<大魔女>
一人称視点が前話の<忌み子の少女>より変更となっております。
<大魔女>の視点はこの話だけで、基本は<忌み子の少女>目線で物語が進みます。
今後視点変更があった際は、前書きにて注釈する予定でございます。よろしくお願いします。
ここは妾行きつけのオークションハウス。その施設内のVIPルームに通された妾は、本日の競売品が載せられたカタログに目を通しておった。
「ほぉ、これはまた素晴らしきラインナップじゃな」
「お褒めに預かり光栄でございます、<大魔女>様」
特にいつもと変わらぬ妾の誉め言葉に、小太りめの男性スタッフはこれまたいつも通り笑顔で頭を下げる。
「……して、本日のお買い上げはどうなさいます?」
「そうじゃの~。どれもこれも希少価値が高くとりあえず手にしておきたいのじゃが、そろそろ屋敷の倉庫が限界でな。いい加減研究や実験と関係ない嗜好品に手を出すのは控えようと思っておる所じゃ」
「そういうことなら召使いに倉庫管理を任せてみては?」
「それがの~……」
妾はちと困ったといった具合に頭をかいてしまう。
彼の言う通り、妾以外に倉庫の整理整頓を任せるというのは合理的じゃが、つい最近それが出来なくなってしまっての。
「例の如くまたもや夜逃げされたのじゃ。それも金品や貴重な素材と一緒にの」
「それはそれはお気の毒に……。ということは今は?」
「否が応でも独り身じゃ。其方も知っての通り、妾は一人だと少々生きずらい。どうにか一刻も早く世話係的な存在を見繕わなければの」
妾は物は試しにカタログをもう一度拝見する。じゃが、一通り見通しても『目的の品』は見つけられんかった。
……やはりそうであろうな。妾が欲っしておるのはある意味で違法取引に近いからの。なら裏のルートの方も確認して貰うとするかえ。
「あまり気は乗らぬが、あっち側の商品も見せて欲しいのじゃが?」
その言葉と同時に漆黒に染まったブラックカードを小太りのスタッフに見せると、彼の表情が一変しおった。
「よろしいのですか? 例えアナタ様であっても、これから先の責任は負いかねますが?」
「構わん、全て承知の上の打診じゃからの。――して、妾の要望には応えられるのかえ?」
妾の意思を汲み取ったスタッフは、部屋の扉付近に待機しておるもう一人の男に首で指示を送る。するとすぐさま真っ黒の本が妾に手渡される。その本こそ、表のオークション会場では絶対に取り扱えない闇市商品だけが掲載されたカタログじゃった。
特に買うつもりはないが物は試しじゃ、どんな物が流通しているかを確認してみるかの。……ほぉほぉ、こりゃまた悪どい品ばかりじゃ~。
例えば他人に呪いを被せる禁忌の藁人形。例えば良く分からぬ魔物の臓器をごちゃ混ぜにした人体強化エキス。例えば嗅いだ者をたちまち凶暴化させるアロマ。……等々、どれもこれもこの妾ですら触りたくないものばかりじゃ。
商品の写真を観るだけでもおぞましく若干気分を害しながらもカタログをめくる。すると、最後のページにトップシークレットなる商品が掲載されておった。
「まさかこれかの?」
「はい、左様でございます。<大魔女>様は大変運がよろしいです。丁度本日、”ある一人の少女”が競売にかけられます。……ここだけの話ですが実はその娘、決して数は多くない魔力を宿さぬ<無魔力の忌み子>なのでございます」
「ふむ、そうなのか。それは本当に珍しい。以前<忌み子>にあったのは何百年前だったかの。参考までに聞くが最低価格は幾らなのじゃ?」
「金貨千枚でございます」
なんじゃ、そりゃ? 明らかに価格設定が壊れておるではないか? 金貨千枚などこの黒本に載った商品を全部購入してもお釣りが来るでの。そんなのはまるで、最初から買わせる気がないといった感じじゃ。
「其方は意地悪じゃの~。妾がさっき抱いた期待を返して欲しいくらいじゃ」
「申し訳ありません。先程は運が良いと申しましたが、今回だけは競売に参加して欲しくないというのが我々の本心です」
「その心は?」
「……かの<忌み子>は側に置いておくだけで不幸が舞い降りると噂されておりますから当然買い手はおりませんし、ここのオークションハウスに来るまで他社競売場を幾つか転々としました。しかし私達競売人にとって、いつまでも売れ残る商品を保持しているメリットは皆無です。なので今日の競売でも売れなかった場合は最終的に――」
「廃棄処分……それもまるで悪魔の子を断ずるが如く公開処刑にでもするつもりかえ?」
「流石は<大魔女>様! その通りでございます!」
「なるほどのぉ~……」
これはまた剣呑なタイミングに出くわしたわい。そもそも<忌み子>と遭遇することすら稀だというのに、さらにその少女は処刑寸前じゃと? なんでこうも面倒なことが重なるのじゃ……。
「のぉ、取り合えず競売会場に顔を出しても良いか? 買う買わないはともかくとして例の<忌み子>とやらを一目見ておきたいの」
「それは構いませんが、他のお客様が騒がれますよ?」
「そんなの良い。妾は別に隠居生活してる訳じゃないからの」
「アナタ様がそれで良いのならご案内いたします」
「頼むのじゃ」
そうして妾はスタッフ先導の元、競売会場に足を運ぶのじゃった。