める時に休んでおきましょう」


 こうして真剣な話を終えたサンディ様は、その後一転してぎこちない真顔をなさり、()()()()()()()()()で声を掛けます。


「エメルダちゃん……いい加減、この姿勢を辞めてもいい? そろそろ羞恥心(しゅうちしん)の限界なんだけども?」

「ふふ。そう仰らず、どうか肩の力を抜き、私めに全てを委ねて下さいませ」

「いや、流石にこの状態じゃ平常心を保てないわよ……」


 そう言って恥ずかしそうにそっぽを向くサンディ様が(いと)おしくてたまりませんでした。


「ついさっきまで、お強い姿を見せてくれたかの<陽光(ようこう)の剣士>様もこのようなお顔をなさるのですね?」

「ひゃうッ!? そんなこと言わないで頂戴……」


 サンディ様は困り果てたように冷や汗を流し、狼狽(ろうばい)なさります。


(何故サンディ様はこれ程までに遠慮なさっているのでしょうか? もしかすると、私めに悪いと思っているのでは?)


「サンディ様、私めのことは一切気にせず、どうぞそのまま癒されて下さいませ」

「いや、そうは言ってもさぁ、この状況、なんか()()()()()()してるみたいで、全然落ち着かないんだけども!?」

「良いではありませんか? ここは個室部屋。音は漏れるかもしれませんが、内側のカーテンを閉めてしまえば外からは何も見えませんよ?」

「周りに見られる見られないんじゃなくて、ワタシ自身がこそばゆくなって耐えられないの! お願いだから身体を起こさせて頂戴!」


 そんな風に私めの好意を押し返そうとするサンディ様。

 ここまで(かたく)なだと、思う所がありました。


「……やはり私めの(いや)しい身体では、恩返しもまともに出来ませんか。申し訳ございません、サンディ様のためになろう(など)、おこがましいにも程がありましたね」

「そんなことないわよ! 今はとっても幸せな気分で、疲れなんて一瞬で吹き飛んでるんだからさ! だからって一回りも二回りも小さい女の子にこんなことされたとあれば、騎士の名折れよ!?」

「そうなのですか? アメルダ先生(師匠)にはしょっちゅうやってあげていますよ?」

「アイツ! こんな幼気(いたいけ)()になんちゅうことさせてんのよ!?」

「確かに最初は戸惑いましたが、こうしてあげるとアメルダ先生(師匠)は見る見る内に元気になられまして、今ではもう習慣になってしまいました」


 先生(師匠)(いわ)く癒やし効果は絶大らしいですよ?、と付け加えると、サンディ様は悲痛の叫びを上げます。


「そりゃ、そうでしょうね! こんな可愛い女の子の太ももに顔をうずくませて、()()して貰えりゃさぁ!」

「!」


 いきなり可愛いなんて褒められましたので、顔の温度が一気に上昇します。

 あまりにももったいなさすぎるお言葉に、首を横に大きく振りました。


「か、可愛いなんて大袈裟な……」

「そんなことないわ! アナタの(エメラルド)色に(きら)めく髪と瞳、宝石みたいでとっても綺麗だし、お肌も健康的でツヤツヤ! それに性格も、健気(けなげ)で素直で頑張り屋さんでしょ? アメルダのヤツが溺愛(できあい)しちゃうのも無理ないわ!」

「そ、そんなこと――」

「あるわ! 大いに!」


 サンディ様はグッと握り拳を作り、続け様にこう力説します。

 

「朝はこんな可愛い()が起こしてくれて! 楽しい談笑を交わしながら朝食はを食べれて! 街に出掛ける時は何を着ても似合う素敵な女の子がすぐ隣にいて! 不慣れだけど愛情たっぷりの昼食や夕飯を一緒に作って! 裸の付き合いと評してお風呂で互いを洗いっこして! 夜寝る時は抱き枕にして寝れて! もうそんなの最高過ぎ! そんな()と昼夜一緒に過ごせるアメルダが(うらや)ましくてたまわないわッ!」

「はわっ!?」


(そ、そんなこと言われましてもお恥ずかしいばかりです……)


 このように動揺していますと、サンディ様は不安そうな顔をこちらへと向けます。


「けれども、大丈夫? 先生(師匠)って呼んでるくらいだから、エメルダちゃんはアメルダの弟子みたいな存在なのよね? アイツって悪い意味で遠慮ないからさ、そのせいで(てい)の良い雑用を押し付けられてたりしてない?」

「そんなことはありませんよ。逆に迷惑ばかりかけてしまっております」


 私めは、かの<大魔女>様に師事されていてもなお、”魔術”の一つすら身についてはおらず、家事方面でもまだまだ至らぬ点があることをお伝えします。

 しかし、そんな自己評価をサンディ様は鼻で笑います。


「アイツはそんなこと微塵(みじん)も気にしちゃいないわよ。エメルダは、エメルダちゃんに”魔術”や家事を叩き込むためではなく、正真正銘(しょうしんしょうめい)()()として大切にしたいから側に置くことにしたのよ」

「家族……ですか。本当にそうですかね?」


 私めのそんな不安にサンディ様は、思いも寄らぬ言葉を返します。


「――お主。アメルダはワタシとエメルダちゃんに()()その呼び方をしているの気が付いてる?」

「えっ?」

「アイツは信頼度の度合いで『其方』と『お主』を使い分けてるのよ、それも無意識の内にね。アメルダの奴が自然とお主呼びするってことは、それだけアナタに親近感を抱いてるって証拠なのよ。だから、アメルダのその感情をどうか無下(むげ)にしないであげて」


 その後サンディ様は真剣な眼でこう仰ります。


「ワタシが言うのもアレだけど、アメルダの家族(弟子)になってくれて本当にありがとう。色々と迷惑を掛けるだろうけど、どうか見放さず、アイツのことを支えてやって欲しい」


 当然、心からのその願いを快諾(かいだく)します。


「はい! この私めで良ければ!」

「ありがとう。……でも、本当にアイツの世話が面倒になったら、ワタシの元に来なさい! その時は妹として可愛がってあげるからさ!」

「へぁ!?」


 いきなりの『妹にする』宣言にまたまた心が揺さぶられたその時です。突如(とつじょ)、部屋の扉がノックされ、どうにも間延びしたタランとした声が飛んできました。


「あらあら~、その発言は流石にヒクわ~。けれどまぁ、その娘さんのお姉さんとして漢気(おとこぎ)ならぬ女気(おんなぎ)を見せてあげるのも悪くないわよね~」

「! その声、<大賢者>か!?」


 どうやら扉越しの声を掛けてきたのはサンディ様のお知り合いらしいです。

 それに気付いたサンディ様は額に汗を流します。


「オマエがわざわざ出向いたってことは、何かトラブルか?」


 私めでもわかるくらい緊迫している空気の中、扉の先に立つ方はさも軽い雰囲気でこう仰ります。


「残念ながらそうだわ~。単刀直入に言うわね~。その少女には今とてつもない負債――()()()()()()()()()が課せられているのよ~」

 この話で第二章部分が終了となります。

 ここまでのご愛読ありがとうございました。

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