<聖母>の義孫ヨゾラ
私めと同じ年くらいの深い黒と青が混じった、まるで綺麗な満天の夜空を思わせる髪をした小さな少女――ヨゾラ様の登場に、私めは目を瞬かせます。彼女は確かに言いました。かの<聖母>マリアンヌ様の義孫だと。
そんな懸念を他所に、ヨゾラ様は目を輝かせつつ私めと顔を付き合わせます。
「エメルダちゃん! 大体の噂は知ってるよ! 魔力を一切宿さない<無魔力の忌み子>ながらも、<四大精霊>と”主従契約関係”を結んだんだよね!?」
目をキラキラさせそう尋ねてくるヨゾラ様の勢いに負け、若干戸惑いの色を見せながらも首肯を返します。
「そ、それはそうですけど、色々と課題は山積みでして、あまり胸を張って堂々とはしていられませんよ?」
「それでも! 凄いことは凄いんだから! おばあちゃんはいつも言ってるの! 『やるのとやらないとじゃ雲泥の差だ』だって! だから未だ何も成し遂げられてない私からしてみれば、エメルダちゃんは立派も立派だよ!」
まるで光り輝く羨望の眼差しにやられ、思わずたじろぎます。
どうしてそこまで私めのことを買ってくれるのか? よくよくそのことを聞いてみると、
「実は私も”魔術”の才に恵まれなくてね……。流石にエメルダちゃん程じゃないけど、今日の今日までまともな”魔術”を使えたことがないんだ」
「だからヨゾラ様は――」
「一応同い年だし様付けなんて止してよ! また畏まった話し方されたら、私しょげちゃうよ?」
「ごめんなさ――じゃなくて、ごめんね、ヨゾラちゃん」
気を取り直し、私めはヨゾラちゃんと向き合います。
「もしかしてヨゾラちゃんは、私めのことを目標にしてくれてるの?」
「そうだよ! 私、毎回毎回おばあちゃんに怒られてばっかだけど、エメルダちゃんみたいな子にも無限の可能性があると思うと、もしかすると私にもって、とっても励みになるんだ!」
まさか私めのやってきたことが誰かの助けになっていようとは。
こそばゆいながらもとても心温まることを言ってくれるヨゾラちゃんの一言に、何だか感極まってしまいます。
「だからこうして直接お礼を言える日を心待ちにしてたの! 私の心の支えになってくれてありがとう、エメルダちゃん!」
刹那、私めの涙腺が崩壊。とてつもない量の嬉し涙が頬を伝ります。
そんな時てした。ふと扉の奥にある廊下の方から布が擦れる音が響きます。その音と共に着込む白衣を地面に引き摺りつつ部屋に顔を出したのは、別の背丈が低い女性こと<聖母>マリアンヌ様でした。
「こ~れ、ヨゾラ、其方<無魔力の忌み子>に何を言ったさね? 泣かせるなんて酷いじゃないさね?」
「へぇあ!? ななな泣かせてなんかないよ、断じて!」
「言い訳は聞く気はないさね!」
「イタァ!?」
マリアンヌ様から軽いデコピンをかまされたヨゾラちゃんは半泣きで悶えます。
どこか呆れ顔のマリアンヌ様は軽い口調で私めに話し掛けます。
「スマナイさね。儂の不出来なわっぱが」
「いえ、そんなことありません。それよりもお孫様がいらっしゃったのですね?」
「あぁ、血は繋がってないがさね。まぁ所謂、アメルダの真似事みたいな感じさね。兎も角、ヨゾラは其方と同い年だから仲良くしてあげて欲しいさね」
「はい、こちらこそ!」
私めがそう快諾をすると、いきなりヨゾラちゃんの目が歓喜の色に輝きます。
「え! ホント!? ホント!? やった、やったー! これからよろしくね、エメルダちゃん!」
ヨゾラちゃんは私めの手を握りブンブンと振り回します。
本当に私めと仲良くなることが嬉しいのか、その喜びを存分に表現します。私め自身も同年代の子と関わる機会が少ない手前、こうして友好的な感情を向けられるのは有難い限りです。
ひとしきり挨拶を終えた後、ふとマリアンヌ様は私めと向き合います。
「――それにしても其方はどうにも不憫さね、毎回毎回気絶させられて。そういう所まで先生に似る必要は無いさね?」
「も、申し訳御座いません……」
「別に責めてる訳じゃないさね。事情は大方、そこの四人のお友達から聞いてるさね。……全く、あの<呪いの子>に何されたさね?」
そう言ってマリアンヌ様はご自身の掌を私めの胸や頭に押し当てます。もしかすると検診のつもりなのでしょうか?
