<陽光の剣士>と<大賢者>
今回の話の時系列は、前章において起きた隕石落下事故時点のモノとなります。
また主観は新キャラとなっているのに加え、主人公枠のアメルダ・エメルダも登場しません。
その点了承の上、お楽しみください。
――十年に一度、数百にも及ぶ美しい流星が降り注ぐ街【コミティア】。
その街に突如として流星が落下し、結果的に【コミティア】が地図上から消え去ったその災害はつい先日のことであった。
街一個が消し飛んだというインパクトなニュースは今でも報じられており、ここ最近になってようやく復興支援の供給が始まったことを新聞から読み取ったワタシは頬杖を突く。
(まさか<流星祭>を前にしてこんな事件が起きるなんてね。ワタシもワタシで【コミティア】の<流星祭>を楽しみにしていた分、ショックが多いわ。……とまぁ、起きてしまったことを残念がっても仕方がない。問題は表立っていない裏の事情の方だ)
例の隕石落下事故によって街は丸ごと飲み込まれ、跡形もなく吹き飛ばされたのは周知の通りだが、奇跡的にも死者はゼロだったという。
その功績に一役買ったのは、魔女の中の魔女――<大魔女>アメルダ。彼女が迫りくる隕石の襲来を防ぎ、人死にを回避したという。
(<大魔女>アメルダ……アイツの凄さをワタシは十分知っている。アイツ程の魔術師なら隕石の一つくらい軽く弾き飛ばしても驚かないし、実際問題アメルダが奮闘したことに変わりはない。……それでも限度って物がある。流石のアメルダ――正確には本領を引き出せないアイツでは、数百の隕石は絶対に食い止められない筈。だがそれをやってのけてしまったということはつまり、考え得る限り最悪の展開が起きている可能性がある)
「むぅ……」
そうはならないでくれと切に願う反面、こういう時の勘は良く当たることをヒシヒシと感じた結果、どうにも表情が暗くなる。さらには落ち着かず貧乏揺すりも始まってしまったので、致し方なく手を上げる。するとそれを確認した店員の少女がこちらへやってきた。
「はい。如何なさいましたか?」
「コーヒーのお代わりをお願い」
「畏まりました」
「あと、連れが来るまでこの素敵なテラス席を占領してていいかしら?」
「どうぞお構いなく。この時間はある程度空いておりますから。ゆっくりして下さいませ」
「お気遣いどうも。じゃあお言葉に甘えさせて貰うわ」
そんなやり取りの後、空になったコーヒーカップをウェイトレスが持っていったその時であった。いきなり頭に神通力に似た衝撃が走る。
「くぅッ!?」
下手すれば失神する程の激痛に悶えている最中、視界の奥から一つの人影がうっすらと姿を現し、ゆっくりとした足取りでこちらに近付く。
そして顔と全身をフードで隠したその人物がワタシの目の前に立つと、今までの痛みが何事もなかったかのように薄まり、どうにも間の抜けた女声で挨拶を投げかけられた。
「ごめんなさいね、遅れたわ~」
「アンタが時間にルーズなのは今に始まったことじゃないからどうでもいいわ。けど、この”魔術”を使うなら事前に説明して。あの痛みに耐え抜くのも一苦労なんだから!」
「あら~? あなたなら普通にやり過ごせちゃうからわざわざ言わなくても良いと思ったんだけども~」
「身構えられるだけでも気持ち的に楽なのッ!」
そう愚痴を漏らすワタシを他所に、かのフード姿の人物は向かいの椅子に腰かける。そして単刀直入と言わんばかりに本題を切り出した。
「――それにしても由々しき事態になったわ~。まさか<大魔女>の手に再び<黒樺の杖>が舞い戻るとはね~」
その一言によって嫌な予感が的中することとなった。
「やっぱりそうか。……で、これは一体どういう事? <黒樺の杖>を封印する結界は何人たりとも通さない鉄壁の結界じゃ無かったの?」
<黒樺の杖>を封印する結界。それはほんのちょっとの魔力すら感知し、その全てを防ぎ切ってしまう防衛機能が備わっていることから、誰にも侵入不可能な領域であると目の前の人物――その結界の製作者である彼女から説明を受けていた。
「にも関わらず、アメルダが<黒樺の杖>を手にしたってことは何かしら問題が起きたってこと? ……珍しいわね、アンタが失敗するなんて」
そう言うと目の前の彼女はキョトンと首を傾げる。
「あら、意外~。てっきり非難されるとばかり思ってたんだけど~?」
「そんなことはしないわよ。アンタ自身のことは微塵も信用しちゃいないけど、アンタの才能自体は認めてるつもり。だからこそ――」
ワタシは一呼吸置き、細目で眼前の相手を睨む。
「その期待がまんまと裏切られて心底ガッカリしてんだけど?」
ある意味失望の眼差しを向けられた彼女はフードの上から頬を掻く仕草を見せる。
「まさかそこまであなたに買われていたとはね~。ならちょっとだけ勘違いさせてしまったみたいだわ~。実はあの結界、ある人物だけは素通りできるの~」
「はぁ? 誰よそれ?」
「良く考えてみて~。あなたが<黒樺の杖>を封印した時のことをさ~。その時、何も起こらなかったんじゃない?」
