祭日前夜
彼女にとって最後となる青春を全力で後押ししたい。
そんな思いから、芦屋さんとの演技特訓の日々が始まった。
しかし特訓とはいえ、俺は特に何かをやるわけでもない。夕食後に芦屋さんの部屋に集まり、演技の練習に励む彼女を見守る。俺がやっていることといえば、それくらいである。最初は俺も相手役として演技するものだと思っていたが、芦屋さんから「岩崎さんはずっと私のことを見ていてくれればいいです」との要求があったため、非常に照れくさいが終始彼女を見つめ続けることになった。芦屋さん曰く、俺がそばに居ると感情が高ぶって良い演技ができる……気がしているらしい。
「え、えと、その……わたし、喋るのが、苦手で……」
練習風景を見るに、今回芦屋さんが演じるヒロインは天真爛漫な彼女自身とは全く違う性格のようだ。かなりネガティブな女の子を演じているようで、普段とのギャップがとてつもない。主役に選ばれているだけあって、芦屋さんの演技は素人目に見ても上手い方だと思った。
「でも、そんな自分を変えたくて……」
引っ込み思案で内気な女子高生が、幼少期に別離した主人公と再会を果たす。成長した主人公との交流をきっかけにヒロインは徐々に明るくなっていき、最終的に二人は惹かれ合う。展開的には、そういう物語らしい。
「えへへ、そうだね……そんなこともあったかな……」
別離、そして再会。ありきたりな設定ではあるが、個人的には思うこともある。なんせ魔女ハウス自体、俺が“あの子”との再会を願って始まった話だからな。俺の近況と演劇の設定に共通点があり過ぎるってのは、どうしたって気づいてしまう。
「前より笑うようになった? うふふ、ありがとう。君のおかげだよ」
ましてやヒロイン役は芦屋さんで、「演技に感情を乗せるために私を見ていて欲しい」とわざわざ俺に頼んできた。もちろん応援したい気持ちもあるが、それ以外に勘ぐる部分が出てしまうのは不可抗力というものだろう。
──演技特訓は、俺の感情をゆさぶるための駆け引きでもあるんじゃないか?
──今までの天真爛漫さは、魔女としての演技だったのか?
──俺がそばにいると感情が高まるのは、“あの子”だからなのか?
考えようによっては、どちらともとれる。
あえて確実に言えることがあるとするなら──
「えへへ、やっぱり岩崎さんが近くに居てくれると良い演技ができます!」
──彼女もまた、現状維持を望んではいないということだろう。
舞華は既に行動を起こし、魔女ハウスを退去した。
千春さんはルール違反を辞さない構えで魔女ハウスを終わらせようとしている。
沙耶だけは現状維持を望み、そんな自分自身に思い悩んでいる。
「はは、それならよかった。本番、楽しみにしてるね」
思いの丈は四者四様。
それぞれの気持ちが揺れ動く中、大波乱の学園祭は幕を上げていく。