<無魔力の忌み子>エメルダと<大魔女>アメルダ
――事の顛末……はたまた後日談と申しますでしょうか?
例の一件――街に隕石が落下したあの大災害から約一週間。何一つ問題は解決していませんが、取り合えず若干の落ち着きが戻って来ました。
そんな折、先の被害で怪我を負った人を収容する仮病棟の中で<大魔女>アメルダ様は私めの右目を覗き込みます。
「傷んだ目の調子は良くなったみたいじゃの」
「はい……」
「それは良かった。……して、あの後色々と進展があっての。一応当事者である其方にも話す様言われておるが、聞いてくれるかえ?」
勿論です。私めははっきりと首を縦に振ります。
「なら早速伝えるか。しかし、ここではどうにも落ち着かん。まずは場所を変えようぞ?」
そう言って私め様は仮設テントから外に出ます。
「まだまだ復興には程遠いの」
アメルダ様は未だ更地の様に荒れ果てている街を何とも言えぬ表情で見つめます。
そうしている間にも、アメルダ様は周囲の人々から嫌疑的な眼に晒されることとなりました。
「いやはや、まるで悪者扱いじゃな」
アメルダ様のその言葉通り、あの隕石落下事件はアメルダ様が主犯だとされております。そのせいで街におけるアメルダ様の評価はガタ落ち。
初めて街を訪れた時に人々から信頼されていたのが嘘の様に、今では誰もアメルダ様に近付いてはくれませんでした。
「…………」
あの時、街の人々から愛されているアメルダ様はとても活き活きしていらっしゃいました。それが今では見る影も無く、とても不憫に思ってしまった私めはアメルダ様に声を掛けます。
「へいき……です……か?」
その問いにアメルダ様は後ろ髪を掻きます。
「――正直ショックが隠せぬわ。あそこまで街の人間から信用を得る為に相当時間を掛けたからの。……その努力がたった一回の失敗で崩れ去ってしまったとあれば、何とも言えぬ喪失感に駆られるのじゃ」
アメルダ様は乾いた笑いと溜息を漏らします。
やはり平気なんてことは無かったみたいです。悲しみに暮れるアメルダ様を励ます様に、私めはこうお伝えしました。
「私めは……貴方様の……味方……ですッ!」
するとアメルダ様は、キョトンと目をぱちくり瞬かせたのです。
その後、周囲に全くの遠慮なしにゲラゲラと高笑いを上げました。
「そうか……ッ! こりゃなんとも心強い味方であるな! こんなにも愛い少女が側にいるのであれば、どんな苦境にも耐えられる自信があるぞよ!」
「ひゃあっ!? ア……アメルダ様、くすぐっ……た……」
アメルダ様に抱き付かれ、私めは息を詰まらせます。
見た目上の身体が若々しくなったからか、以前のちょっと大人なアメルダ様よりも若干力が強く感じられます。
また距離感もどこか近く――言うなれば、母親と娘の関係性から姉と妹の関係性に変わった感じでしょうか?――になり、グイグイと頬ずりをされ、困惑を隠せません。
(前々から思っておりましたが、アメルダ様の精神年齢は本当に幼いのでは……?)
私めが心の中で何を考えているか等露知らず、アメルダ様は何ともだらしない顔をお見せします。
「うへへ~、其方のほっぺはこれでもかとモチモチで触れ心地最高じゃ~。こりゃずっとスリスリ出来てしまうでの~」
「う、うひゃ~……」
い、一応ここは大衆の面前なのですから、離れて頂かなければ困ります! なので強引にアメルダ様を引き剥がしました。
半ば拒否反応を示されたアメルダ様は、さぞ悲しそうにうなだれます。
「そ、其方よ~、それは殺生じゃ~……」
「恥ずかしい……ので……辞めて下さい……」
「ガビーンじゃ!?」
(ガビーンと実際に仰る方、初めてお見受けしました)
そんな言葉、小さな子供――この私めですらそんなこと言いませんよ? それをアメルダ様――私めよりも何十倍も生きてらして、さらには誰よりも凄い”魔術”を扱う御方が使うなんて。
「ふふ……ふふッ!」
そう考えてしまうと、アメルダ様の素っ頓狂な物言いに、何だか笑いがこみ上げてきました。
「む、何故笑う!? どこに笑い所があったのじゃ?」
「ご、ごめんなさい……。アメルダ様が可愛らしく……つい……」
「可愛らしい? この妾がか? ……冗談は止してくれい。外面はいくら若返っても、中身は三百歳を超えるババァじゃ。それに妾は、泣く子も隕石も黙る<大魔女>。その様なファンシーな称号、妾には到底似ても似つかぬわ」
つーんとそっぽを向き、私めの言葉を全否定するアメルダ様。そんなちょっぴり鈍感なアメルダ様に対し私めは、
「そんなこと……ないです……。アメルダ様は……可愛いお姉さん、です」
背伸びをし、アメルダ様の綺麗なアメジスト色に染まる髪を撫でます。
その瞬間、アメルダ様の顔色が一気に沸騰し、紅く染まり上がります。
「うぉお!? いきなり何をする!? 恥ずかしいではないか!?」
「さっきのお返し……です……」
私めは少しだけみ意固地悪く微笑むと、アメルダ様は失笑を漏らします。
「……こりゃ一本取られたわい。まさかこの<大魔女>が出し抜かれるとは!」
アメルダ様は豪快に笑うと、私めに二カッと歯を見せ付けます。
「やはり其方は、妾の見立て通り優秀であるな。其方でしか起こせぬ奇跡がまた一個編み出されたわい」
「?」
私めでしか起こせぬ奇跡がまた一個? それはどういう……?