「!? そ、それはつまり、ワタシのせいで結界に脆弱性が出来てしまったってこと?」
思わず慌てふためいてしまったワタシに、彼女は手と首を横に振る。
「そんな訳ないわ~。<黒樺の杖>を直接封印するあなたの侵入も拒絶してしまったら元の子も無いでしょ~?」
「そう言われればそうだけど……」
「それにもっと言えば、元々そのような穴を故意的に作るのは確定してたから何も気にしなくていいわ~」
彼女曰く、何事も100%を追求するのは無理な話らしい。出来るとしても精々、たった一つのことに目を瞑って99%の成果を上げることだけ。今回の場合、ごく僅かな可能性を度外視したからこそ理論上最強の結界を作れたらしい。
「けどこの事情はあなたも理解しているんじゃなくて~? ……ねぇ? ある一点の弱点を背負う代わりに絶大な力を手にした<陽光の剣士>さん~?」
彼女の指摘に思わず苦笑が漏れる。
「……アンタの言い分もごもっともだけど、そのせいでとんでもないことになったのは頂けないわね」
「いや、だからあなたの安全を考えてのことだったし、そこを妥協したからこそ強固な結界になったのであって~」
「何を呑気な。<大魔女>に匹敵する力を持つ<大賢者>ならその辺も追求しなさいよ?」
「あはは……鋭いご指摘痛み入るわ~」
「だけど、過去の出来事について論議してても仕方ない。今はともかくアメルダと<黒樺の杖>、そして新たに浮上したあの問題も一緒にどうにかしないと……」
<黒樺の杖>を封じる部屋に何不自由なく出入り可だったということはつまり、アメルダの近くにはワタシと同じ――いや、正確にはワタシよりも神に見放された<あの存在>がいるに違いあるまい。
(……ったく、<大賢者>から情報を引き出すつもりが逆にこんな怠い展開に発展するとは)
「あぁ、メンドクサイ! だからアメルダに関わるとロクなことにならないから嫌なんだ、もう!」
「ん~? あれ~? もしかして聞いてないのかしら~?」
「? 何をだ?」
「張り切ってる所申し訳ないけど、今回の件について上層部は黙認を推奨してるわ~」
「はぁ!? 正気!? つまり何もすんなってこと?」
「そういうことね~」
「…………」
信じられないと言わんばかりに頭を抱えると、<大賢者>は不思議そうな面持ちになる。
「そこまでショックを受けること~? ただ単純に<黒樺の杖>を持った<大魔女>を刺激しないためなのだけども~? 当然、勝手に<黒樺の杖>を持ち出した彼女にはそれ相応の処罰を与えるべきよ。とは言え可及的速やかにやる問題ではないと思うけどなぁ~?」
「……そうか、アンタは知らないのか」
「ん? どういうことかしら~?」
その問いには答えなかった……否、答えられなかった。
(<黒樺の杖>の本質をアメルダから直接聞かされているのは現状ワタシだけだ……。そんなある種他言無用である重要な話を<大賢者>においそれと言い触らす訳にはいかない)
とは言え、勘の良い<大賢者>のことだ。変に口籠ったり嘘八百の言葉で本心を塗りたくろうものなら、すぐさま疑われるのがオチ。ここは本当のことを少し織り交ぜるとしよう。
「――いいや、ただ強大過ぎる力にはそれ相応の重みがのしかかるってだけよ。<黒樺の杖>はあのアメルダにとっても手に余る品らしいからね。それを遠ざけたい彼女の気持ちも十分同感出来るわ」
「ふ~ん、<大魔女>と<黒樺の杖>のことであなたが相当切羽詰まっていたのは何となく察してたわ~。あなたが血相を変えた頭を下げて、『<黒樺の杖>を封じ込められる結界を作ってくれ』って頼んだ時にさ~」
「頼むからその話はぶり返さないでくれ。今でも恥ずかしいと思ってるんだからさぁー……」
「うふふ~、そうみたいね~。あなたがそう言うならもう言わないであげるわ~」
<大賢者>はフードの奥でクスクスとした笑い声を発する。……これは何とか誤魔化せたってことでいいのか?
ワタシの思惑を(恐らくは)知らない<大賢者>はこう念を押してきた。
「と・に・か・く、勝手に一人で突っ走っちゃ駄目よ~? 最低でも【コミティア】の復興が終わるまでの間はアメルダとの接触は禁止だからね~? わかったかしら~?」
「ワタシはそこまでバカじゃないわ。やるなと言われてやらない理性は最低限度持ち合わせてるつもりよ?」
「ならいいわ~。……ねぇ、この辺で帰っていいかしら~? まだ仕事が山積みでね~」
「あぁ、アンタのお陰でアメルダの動向を確認できた。一応礼だけは言っておく、ありがと」
「お役に立ててなによりよ~。それじゃあね~」
その言葉を最期に<大賢者>はパッと姿を消した。
それと同時にウェイトレスがコーヒーを持ってきた。すると彼女はワタシの向かい側の椅子が動かされていたことに気付く。
「あれ? いつの間に移動させたのですか?」
「いいや、連れの仕業」
「変なこと仰らないで下さい。コーヒーを用意している間、そこはずっと空席でしたよ?」
「じゃあ時間を止めている間に座ってたのかもしれないわね」
そう言ってワタシは冗談交じりにケラケラ笑うのだった。




