謎の酔っぱらい
ひょんなことから【学院】神都校にて同じ組に編成されたヨゾラちゃんと互いに高め合おう宣言をし合ったのも束の間、あっという間に時刻は過ぎ去り、辺り一面は暗黒に包まれました。
「ちょっと! 誰か”閃光魔術”を使えませんの? 暗くて何も見えやしませんわ」
暗がりの中からヴァンナさんが不機嫌気味の声を上げます。その言葉通り、ここら一帯の電球全ては壊れているか電気が消えているかで、灯りは存在しません。だからこその光源を求める要望に、
「「「「…………」」」」
誰も応えることはしませんでした。
それには流石のヴァンナ様も素っ頓狂な声を張り上げます。
「はぁ!? まさか……まさかこの場にいる全員がまともに”魔術”を扱えないとは言いませんよね!?」
「わりぃ。オイラ頭悪ぃから”魔術”とかからっきしだわ。トールも似た様な感じだと思ってくれ」
「スマヌ。拙者も刀一辺倒の才覚しか磨かなかった故、”まじゅつ”とは無縁で候」
「ワイも”魔術”は使えんわけやないが、得手不得手がはっきりしとうてな、”閃光魔術”は無理やで。エメルダはんやヨゾラはんは言わずもがなやが、言い出しっぺのヴァンナはんはどうなんや? 自分を棚に上げるのはどうかと思うで?」
「うるさいですわ、キャルロット! 言われたくない<二つ名>で呼びますわよ!」
「何でや!? 当たり事故にも程があるっちゅうねん!」
各々がそれぞれ言い訳じみた言葉を発しますが、つまり誰もこの状況を打破できないということに他なりません。
(あれ? これは気のせいですか? 私めも含め、こんなにも”魔術”に精通していない方々だけが一堂に会することなんて有り得ます? もしやその体たらく振りも含めての落ちこぼれ組――<ひよこ組>が組み上げられた要因だったりして……)
図らずもとんでもない事実に気付いてしまったような気がして身震いをしてしまいます。
(ただ単に、試験の範疇を超え押し退けた勇敢な戦士を放り込む先が<ひよこ組>だとマリアンヌ学園長は仰っていましたが、もしかすると名実共に才覚が足りないからこその組み分けだとでもいうのですか……?)
「…………」
「エメルダちゃん、どうしたの? 急に固まっちゃってさ?」
一人孤独に衝撃を受ける中、隣にいるヨゾラちゃんが声を掛けてきます。
私めは素早く平静を保ち、両手を胸の前で振ります。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと考え事しちゃって」
「そう? でも困ったね。結局暗がりのままじゃ作業どころじゃないし、でもそれだとどこで一夜を明かせばいいんだって感じだしさ。……ねぇ、どうするヴァンナちゃん? このままここで雑魚寝したくはないでしょ?」
「当然です! 誰か【学院】の外でもいいので宿泊の手立てを用意している者はおりませんか?」
その問いに一番最初に応えたのはキャルロット様です。
「スマンな、持ち運び可能な仮設天幕の用意はあるが明らかに一人用や」
それにアヤメ様とスモー様も続きます。
「スマヌでござる。右に同じで候」
「オイラんとこもトールとの二人用で七人は愚か三人もキツイくらいだぜ?」
残念ながらまだ問題は解決していない。私めは隣のヨゾラちゃんに聞きます。
「ヨゾラちゃんの自宅はどうかな? 一応【神都】内に構えているんだよね?」
「それはちょっと無理かなぁ。おばあちゃんにバレたら何言われるかわからないし」
「ちなみにヴァンナさんのご住所は?」
「【神都】ですわ。ですけど期待しないで下さいまし。それにシレッと【学院】の外に出る話になってますけど、きっとそれは推奨されませんわ。本来であれば明日催される運びですし。ですからあまり【学院】から離れない方がよろしいんじゃなくて?」
