向いてない
芦屋凪沙の言動は、時折とてつもなく突拍子がなくなる。
【今から私と『愛してるゲーム』をしませんか!?】
例えば、出会った直後。何の脈絡もなく、いきなり愛を伝え合うハメになったり。
【私は……私だけ見てくれない岩崎さんのことが大嫌いで、大好きなんです】
例えば夏休み、彼女をおぶって歩いた帰り道。「魔女ハウスの外だからなんでもいっていい」などどいう暴論をふりかざし、告白まがいのセリフを吐いてみたり。
照れ屋だが、ここぞという時の思い切りの良さはピカイチ。
俺が知っている芦屋凪沙は、そういう女の子だ。
「岩崎さんには──これから毎晩、私のことを見つめてほしいんです」
なので。驚きはあったものの、彼女が冗談でそんなことを言っているわけではないのだろうと思った。
「……もう少し、詳しく聞かせてもらってもいい?」
「あ! そ、そうですよね! 今のだけじゃ分からないですよね……」
恥ずかしそうにポリポリと頬を掻きつつ、芦屋さんは先の発言に至った経緯を説明し始める。
「えっと、ですね。実は私、大学で演劇サークルに入ってるんです。毎年学祭で公演するくらいには、大きいサークルでして。それで、今年の学祭でも公演することになったんですけど……実は私、主役に抜擢されちゃったんです」
「え、すげぇじゃん!」
……あれ? でも、なんでそれが『毎晩見つめる』に繋がるんだ?
「えへへ、ありがとうございますです。来年は四年生なので、演劇に専念できるのは実質今年で最後。選ばれたこと自体は、すごく嬉しかったです。でも……そこで一つ、問題がありまして」
「問題?」
「はいです。なんというか、その……どうしても、演技に感情が乗らないんです」
俯きながら言うと、芦屋さんは淡々と現状を語り始めた。
「今回の演目は、“再会”に重きを置いている物語です。不幸にも離れ離れになった少年少女が、時を経てお互いに成長した姿で再会を果たす、みたいな。私が演じるのは、その少女役です」
「なるほど。王道ラブロマンスのヒロインって感じかな?」
「ですです。それで、終盤に涙を交えながら主人公に伝えるセリフがあるんですけど……何回やっても、そのシーンで涙が出ないんです。学祭まで、あと一週間しかないっていうのに」
なるほど。演技に感情が乗らないっていうのは、そういうことか。
「……ほんとは、岩崎さんに演技の話はしたくなかったんです。演技に慣れてると思われたら、普段の私も魔女の演技なんじゃないかって、疑われそうな気がしたから。今だって、疑われるのが怖くって、ビクビクしながら話してます」
再び顔を上げ、恐怖と悲嘆が入り混じった表情で彼女は俺を見つめた。
「で、でもっ!!」
しかし、その痛々しい瞳は、一瞬で真剣なまなざしへと変化して──
「最後の学祭は、絶対に成功させたいっ! だから岩崎さん、お願いです! ヒロインとして感情を乗せるために、演技の練習に協力してください!!」
──圧倒されてしまいそうなほどの、熱意を訴えてきた。
「……そっか、そういうことだったんだね」
正直、なぜ俺に白羽が立ったのかという違和感はなくもない。演技なんてからっきしだし、ラブロマンスの練習をするのだとしたら相手役の演者とやった方が良いに決まっている。
だが、ここで俺は少々自意識過剰になることにしよう。芦屋さんがヒロインとしての感情を演技に乗せられない理由。それが相手役の演者にあるのではないか、と。
仮に相手役が俺だったら、芦屋さんは感情を乗せられる。だから、本番までの間は毎日演技の練習につきあってほしい──『毎晩見つめて欲しい』とはつまり、そういうことなのではないかと推測する。
「わかった。協力するよ。一緒に頑張ろう」
あーだこーだ考えはしたが、俺は結局イエスと答える他なかった。やれやれ。我ながら、本当に騙されやすい性格なんだなと思う。
たとえ、正体が分かっていなかったとしても。
彼女の言葉が、真実である保証がなかったとしても。
熱意をもって学祭を成功させたいと願う彼女の力になりたい。
そう思ってしまったのだから、仕方が無い。
「ほ、ほんとですか!? やったっ! ありがとうございます!!」
そして、彼女の笑顔を見られて嬉しいなんて思ってしまったのだから。
俺は本当に、魔女ハウス生活には向いてないんだろう。