虎の威を借りる狐
とうとう全ての元凶たる主犯と私めは対峙いたします。
右手全体に巨大な銃を埋め込み、さながら右手自体が銃と錯覚し得る大男は、私めの登場にもさして驚く様子は見せず、ただただ単調に汽車の動力源たる焚口戸に石炭をくべ続けるだけでした。
言うだけ・やるだけ無駄だと予感しつつも、まずは会話を試みます。
「――何故こんなことを?」
大男は惚けた感じで髪を触りつつ、だらっと答えます。
「あ~、先程の放送は聞こえてなかったのかね? 我々<逆血の英雄>の目的はただ一つ。憎き【神都】に厄災をもたらす為さ」
「私めはどうしてそんなことをすると聞きたいのですが? 英雄の名が聞いて呆れますよ」
「別に呆れられて結構さ。我々はただ自身が思い描く理想を探求しているだけ。他人様からとやかく言われる謂れは微塵もない。私は私の、君は君の正義で動く。その結果、互いに衝突し合う結果になったというだけのことでは?」
大男は仰々しい右手の銃の口をこちらへ差し向けます。ですが、相手なりの配慮なのか発砲はまだされませんでした。
「こう見えて私は騎士道精神とやらに敬意を払っていてね、か弱き少女の前で不意打ちや先制攻撃はしないと決めているのだ。戦うなら正々堂々、杖でも武器でも構えたまえ。それまでは待ってあげよう」
なんて言われても、どうやら戦うことは避けられない事態の様です。
<四大精霊>不在の中、頼れるのはこの身一つ。冷たい脂汗が背中を伝う中、鞄から爆弾を掴み取ります。
それを見た大男は信じられない物をみたかのように吹き出しました。
「それは……何の冗談、かね?」
「冗談ではありません。これが私めの戦う手段です」
「あー、これはこれは……。困ったねぇ」
大男は興が削がれたと言わんばかりに右手を降ろします。
あからさまな戦意喪失に私めは憤ります。
「私めに力がないからと、手心を加えるおつもりですか?」
「そうだが悪いかね? 私とて弱い者苛めをする趣味は無い。――敢えてはっきりと物申そう。君はこの戦場にそぐわない。力が無いなら帰りなさい」
「!?」
それは紛れもなく耐え難い屈辱に他なりませんでした。多少なりには実力不足感は否めなくとも、誰かの為に脅威に立ち向かう勇気や想いまでも踏みにじられるのは到底許せませんでした。
「……ッ!」
我ながら冷静さを欠いていたと言われれば否定できません。
そこには激昂に駆られるが如く、奥歯を噛み締め大男を睨む私めの姿がありました。
それでも大男は飄々とした風に余裕しゃくしゃくの顔を返します。
「お嬢ちゃん、そう怖い顔をするんじゃない。せっかく可愛らしい翠色の目と髪が台無し――って、ん? 翠色の目と髪だって? 君はもしや……?」
大男はまじまじといった具合に私めの全身を観察すると、いきなり大声で笑い出します。
「まさか、まさかこんなことが起ころうとは! いやはや、これは一体なんの因果かね? よもや<無魔力の忌み子>を目にすることとなろうとは思いもしなかった」
私めの正体を見破った大男は恐れたり訝しげになる代わりに、さも楽しいと言わんばかりに手を叩きながら歓喜の声を上げます。
「それなら尚のこと、我々が争う理由は皆無だ。何故なら私も君と似た様な待遇――つまり、この”魔術”や”マナ”とかいうクソったれな概念に振り回され、居場所を無くした者なのだからね」
「では貴方も魔力は……?」
「あぁ、お察しの通りそうでなきゃ腕をこんな風に改造したりはしない。これはある意味で世間に対する反逆なのさ」
「ならその腹いせの意味を込め、【神都】を……世界の首都を滅茶苦茶にしようというのですか?」
「そうだが何か問題かね? 君ならこの崇高な思考を理解して貰えると――」
「――そんな訳ないじゃないですか! 馬鹿なことを言うのもいい加減にして下さいッ!」