「おいおい、忘れたとは言わせぬぞ? あの日――屋敷の掃除を始めた日に、ゆびきりげんまんして妾と契約したではないかえ?」
あぁ、確かにそんなことありましたね。そういえばあの契約には続きがあった様な?
『妾は必ず其方でしか起こせぬ奇跡を一個編み出してやる。それが成功した暁には妾の言うことを一つ聞いて貰う? それで良いか?』
(ということはつまり、今の言い返しで例の契約が効力を発揮したと? それは流石に無理矢理というか何と言うか……)
「む? 其方まさか、自分がやった偉大なことを認識しておらぬのか? それは少々無頓着過ぎるでの~」
「へぁ!?」
全く身に覚えのないことに私めは困り果てます。
あわあわと視線を泳がせる私めにアメルダ様は『こりゃホントに自覚無しじゃな』と嘆息をこぼします。
「まぁ良い。既に妾がする命令は決まっているからの。楽しみに待っておれ」
一体どんな命を下されるのでしょう?
そんな不安を隠しきれなかった私めは、生唾を飲み込むことしか叶いませんでした。
●
かれこれ三十分程歩いたでしょうか? 私め達は今、アメルダ様の屋敷……否、元屋敷跡におりました。
「それにしても、我ながら盛大にやり過ぎてしもうたわい。あちこちに隕石の残骸が山積みじゃ。こりゃ撤去作業にも骨が折れるわい。……ともかく、二人きりでゆっくり話すならここしか無いでの」
アメルダ様は一呼吸置き、本題を切り出します。
「まずは現状における妾達の処遇についてじゃ。先の街の雰囲気から察せられる通り、今の妾と其方は重罪人当然じゃ。とても辛い事じゃがどうか飲み込んでくれ。事実は事実じゃからの」
どうやら私め達の悪名、つまり『隕石を降らせたのは<大魔女>と<無魔力の忌み子>である』という真実は少し前に出逢った女性騎士によって瞬く間に広まり、今ではそのことを知らぬ人はいないそうです。
「結果的にとても生きずらくはなったが、これでも相当温情を掛けられておる。本来なら処刑されてもおかしくはなかったからの」
そういう対応にならなかったのは、私めとアメルダ様が意図的に隕石を落とさなかったことに起因します。隕石落下事故は<流星祭>に関係したあくまで偶発的な現象として処理されたみたいです。
それに加え、街に堕ちた隕石並びに最終的な数百もの隕石をアメルダ様が完全に阻止し、最終的な死者数をゼロに抑えたことも理由の一つでありました。
「詰まる所、犯した罪をその後の善意で払拭した形じゃ。だが人死にが無かったとは言え、街一個を丸々吹き飛ばし多くの人を不幸にした罪までは償いきれぬ。だからこそ妾達はこれから数年を費やしてでも、贖罪の意思を復興支援という形で示さねばならなくなった。……ここまでの話は良いか?」
「はい」
アメルダ様の仰ったことは妥当極まりないです。この私めに否定する権利はありません。それに、
『やります……。やらせて……下さい! アメルダ様と……街の皆様に……ちゃんと謝る為に……ッ!』
と堂々と言った手前、その決意を無下にするわけにはいきません。この私めがやれることならなんでもやるつもりで御座います。
「良い顔付きじゃ。これなら心配は要らぬな。しかし、妾がこれからやろうとしていることは街を一から作るのと同義じゃ。きっと大変なんてモノじゃないから今の内から気を引き締めておれ。この妾も力を尽くす、共に頑張ろうぞ?」
「かしこまりました」
私めの力強い返答に、アメルダ様は満足げに口角を上げます。
「これで大体の状況説明は終えたかの。これから先は其方とのこれからについてじゃ」
そう言ってアメルダ様は、隕石の下敷きになった元屋敷を指差します。
