二つに一つ
最初はグダグダと不毛なやりとりばかりの俺たちだったが、午後になるとそれなりに学祭を楽しむフェーズに入った。カキ氷、クレープ、焼きそば、エトセトラエトセトラ。お手頃価格のメシも祭りの雰囲気で口にすれば、文句なしの味になる。ムードをスパイスにコスパの良い大学生フードを食らいながら、俺たちは出店やらアトラクションやらを見て回った。
「いやぁ! アタシ、学祭ナめてたわ! 段ボール仕掛けのトリックアートとかどうなん? とか思ってたけど、ケッコー楽しかった」
「リサっちマジそれなぁ。学生クオリティおそろしいよ。ぶっちゃけ私って、誰かと一つのことに熱中したこととかないからさ? こういうイベント事にちゃんと打ち込めるのって、正直憧れちゃうよね。しかも、今日最後に花火上がるらしいよ? アオハル値高すぎじゃない?」
既に正体を明かしている二人は、特に何を気にするでもなく学祭を堪能しているようであった。勝手に孤高なイメージを持っていたリサと舞華だが、意外とこういうイベントではノリ気になるタチらしい。最初はイガみ合っていた二人だが、今となってはそこそこ打ち解けている。
「うっぷ……ごめん大河くん、肩貸して……」
「す、すみません、私も良いですか……」
一方、未だ正体不明の二人は完全に人混みで酔っていた。千春さんは割とイメージ通りの振る舞いだが、沙耶の方は意外な反応である。夏休みには二人で街を回ったし、人で酔うイメージはあまり持っていなかった。
「だ、大丈夫か、沙耶? 顔色悪いみたいだけど……」
千春さんを無視するつもりはないが、今はとにかく沙耶の方が気になった。明らかにいつもと様子が違うのである。化粧で上手く隠しているので気づかなかったが、よくよく目元を見るとクマができているように見える。寝不足が原因で体調が悪くなっているというのは明白だ。
「あ、あはは、大丈夫ですよ、大河さん……久しぶりに、みんなで楽しめてるんです。凪沙ちゃんの演劇まで、あと少し。それを、見届けるまで。今日は……今日だけは、最後までみんなと一緒に居たいんです」
独白するように告げる沙耶を、俺たち4人はただ黙って見つめることしかできなかった。
みんなで一緒に──そんなものは、とうに叶わないと分かった上で。
けれども俺たち全員が、きっと心のどこかで少しは望んでいることでもあって。
夢物語のような感情を吐露する沙耶に掛ける言葉を、俺たちは見つけられないでいた。
「沙耶、お前は、どうしてそんなにも──」
「あ! いけませんよ大河さん! 凪沙ちゃんの演劇まで、あと10分しかありません! 早く行かないとです!」
「え? ああ、それは、そうだけど……」
何かを振り払うようにまくしたてる沙耶に気圧され、喉元まで出かかっていた言葉を遮られる。重苦しかった空気が瞬時に切り替わり、「そ、そうじゃん! さあみんな、行こ行こ!」という舞華の掛け声を皮切りに、俺たちは体育館方面へと移動を始める。
──その一歩目を、踏み出した瞬間のことである。
「あれ? 沙耶、スマホ鳴ってね?」
ピリリリリ、と。
間の悪いことに、沙耶の手元から着信音が響きわたった。
「っ! ……あ、あはは。ごめんね、リサちゃん。ちょっと話長くなりそうかも。みなさん、先に行ってもらってもいいですか?」
「え? いや、別に電話くらいフツーに待つけど?」
「そうだぞ沙耶。さっき『みんな一緒に』って言ってたじゃないか。少しくらい待つって」
叶わないと分かっていても、せめてフィナーレの花火が上がるくらいまでは6人で夢を見ていたい。沙耶の意思を尊重する意味も込めて、俺は彼女を待つと告げた。
──だが、しかし。
「いえいえ、大河さんは先に凪沙ちゃんのとこに行ってあげてください。他の子に大河さんのことを譲るつもりはありませんけど、大河さんが今日一番見てあげないといけないのは、凪沙ちゃんのはずです。練習、ずっと見てあげてたんですよね?」
穏やかな笑顔で言うと、沙耶は「後で必ず追いつきますから」とだけ言い残し、踵を返して講義棟方面へと歩いて行った。
「え、えっと……どうする、大河くん?」
千春さんに問われ、手元の腕時計を見やる。針が示す時刻は16時55分。
沙耶を追えば、演劇の開始時刻には間に合わない。
芦屋さんの元に向かえば、不安定な状態の沙耶をしばらく1人にしてしまう──
「ああ、クソっ! 間が悪すぎる!!」
──さあ、考えろ。俺は今、どっちに行くべきなんだ?