このはしわたるべからず
「このはしわたるべからず」と、書かれた看板の前に連日のように、村人が浮かない様子で集まって顔を見合わせていました。
桔梗屋さんから村人たちがたいそう困っているらしいと教わった一級さんが、橋の手前に立てられた看板の前まで足を運んできました。
村人たちは一級さんの姿を目にすると、
「おお! おやじギャグ一級さんだ」
声を揃えて言いました。
先程までの困り果てていた表情は嘘のように一気に和らいでいきました。
「わたしは、一発ギャグ転一級だと名乗ったはずですが」
一級さんが名乗り直すも、村人たちは猶も相好を崩す。
呼ばれたのは、どうやらあだ名の様だ。日頃から親しまれている様だが、一級さんは目を細めて苦笑いで受け流した。
「一級さんが来たからには、字もろくに読めねぇわしらはもう安泰だ」
「一級さん。わしらはいったいどうすればいいのか、教えてくだされ」
村人たちの期待を一身に浴びた一級さんが、人だかりをかき分けるように前へでる。
看板を右手にして立ち、村人たちを一歩下がらせた。
どうやら村人たちに代わって、今一度、看板に記された内容を読み上げるのでよく聞いて、それを皆で実行に移せば良いだけだと分かった様子だ。
「このはしわたる……べからず?」
村人に背を向けて、看板の文字をゆっくり読み上げる一級さん。
その声を聞き漏らすまいと、唾を飲む思いで一級さんの言葉を待つ村人たち。
村人たちの心は、すでにひとつにまとまっている。
「おおぉ……」
振り向いた一級さんの視線は上向きで、あごの下にちょこんと充てられた人差し指、頭を少しななめに傾けて……、
「はしがだめ?」
こぼれ出た言葉とともに思案する一級さんに呼吸をあずける村人たち。
いよいよ一級さんから鮮烈な解決策が聞けるぞ、と村人たちの目にはまるで明かりが灯るようだった。
「まんじがだめ?」
一級さんの口からこぼれ出てきた言葉は独りごとであるが、間近にいた者の中には微かな疑問符をその和らいでいた表情につけはじめる。
「さそりがだめ?」
いったい何を導き出そうとして、そのような言葉をこぼしているのか。
今度は明らかに疑問符をその表情にしのばせる村人もいた。
しかし、彼らには待つほかはないのだ。
彼ら、村人たちには一級さんを頼る以外に手立てがないため、独りごとが何であろうと思案中は言葉を返さないでいるのだ。
その時だ。
村人たちに目線をもどした一級さんが彼らの足元を指差して、声を張り上げた。
「四の字固めっ! はじめっ!!」
その言葉は確かに村人たちに発せられた。
村人たちもそのように受け止め、一級さんに付いて来た上役人を一瞥すると、お互いの手を組み、足を引っかけ合い始めた。
つまり、一級さんの言葉がきっかけとなり、たちまちのうちに乱闘騒ぎに発展していったのだ。
事の次第をそばで見受けていた上役人は、
「これっ、桔梗屋っ!! この始末をどうつけるつもりか!」
下役人がその命令により、桔梗屋を捕縛した。
桔梗屋は大声で泣き出すと地面にデコをこすりつけながら、皆に謝罪をしまくってまた泣いた。
犬が吠える様にわんわんと。
迷惑料として大きな罰金を課せられたからだ。
おしまい。
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