連行。……え? 違う? 旅行!?
二年前……隕石が【コミティア】に降り注いだあの日、<黒樺の杖>を手にすることを私めに託した<大魔女>アメルダ先生はこんなことを仰っておりました。
『非常時に限り<黒樺の杖>を使うことを許可されてはいるが、一点だけ面倒なことがある。何分強固な結界に守られておるのじゃよ。そんな結界を外せるのは結界を作った者のみ。その者は妾の知り合いであるのだが、タイミングが悪いことに今はここを離れておるみたいで頼みたくても頼めない状況じゃ』
どうやら、あの時アメルダ先生が示唆していた人物こそ、今目の前にいらっしゃるサンディ様だったようです。
(ということはつまり、本来であれば<黒樺の杖>を持ち出すにはサンディ様の許しが必要だったのかもしれません。それなのに、アメルダ先生はそれを無視し、無理矢理<黒樺の杖>を取り戻しました。だからこそ、あんなことも言っておられたのですね)
『これから妾がしようとしているのは到底許されざる禁忌事項じゃ。きっと簡単にバレるだろうし、ただ事では済まぬ』
その言葉の意味をようやく理解し、この状況が相当際どいモノであることをより一層感じ取ります。
「…………」
一触即発の状況に固唾を飲み込む中、サンディ様は大きな溜息を吐き、冷静さを取り戻します。
「――とか何とか言って、アンタの犯した罪を今更追求したって何になるのかしら。当時の状況からして、アンタとエメルダちゃんが博打に出る他なかったのは容易に想像がつく。だからこそ、強く糾弾できないのが現状よ」
また『逆にワタシを頼らなくて正解だった。もしそんな悠長なことしてたら大災害なんてレベルじゃ済まなかったし』とアメルダ先生の行動を評価するサンディ様でしたが、
「だからと言って、わざわざ封印を頼んでおきながら後々になってコッソリ持ち出したのだけは解せないわ。<黒樺の杖>の本質をアンタから直に聞き危機感を覚えたからこそ、杖の封印に協力した。これでも話を真面目に捉えた上での行動だったのに、アンタはそんなワタシの想いをことごとく踏みにじった。ワタシはね、それが一番許せないのよ」
「済まむの……まさかそこまで考えておったとは」
「ほんとよ。ワタシはアンタのことを信頼したくはないけど、だからといって敵視したくもないのよ。例えアンタが底の知れぬ<大魔女>であろうと、助けを求められたのなら手を差し伸べてやらなきゃいけないとワタシは思っていたわ」
サンディ様はアメルダ先生を毛嫌いしているといっても、別に見放す気はないそうです。
だからこそ、その優しさを無下にしてしまったアメルダ先生に、サンディ様は酷く失望しているように見受けられました。
「まぁ何はともかく、【コミティア】の被害を最小限に抑えたことだけは感謝しないとね。今になって言えばそれは本当に運が良かった。何せ、<無魔力の子>という稀有なエメルダちゃんがいたからこそ、封印を突破できたんだからさ」
その言葉に私めはハッとします。
「……やはり私めのことは御存じだったのですね?」
「ごめんなさいね。さっきまでずっとアナタが<無魔力>の子だって知った上で、敢えてそれをスルーしつつ接してたわ」
「恐らくそうだろうとは感じておりました。――なら単刀直入にお聞きします。サンディ様がこちらへ訪れた残り二つの理由の内一つは、私めの拘束ですか?」
私めの真剣な眼差しに当てられたサンディ様は素直に頷きます。
「ご名答。よくわかってるじゃない。ちなみにもう一つはさっきまで話題に挙がってた<黒樺の杖>の回収。それについては、あとでゆっくりアメルダを絞り上げるとして」
「さらっと怖いことを言うでないわ!」
そんなアメルダ先生のツッコミをスルーしつつ、サンディ様は話を進めます。
「アナタのこともどうにかするってのが、ワタシの任務に含まれてるのよ。だから悪いんだけど、何の抵抗もしないで付いて来てくれる?」
「それがワタシのすべきことならなんなりと」
「良かった。じゃあ早速そんなエメルダちゃんにやって欲しいことがあるわ。ちょっとした事前調査に協力してくれる?」
そう言いながらサンディ様が手渡したのは、
「これ【神都】の旅行ガイドブック。エメルダちゃんにお願いしたいのは、ここに載ってる気になるスポットをチェックして欲しいってこと。それを参考に観光のスケジュール組むから」
「へっ? 観光!? なんですか、それは!?」
何故、断罪のために【神都】を訪れるというのに、旅行するみたいな話になっているのでしょうか?
その疑問を投げかけると、サンディ様は口をへにゃりと曲げます。
「そりゃ、エメルダちゃんの連行なんかよりこっちの方が重要だからに決まってるじゃない。ほら、そんなことよりも早くページを捲って! 短い滞在時間でも目一杯楽しむわよ!」
「え……ぇ~……」
何だか緊張した雰囲気がいきなり和やかムードに変わってしまい、思わず目眩に見舞われてしまう私めなのでした。




