悲劇のヒロイン
そこに辿り着いてしまえば、きっと何かが終わってしまう。
そう予感しつつも、気づけば俺は彼女の元に駆け出していた。
いいや、違う。予感なんかじゃない──もはや、確信と言っても良い。この先に待ち受けているのは、間違いなく一つのピリオドだ。
見えないフリをしていただけで。
気づかないフリをしていただけで。
彼女を疑うのが怖かっただけで。
分かっていたはずなのに、俺は自らの疑念から目を逸らし続けていた。
【え、えっと、資格がなくても保育士の補助が出来るバイトがあるんです。今はバイト中で……】
疑念が生まれたきっかけは、エプロン姿の彼女を見かけたことだった。
魔女ハウスは生活面のあらゆる費用を全支給されている。
一般的な大学生に比べれば、かなり良い暮らしを送っているはずだ。
──なのに、なぜバイトをしてまで金を稼ぐ必要がある?
【舞華ちゃんも、凪沙ちゃんも、千春ちゃんも……みんな、おいしそうに私のご飯を食べてくれるから嬉しいんです】
【魔女ハウスでの生活もすごく楽しかったんです】
【また、あの楽しい時間をもう一度──そんな風に思ってしまう私は、間違っているんでしょうか?】
【今日だけは、最後までみんなと一緒に居たいんです】
執拗なほどに、全員でいることを大事に思っている。
そんな彼女が、自分だけのために小金を稼ごうとは到底思えない。
──ならば、なぜ彼女は共に過ごす時間を削ってまでバイトに励む必要がある?
そこまで思考が回った時、俺の脳裏に浮かんだのは優しくも悲しい推測だった。
【私、弟が3人居るんです。だから実家で暮らしてる時は、それはもういっぱいご飯を作らなきゃいけなくて。高校生になってからは、よく母と一緒に台所に立って料理をしてました】
漆原沙耶は他者を大切にできて、家族思いの優しい女の子である。
漆原沙耶は優秀で、東大に通えてしまうような才女である。
ならば、彼女は考えるのではないだろうか──弟たちも、自分と同じように良い環境で勉学に励んでほしいと。
大学進学には相当な金がかかる。ましてや三人分ともなれば、言わずもがなだ。そもそも進学しなかったとしても、三人育てるだけで一般家庭よりも金は必要と言える。だが、沙耶が魔女ハウスで暮らしながらもバイトをしている状況から察するに、漆原家が裕福である可能性は低いだろう。
推測、憶測。ここまでは、そんなものに過ぎなかった。
【もし私がピンチになって、どうしようもなくなったら──その時は、私を助けてくれませんか?】
けれど、そんな言葉を聞いてしまったから。
俺はただの推測を頭から消し去ることができなかった。
「はぁっ、はぁっ! もうすぐだ……!」
思考が入り乱れる中、息を切らしながら講義棟の階段を駆け上がる。
沙耶が屋上へ向かうのは視界に捉えていた。この先に彼女が居るのは間違いないはずだ。
「はぁっ、はぁっ……!」
確信に近い推測。その先にある結論が脳裏をよぎる中、俺はついに屋上の戸を開けた。
──瞬間。俺は最悪の形で、自らの推測が的中してしまったと気づかされる。
「沙耶ちゃんさぁ、流石に返済期限過ぎてんのに学祭で遊んでちゃダメでしょうよ」
開けた屋上。
今日のキャンパスで、唯一学生が集まらない閑散とした場所。
そこに居たのは、沙耶とガラの悪いスーツ男三人衆。
「恨むんなら、消えちまった親父さんを恨んでね」
「やっぱさあ、もうカラダで返すしかないんじゃないの?」
──家庭の事情で、漆原沙耶はやむなく魔女になった。
俺が目にしたのはまさしく、そんな最悪な推測を証明するような光景だったのである。