<【神都】でちょっと名の知れている剣士>サンディと<大魔女>アメルダ
この話の時系列は、サンディとエメルダが【神都】へ向かう前の時間となります。
また、サンディ目線の話となります。
その点ご了承の上、お楽しみください。
いきなり決まったエメルダちゃんとの【神都】旅行。
その準備のため、エメルダちゃんが荷物をまとめている間、ワタシはアメルダと言葉を交わしていた。
「――んじゃまぁ、二・三日エメルダちゃんのことを借りてくわ。けどだいじょぶ? 寂しくなって夜な夜な涙で枕を濡らしたりしない?」
「なぬ!? なんてことを言う!? 妾はそんな寂しんガールではないわい!」
(いや、アンタ明らかにガールって言える年齢じゃないでしょ……)
そんなワタシの心のツッコミを他所に、アメルダは不服そうに口を尖らせる。
「妾もお主らに付いて行きたかったのじゃがなぁ~」
「そりゃ無理な話よ。だってアンタ、【神都】から出禁喰らってるじゃない?」
「ぐぬぬー……。本来なら、エメルダと共に【コミティア】の外に出て、思い出を作るのは妾の役目じゃったのに~……ッ!」
「あら、それはもしかして嫉妬?」
いつの間にかワタシは勝ち誇った様にニチャアと笑っていた。
「それはそれは悪いことをしたわね。エメルダちゃんの初体験、色々と貰っちゃうわ♪」
「む~、お主だけ良いとこ取りをしおってからに、ずるいのじゃ!」
頭から煙を出さんばかりの<大魔女>の姿を見て、思う所があった。
(過保護にも程があるわね~。けどそれは仕方ないか)
何せ、エメルダちゃんはアメルダにとって大切な存在。そんな彼女をたった数日でもワタシ――エメルダちゃんにとって初対面に近い相手――に預けるのは気が気で無いだろう。
(とは言え、エメルダちゃんを【神都】に連れて行くことは確定事項なんだからそこは納得して貰わないと)
ワタシはアメルダの気持ちを汲み取りつつ、肩を竦める。
「決してアンタのためじゃないけど、任意同行に協力して貰った手前、ワタシが責任を持ってエメルダちゃんを【神都】へ送り届けるから安心なさい」
「あぁ、お主になら何の心配もせず任せられる。逆にお主に頼めて良かったとも思っておるわい」
アメルダはそう言って安堵の息を漏らす。
「そりゃそうでしょうね。ワタシはエメルダちゃんに対して偏見を持っちゃいない。もしワタシじゃない誰かがこの問題にあたっていれば、エメルダちゃんは強硬的に連行されていたわ」
今回エメルダちゃんを【神都】へ連れて行くのだが、その待遇はどちらかというと接待に近い。
恐らく<無魔力の忌み子>と呼ばれるエメルダちゃんにそんな温情を掛けるのはワタシだけ。
アメルダはそんなワタシの対応に感謝の念を抱いていた。
「だからこそ妾達は運が良かったと言えるのじゃ」
「運が良い? 勘違いしないでよ。ワタシが今回の件に出張ったのは、<大魔女>アメルダが関わっていたから。つまりアンタがエメルダちゃんのことを間接的に護ったのと同義なんだから、そこは履き違えないで頂戴」
まるでワタシの功績のように讃えるアメルダの態度がどうにも気に食わなかった。それに、
「――運が良いとか悪いとかの以前に、アンタにはもう少し事態を重く捉えて欲しんだけど? あの<大魔女>アメルダが<無魔力の忌み子>を大金叩いて買い取ったことは、ただの微笑ましい養子縁組とは見られちゃいない。何故なら『<大魔女>は<無魔力の忌み子>を利用し、良からぬ波乱を巻き起こす筈だ』と警戒されてるからね。つまり、アンタが気軽にやった行動は世界に大きな影響を及ぼしているってこと。それがわからないアンタじゃないでしょ?」
「勿論じゃ」
「そう、なら一つ教えて欲しいんだけども」
ワタシはこれだけは聞いておきたいと前々から思っていたことを質問する。
「アメルダ、アンタがエメルダちゃんを引き取った本当の理由は何?」