私めの声の振動に多少耳障り感を感じているであろう大男のしかめっ面を他所に、思いの丈を相手にぶつけます。
「そんなのはただの逃げではありませんか! 自分の道を切り開こうとはせず、ただ突き付けられた運命を受け入れて諦めるなんて私めはもう真っ平御免なのです! だからこそ、私めは貴方とは相容れません!」
「とても立派な思想だが、君は大きな勘違いをしている。君がこれまで道を踏み外さず生きてこれたのは君個人のお陰じゃない。側に都合の良いキッカケがあったからだろう? ……そうだとは思わないかね? <無魔力の忌み子>に仕える精霊達よ?」
ふと背後に四つの気配が現れます。大男の言葉通り、そこに立っていたのは他ならぬ<四大精霊>達でした。
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<四大精霊>の登場に大男はさして驚く様子は見せず、淡々とした態度で彼女達を招きます。
「あー、それにしても驚いた。君達に差し向けた刺客は指折りの実力者だったのだがね。だが、それでも彼らはよくやってくれた。少しばかりとはいえ君達を疲弊させることに成功したのだから」
大男はあくまで冷静に物事を判断し、その上で口角を釣り上げます。
これは何とも妙です。この状況に一切怯えない……?
そんな中、フーリが剣を構えます。
「……確かに、わざわざ苦手属性の相手を用意する辺り用意周到だった。……結果、フーリ達の消耗は免れなかった。……でもそんなので終わる訳はない。……こうして四人集まった以上、そっちに勝ち目はない」
大男は声の主のフーリではなく、何故か私めの方を向き返事をします。
「何とも頼もしいばかりだな。こんな者達に囲まれたら無駄に気が強くのも頷ける。今の君は正しく虎の威を借りる狐だよ」
ピクリ、と私めの眉が動くのを感じ取ります。
どうしてそんな反応をするのか? 恐らく本心ではその言葉に共感を得てしまったから、なのかもしれません。
そんな機微を見逃さぬ大男は二の句を継げます。
「果たして君が成し遂げたことは全て君の功績か? 違うだろ? 君はただ他人がもたらした成果のおこぼれを拾ったに過ぎないのではないかい? そう……凄いのはあくまで君じゃなく、君に従う精霊であろう? なれば世間の評価は君ではなく、周囲の精霊達に向けられているのでは? あくまで君は精霊達の力を自分の物と過信しているに過ぎな――」
「だから何だし! そんなに強いことが大切だし?」
「そうだねぇ。ボク達がエメルダに従うのは決して力があるからじゃなく、その人柄に惹かれた部分があるよぉ」
「そうだよ。現にあーしはエメエメ個人に助けられた身なの! エメエメは決してお前が言うみたくしょぼくはない!」
「それでも彼女が無力の象徴たる<無魔力の忌み子>であることに違いは無いであろう? 現実問題、君達がいなければまともに脅威に立ち向かえぬではないか?」
「……いやそれでいい。……前線に立つことが<無魔力の忌み子>の役目じゃない。……そうさせない為にフーリ達がいる」
<四大精霊>達にそれぞれ思想を否定された大男は理解できないと言わんばかりに大きく溜息を吐き出します。
「どうやら何があっても話は平行線のままらしい。つくづく哀れだ。そうやって甘やかすからこそ、大切なご主人を危険な目に遭わせる羽目になる」
大男はやっと重い腰を上げ鋭く敵意に溢れた視線を寄越すと、右手に埋め込んだ銃をとうとう撃ち出します。
当然その弾はフーリが斬り落とします。しかし、奇妙なことに斬られた弾から霧状の何かが漏れ出た刹那、
「「「「うっ!?」」」」
背後の<四大精霊>達がこぞって苦しそうな声を漏らしつつ、バタリと倒れてしまったのでした。




