Can you help me?
魔女ハウスの住人は間違いなく美女であり、彼女らは幾度となく俺の心を揺さぶってきた。誰一人として、例外などはいない。5人の一挙手一投足に、これまで随分と惑わされたものである。特にシェアハウス生活初期は、全員が一貫して誘惑する姿勢を崩す様子がなかった。
だが、しかし。病院での一件をきっかけに、彼女たちは様々な感情を抱き始めたように思える。一人一人の印象が、徐々に変化し始めているのである。
【君のことは待ってあげるけど、私の気持ちは止まらないから】
自らの意志で、ルールの枠から外れることを選んだ舞華。
【どうすれば、私を好きになってもらえるかな?】
言葉を選ばず、以前にも増して決着を急ぐようになった千春さん。
【今夜、少し時間をください! お話したいことがあります!】
芦屋さんは芦屋さんで、アプローチの勢いを増してきているような気がするし。
【たとえどんな結末になろうと、アタシはアンタの選択を尊重する】
リサは……そんなに変わってねぇな。
まあ、とにもかくにも最近は一人一人が自分なりの感情を強く持ち始めているような気がするわけだ。もちろん、俺も含めて。
「また、あの楽しい時間をもう一度──そんな風に思ってしまう私は、間違っているんでしょうか?」
だから──魔女ハウスの住人らしくなかったとしても──その言葉は、沙耶の心中に起きている変化を率直に表しているような気がした。
終焉を望む舞華、千春さん、芦屋さん。中立のリサ。そして、現状維持を望む沙耶。一人くらいは『魔女ハウス』という歪なモラトリアムを継続したいと願う者が居ても、さして違和感はない。
「……まあ、沙耶の言い分を完全に肯定することはできないかもな。俺の目的は“あの子”を探すこと。“あの子”の目的は自分を見つけてもらうこと。魔女の目的は俺をダマすこと。それを考えれば、この生活を続けたいってのは、感情として正しいとは言い切れないよ」
「そ、そうですよね……自分でも、甘いなって思います」
ため息混じりに俯き、肩を落とす沙耶。
「でも、完全に間違い、ってわけでもないんじゃねぇかな。そりゃあルールだけ考えれば現状維持を望むなんてヘンな話だけど……感情って、ルールでどうこうできるもんでもないし」
そんな彼女を諭すように、俺は現時点での、ありのままの心情を告げることにする。
「それに、楽しく過ごしてたのは俺も同じだ。多分リサも、舞華も、千春さんも、芦屋さんも。みんな、少なからずそういう気持ちはあったんじゃないかな。きっと、沙耶だけってわけじゃない。俺たちはみんなで、それがおかしいことだと分かった上で、正しくない感情を抱きながら過ごしてきたんだ」
隠し事だらけの日々を好ましく思うなんて、どう考えてもおかしな話である。
けれども、彼女たちと笑い合ってきたのはどうしようもないくらい事実だ。どうしてそんなことになったのかは分からんが、そんな日々を愛おしく感じてしまうのもまた事実だ。
「だから、俺は沙耶の言葉を否定しないよ。たとえ君が、俺をダマしているのだとしても」
仮に沙耶が魔女であるのなら、俺は彼女を許せるかどうかは分からない。
しかし正体が何であれ誰であれ、『楽しかった』という事実だけは否定したくない。
そんな意味を込めて、俺は彼女の疑問に回答した。
「……ふふ、あなたは本当に不思議な人ですね。正体が分かってないままでも、私に優しくするなんて。私、ケッコーおかしなこと言ってると思いますよ?」
「はは、今更だろ。そもそも魔女ハウスの前提がおかしいんだ。おかしな関係なんだから、おかしいことを言われたって何の不思議もないじゃないか」
「ふふっ、それは言えてるかもです」
口元を抑え、彼女は上品に笑う。
厚い唇に、淡い紅のリップ。やはり何度見ても、年下とは思えないほどに妖艶だ。気を抜くと、一瞬で見惚れそうになる。
「じゃあ、大河さん? おかしなことついでに、もうひとつヘンなことを言っても良いですか?」
「へ? まあ、別に良いけど……」
再び視線を合わせると、彼女は二つ目の問いを投げかけてきた。
「え、えっと、ですね? こう見えて、私ってすごく心が脆くて、打たれ弱いんです。大学でひとりぼっちの時も、実はすごく寂しかったり。私は……一人じゃ、何もできないんです」
「お、おう?」
言葉の意図が汲み取れず、首を傾けて聞き返す。
「だから、大河さんにお願いです」
しかし聞き返したのも束の間、彼女は突然俺の両肩を掴むと、
「もし私がピンチになって、どうしようもなくなったら──その時は、私を助けてくれませんか?」
意図は不明瞭なまま。
それでいて嫌に儚げな表情で、そう告げていた。