本当の、と前置きしたのは『手頃な召使いが欲しかった』だの『使い道のない金を消費しときたかった』だのどうでもいい建前を未然に潰すためだ。
そんな思惑の中、見つめ合うこと数秒。アメルダがゆっくりと口を開く。
「……それは、妾がオークションハウスに立ち寄った日とエメルダの競売日が偶々同じだったからじゃよ」
「はぁ? それって要するにタイミングが合わなかったら見殺しにしてたってこと!?」
「そうじゃの。もしあの場に妾がいなかったら、エメルダは予定通り処刑されていたであろうな」
アメルダのその返答は予想外であった。まさかそんないとも容易く、エメルダちゃんのことを切り捨てたかもしれない可能性を示唆するなんて。
ワタシはその言い包め方に怒りが湧いた。
「……何よその軽々しい理由は! そんな『これは運命の出逢いだわ』みたいな脳内お花畑論で、エメルダちゃんを引き取ってんじゃないわよ! その生半可な気持ちじゃ、あの娘を不幸にするだけだわ!」
「そんな中途半端な心持ちではあらぬ! 彼女を買うと決めた手前、妾なりの覚悟を決めた。エメルダを幸せにしてやることが妾の……親としての責務じゃ」
「親? バカ言ってんじゃないわよ。日常的な家事はおろか、服を着るのも食事をするのもままならないアンタが何一丁前のこと言ってんの?」
「はぁ!? お主は知らないと思うが、妾とて成長しておるわい!」
例えばなんなのよ?、と聞くとドヤ顔でこう答えた。
「今まで一分以上掛かっておった靴下履きを、三十秒でできるようになったわい!」
「…………」
アメルダの自慢()を聞いたワタシは空いた口を塞げなかった。
え? それ誇らしげに言うこと? それを立派なことだと自慢するなんて……
(相っ変わらず変な奴ね)
なんかコイツに真面目なことを期待したのが馬鹿みたいだ。
(でもコイツは、やると決めたら最後までやるタイプの人間だ。いくら不器用で不適だろうと、エメルダちゃんを見捨てることはないだろう)
とは言え、ワタシもワタシで言いたいことがある。
「アンタのその決意はご立派だけども、世界にとっちゃエメルダちゃんは癌みたいな存在。きっとこれから先、多くの苦難が立ち塞がるだろうけど、何があっても護り抜きなさい。いいわね?」
「言われるまでもない。じゃがそれはお主にも言えること。【神都】への旅の途中はくれぐれも用心せい。何せお主に<それ>を預けておるのじゃからな」
そう言いつつアメルダが指差したのは<黒樺の杖>。
「前にも説明したが、それには良からぬモノが憑いておる。妾の手から離れた瞬間、暴れ回るやもしれぬ」
「それは……そうでしょうね……」
この時頭の中に、<黒樺の杖>に封じ込められた深淵の姿がチラつく。
もしものことがあるかも、と予想を立てたワタシはアメルダに確認事をした。
「ねぇ、もし仮にその毒牙がエメルダちゃんに迫ったら――」
「躊躇なく杖を斬れ」
「それでいいの?。一応アンタにとっちゃ大切な杖でしょ?」
「それよりもエメルダの命の方がよっぽど大事じゃ。とは言え、そんなことになる前にお主が対処してくれるのが一番なのじゃがな」
「それもそうね。可能な限りそんなゴリ押しにならぬよう善処するわ」
「是非にそうしてくれ」
こんなやり取りをしておると、向こうから準備を終えたエメルダちゃんがやってきた。
「お待たせしました、サンディ様!」
「うん。じゃあ早速出発しましょうか!」
「はい。話によると特別な移動手段を使うとか何とか」
「ふふ、それは見てからのお楽しみだよ~」
「そうですか。では、行って参ります、アメルダ先生!」
「あぁ、気を付けるのじゃぞ」
その時アメルダは、ワタシに対し無言で首を縦に振った。
その行動に『頼むぞ』という言葉を感じ取ったワタシは、笑顔の片目ウィンクを返すのだった。