そんな折、マリアンヌ様の表情が揺れ動きます。
「ふ~む、不思議なこともあるもんさね。【コミティア】で診た時と比べて、精神のわだかまりが軽くなってるさね。一体この短時間で其方の身に何が起きたさね?」
「…………」
その疑問に私めは直ぐには返答できませんでした。そうできないくらい濃厚な出来事の連続でしたから。
当然、<魔剣>”イザナミ”に取り込まれ、世界を闇に染め上げたあったかもしれない現実を口にするのは到底不可能です。
だからこそ心情の変化があったと評せる出来事はただ一つ。私めが進むべき道を決めたことでしょうか?
それについてならマリアンヌ様に伝えられると、シャキッとした表情で夢のことを口にしました。
「――私めは決意したのです。改めてそこの四人に相応しい”精霊遣い”になると。いくら時間が掛かっても、いくら不格好でも、必ずや<精霊王>様やカース様にも見劣りしない成果をあげるつもりです」
『荒唐無稽な願望だ』。そう笑われても致し方ないとは思ってはいましたが、マリアンヌ様は凛々しい顔でこちらを見据えます。
「そりゃ大きく出たさね。あの<精霊王>や<呪いの子>に比肩するとあれば、生半可な覚悟では到底無理な願望さね。それでもその修羅の道を<無魔力の忌み子>たる其方は歩むということさね?」
「そのつもりです」
「……と、ご主人様は申しておるが、其方らの気持ちも一緒さね?」
マリアンヌ様は終始側に立つ<四大精霊>に期待の眼差しを向けます。
すると、四人の友人はそれぞれはっきり応えます。
「元よりそのつもりだし! 何せウチ達はエメッチのマブダチだし!」
「エメルダはボクの知らない世界を見せてくれるらしいんだぁ。その景色が見れるならどこまでも付いて行くよぉ」
「エメエメはあ-し達姉妹の恩人だよ。その報いは絶対に返さないとね」
「……まだフーリは主従契約を結んでないけど、フーリにはフーリの目的がある。……その為なら協力も惜しまない」
「ふーん、頼もしいばかりさね。こりゃ益々、其方らを【神都】の【学院】に呼び込みたくなったさね」
ニヤリと笑うマリアンヌ様の言動に、またヨゾラちゃんの顔色が明るくなります。
「えっ!? おばあちゃん、それ嘘じゃないよね!? もしかして私、エメルダちゃんと一緒に学院】生活を送れるってこと!?」
「そりゃあまりにも気が早いさね。そもそも二人共十二歳故、入学までは最低でも二年の時が必要。そして、血反吐を吐くような苦行に耐えた上で、入学試験を通過せねば夢もまた夢さね。特にヨゾラやエメルダみたいな”魔術”の才に恵まれなかった者にとっては厳しい現実さね」
どことなく辛辣な言葉を私め達に浴びせるマリアンヌ様。何だか心が締め付けられる気分ですが、マリアンヌ様は即座にこう付け加えます。
「とは言え、それで全てを諦めていい理由にはならないさね。一番の愚行は、未知数の可能性すら信じてやらず何もしないことさね。其方達はまだまだ若い。その奮闘を大いに期待するさね」
そう言ってマリアンヌ様が私めに手渡したのは謎の小封筒。
中身は【コミティア】に帰った後にアメルダ先生と一緒に見る様にと言われ、私めはきょとんと小首を傾げたのでした。




