<無魔力の忌み子>
光の一筋すら通さず、まるで闇の中に身を溶かしていると錯覚しかけない暗くて狭いその場所が私めにとっての全てでございました。
「…………」
身体……いいえ、指の先すら動かせない私めはただ冷たくてゴツゴツした石の地面にうずくまることしか叶いません。
「…………」
それに声の出し方もとうの昔に忘れてしまいました。しかし、それで良いのかもしれません。どうやら私めが発する言葉は呪われている様なのですから。
特になにかする訳でもしたい訳でもなく、ただ床に転がっている時でありました。私めの方からでは絶対に開けられない扉が開かれます。
「ぅ……」
久方振りの光に眩しさを覚え、うめき声が漏れてしまいます。
目がその光に慣れる前に、部屋の中へ人が続々と入ってきます。
その中にいた一人の女性が私めを見下します。
「起きろ、時間だ」
私めの前に立った女性はただそれだけの言葉を発すると、私めの髪を強引に引っ張り上げます。
「あぅっぅ!?」
「全く……世話のかかる<忌み子>だな。だが、そんな貴様の命運は今日で潰える。やっとお前の処分が決まったよ」
その人物が言ったことを良くは理解できませんでした。ですが、楽しい話でないのは確かでしょう。
明らかな敵意と嫌悪感を以て私めを睨む女性は私めを地面に放り投げ、共に入ってきた仲間に指示を送ります。
「縛れ」
その一言で周りを囲んでいた人達が、私めを縄で強引に縛り上げます。
「ぅ~……!」
女性の仲間達は私めの痛みなどなんら興味を示さず、無理矢理な力で全身を拘束します。その直後、頭に袋の様な被せさせられたので視界はまた真っ暗となります。
「会場まで運べ。手段は選ばん」
その瞬間でした。私めは頭を地面に押し付けられたまま引きずられます。
「ああぁあぁあぁーーーーー!?」
その時に感じた痛みはとてつもない物でございました。
被されている袋を貫通し、私めの顔面がガリガリと削られていくのがわかります。
頬や鼻の頭から流れる血に加え、覆面の隙間から入り込む石や土が口の中をグチャグチャにかき乱します。
「ゲホ……」
……そんなこんなで数分の時間が経過しました。
もう何度も何度も意識を失いかけるのを我慢させられました。呼吸もままならず、口に残った血や土を吐き出すことしか出来ません。そんな私めは突然投げ飛ばされます。
「おらッ! 目的地に到着だ! 行ってこい!」
何やら今度の地面は凹凸の激しい石ではないご様子。私めは一体どこに……?
そんな疑問が頭の中をよぎると、私めの視界をずっと塞いでいた袋がやっと外されました。そうして開けた視界の先に拡がっていたのは――
『さぁ、皆さんお待ちかね! 目玉商品の登場だぁ~!』
多くの視線と肌を焼き付ける様な猛烈なスポットライトの光でした。
何がどうなっているのでしょうか? 不安に駆られキョロキョロと辺りを見渡しますが、どこに顔を向けても人からの目から逃れられません。
そんな私めの不安など知らないと言わんばかりに、いつの間にか隣に立っていたサングラス姿の男性がマイク越しで声を張り上げます。
『本日最後の競売品は、世にも珍しき魔力を宿さぬ悪魔の子! 正に生きる厄災と評される齢十歳のこの少女は世に存在しているだけで罪! こんな<忌み子>を側に置いてるだけで不幸が舞い降りて来そうだ~』
この言葉でようやく状況が読み込めました。どうやら私めは人身売買の場にいる様です。
『ではこれよりオークションを開始します! 希少価値が高いので最低価格は金貨千枚からスタートです!』
金貨千枚。その価値がどれ程のものかは図りかねますが、破格な値段であることだけはうかがえます。何せ、数多くいる周囲の人物が全く手を挙げませんから。
『おや、まさか買い手がいないと? もしそうならばこの娘は公開処刑されてしまうがよろしいのでしょうか~?』
サングラス姿の男性がそう煽っても未だ私めを購入しようとなさる者は現れません。
……しかし、それで良いのかもしれません。私めはこの世界における癌の様な存在なのですから。
数秒後、司会者風の男性は残念そうに肩を竦めます。
『……どうやら雌雄は決した様でございますね。では、彼女の買い手は無し! この<忌み子>は予定通り斬首の刑に――』
何もかもを諦め、死をも受け入れたその時でした。
「待つのじゃ」
『え?』
突如としてその場に大きなとんがり帽子を被った女性らしき人物が現れました。
『彼女はもしや!?』
『確かあの方は表の最上級会員であろう? 何故そんな方が裏の競売場に!?』
その人物の登場に会場内がどよめきます。
彼女はそんな騒然なんて知らぬといった具合に、ニタリと笑みを浮かべました。
「――丁度、妾の召使いを探しておった所じゃわい。ここは景気付けに最低価格の十倍……いいや、ドドンと千倍の金貨百万枚で、其方を買うとするかの!」
その方のその一言が、私めの全てを変えるキッカケとなることをこの時の私めは微塵も予感しておりませんでした。