「妾達の居住地は見ての通り瓦礫の山と化してしまった。当然街に妾達の居場所は無い。だからこそまずはここに新たな家を建てねばならん」
「私めのせいで……申し訳ありません……」
「それについて気に病む必要はない。逆に家が一度全壊したのは丁度良い機会だと思っておる」
「何故?」
「元々あの屋敷は、妾達二人が暮らすにはどうにも大き過ぎじゃったからの。全面リフォームがてら二人暮らしに適した環境にすればそれで済む話だと思っての。それに異議はあるか?」
私めは首を横に振ります。
居住地についての確認をしたアメルダ様は、次の話題を振ります。
「ではここで、伏線回収といこうかの。まずはその前段階として……」
アメルダ様はゆっくり立ち上がると私めに深々と頭を下げました。
いきなりの行動に私めが動揺していると、そのまま感謝の言葉を述べ始めます。
「あの最後の隕石群を止められたのは、其方が命を張って<黒樺の杖>を手に入れてくれたお陰じゃった。妾の為に突破出来るか分からなかった結界に飛び込んでくれたこと、感謝する」
アメルダ様曰く、本来なら<黒樺の杖>が封印されていた部屋にある燭台の火が襲い掛かる筈だったそうです。ですが、アメルダ様の読み通り、魔力を宿さぬ私めはその防衛システムに感知されず、事無きを得ることとなりました。
その後頭を上げたアメルダ様は、私めの肩を強く握ります。
「<黒樺の杖>はきっと、無魔力の其方にしか手にすることは出来なかったであろう。それこそ正に其方でしか起こせぬ奇跡であったぞ。……やはり其方は無価値な存在では無かった。そんな其方が皆を救ったのじゃ、大いに胸を張るが良い」
そんなお言葉を聞いた私めは自然と涙を流します。
(あのアメルダ様からそんなことを言われるなんて、光栄極まりないです!)
「ありがとう……御座います……ッ! とても嬉しい……です……ッ!」
「なら例の賭け、妾の勝ちで良いな?」
「はい! はいッ!」
「うむ、では約束通り、妾の言うことを一つ聞くのじゃ。今日から其方は妾が付ける名を名乗るが良い。その名は――」
●
――あれから約二年の歳月が経過いたしました。
私めもすっかり成長を遂げ、今では十二歳となりました。
そんな私めは今日も今日とて夜明けと共に目を醒まし、隣で眠るアメルダ様に挨拶をいたします。
「では本日も行って参ります、アメルダ先生」
すると、まだまだ眠気眼のアメルダ先生は寝ぼけたまま目元を擦ります。
「……其方は相変わらず几帳面じゃのぉ~。良くもまぁ毎日この時間に起きれるわい……」
「一番最初に街に来て、一番最後に街から帰るのが私めなりの仁義で御座います。そうでもしないと街の方々に顔向け出来ませんから」
「其方はずっと変わらぬな。じゃが其方がその様に頑張ってくれたお陰で街の復興速度は予定より相当早くなったと聞く。ならもうそろそろ終わるのではないか?」
「そんな! 私めの力なんて微々たる物で御座います。街の復興は皆様の努力の賜物なんですから!」
「其方は聖人か何かかの……? ともかく行きたいなら行くが良い。妾もいつも通り、意識が完全に覚醒し次第、其方に追い付くでの」
「かしこまりました。お待ちしております」
家の玄関前で軽く会釈をすると、アメルダ先生は笑みを浮かべ送り出して下さいます。
「気を付けて行ってくるのじゃぞ、――エメルダ」
「はいッ!」
そう言って私めは、自身の名の由来となった翠色の髪をたなびかせるのでした。
今回の話で一旦の区切りとなります。ここまでお読み頂きありがとうございました。次章の更新もお楽しみ下さいませ。