「明日? あぁ、そういえば……」
そう明日。試験に合格した者だけが参加できる特別な行事が明日行われることをすっかり忘れていました。
「それは確かに外せませんね。欠席したり遅れたりとあらば除名される可能性もありますし、【学院】から離れるのは得策では無いでしょう」
「じゃ……じゃあ【学院】に留まる形になるってこと? じゃ……じゃあ今日寝泊まりをするのは?」
まともに表情は読み取れずともヨゾラちゃんの額に冷や汗が流れるのが見て取れました。そして、そこから漏れ出る不安感はこの場の全員に着実に伝わってしまったのでした。
全員が全員気不味い感じで押し黙っていると、
『ギシ……』
と廊下の奥から木か何かが軋む音が響いて来ました。
しかもそれは一度ではない。
『ギシギシ……』
何度も続くどころか逆に大きく近く聴こえてきます。
その不穏な音は正しく、誰かの接近を知らせるものに他ならなかったのです。
●
「「「「「「「…………」」」」」」」
ジリジリと近付く存在にこの場にいた全員七人が緊張感を募らせます。それぞれ暗い環境という悪影響を受けながらも武器を静かに構え、件の相手の動向を探ります。そうしてやっと、かろうじて目視できる距離まで迫るその人物は、
「んん~、誰だいチミタチ~? ヒック! どうしてあちしの根城にこんな数の生徒がたむろってんだ~?」
何とも身体の軸がフラついており、口から出る息はとても臭い眼鏡をかけた白髪の女性でした。
まるで絶賛酔いどれ中と言わんばかりの眼鏡女性はしゃっくりを繰り返しながら手に持つ一升瓶らしき物をカランコロンと揺らします。
「おーい、ここは肝試し会場じゃないにょ~。さっさといるべき寮に帰んなあ」
「い、いやここが私め達の寮――」
「はぁ? んな訳ねぇって。ヒック! 何せここは……。ここは……zzz」
「え……まさか立ったまま寝てしまった……?」
いきなり現れてはいきなり寝息を立てる人物を前にして呆然としてしまいます。
「と、取り敢えず一旦ここから離れませんこと? 兎にも角にもここに留まる理由はありませんよね?」
困惑気味ながらヴァンナさんの提案は理に適っていました。誰もそれには異を唱えず、抜き足忍び足でゆっくりその場から立ち去ろうとしましたが、
「――ひぇえ!?」
闇の中から誰かの腕が伸び、私めの手首をガッチリと拘束します。
そんなことをするのはただ一人。いつの間に起きていた謎の白髪眼鏡の女性に他なりません。
「ヒック! お~い、どこ行こうってんだあ? 門限を過ぎても寮に戻らない不届き者にはお仕置きが必要だな。よーし、そういうことなら全員そこに土下座しな!」
刹那、腹部に女性の掌が当てられたかと思うと、いきなり足に力が入らなくなり、まるで糸が切れた人形のように膝を崩してしまい、再び立つ力すら失ってしまいます。
その後、私めだけでなく他の六人も同じ感じで無力化されてしまいます。
あまりにも速い所業。誰一人として一体何をされたのか何一つとして理解できませんでした。
「どぅ~だ! これが力の差だ! そんじゃま、説教といくか! 覚悟しろよ~?」
床に膝を付く私めの首に二の腕を回す女性のお酒臭い息が耳に掛かり、ぞくぞくと身震いしてしまいます。
まさかこんなことになるなんて……。<ひよこ組>のことといい、今回のことといい、私め達の【学院】生活は初日から前途多難だと思わされるばかりです。
そんな風に苦悶の表情を浮かべる中、白髪眼鏡女性は赤く火照った頬を不機嫌そうに持ち上げます。
「ちょっとあちしの愚痴基ヤケ酒に付き合えよ? どうやら面倒なことに仕事をしねぇといけなくなっちまったからな! ――だから今日はスヤスヤ寝れるとは思うなよ?」
その宣言通り、私めは今晩一睡も出来なかったのでした。




