エール
その夜、結局俺は千春さんの問いかけに答えることはできなかった。どう返せばいいかと迷っている内に芦屋さんと沙耶が帰宅し、なし崩し的に会話を終わらせざるを得なかったからである。
ほどほどに会話を交わしながら夕食をとり、表面上はいつも通りの『おやすみ』を交わして俺たちは今日を終えることとなった。
「はぁ……しっかし、どうしたもんかな……」
夜更けの自室。身も心もドッと疲れているのに、頭の中は休まる気配がない。
舞華との関係。
千春さんの言葉。
俺が最後に出すべき回答。
考えるだけでは何も変わらないというのに、どうしたって考えるのをやめることができない。
「あはは、随分悩んでるみたいじゃん?」
──なので、いきなり部屋に入って来たギャルの気配にまったく気づかなかった。
「うお、ビックリした……こんな時間に何の用だよ。つかノックくらいしろよ」
「いや、何回もノックしたし。気づかないアンタが悪いんじゃん」
口を尖らせながら抗議すると、リサはドカリと俺のベッドに腰掛けた。身体を横たえている俺の足元に座っている形である。
「で、何の用だよ?」
「いや、特に何も。なんとなく様子見に来ただけ。そしたら、眉間にシワが寄りまくってるアンタが居た」
「……そうかよ」
まあ、心配してくれるのはありがたい。なんでこんな夜更けに来たのかは分からんが。
「はは、また初日みたいに襲わないでくれよ?」
「んなわけないっての。……ふふ、でもそっか。あの時以来か。こうやって夜中に大河と話すのも」
「あー、そうだったっけ?」
雑な問答、交わることの無い視線。俺は天井を見上げたまま、リサはおそらく適当にくつろぎながら、特に中身も無い会話を続ける。
この時間に意味はないのかもしれない。しかし気兼ねなく言葉を交わせるこの瞬間が、どこか心地よい。
悔しいが、認めざるを得ない。フラットでいてくれるリサは、今の俺にとってはありがたい存在だった。
「なあ、リサ」
「ん? どうしたよ」
「俺、どうすればいいか分かんねぇんだよ」
深夜テンションも相まって、気づけば俺はポツリと弱音を零していた。
情けないし、ダサくてしょうがない。それを自覚した上で、無意識のうちに弱みを見せてしまった。
「……すまん。急にこんなこと言っても、困惑するだけだよな」
いくらリサとはいえ、流石に気を許しすぎた。いきなり弱みを見せられても反応に困るだろう。慌てて発言を撤回する。
「ふふ、アンタ今更なに言ってんの? 別に困らないっての」
「へ? いや、だってお前は……」
関係ない。そう言いかけて、それが間違いであることに気づく。
今俺の感情が揺れ動いているのは4人のせいであって、リサのせいではない。だからリサに弱みを見せても迷惑になるだけだ。そう思っていた。
だが、早々に魔女バレしたとはいえコイツが同居人であることに変わりはない。関係がないとまでは言えないような気がする。
「ん? アタシがなんだって?」
いや、それ以前に──
「──相棒、だったな」
はは、そうだ。随分と前に、ただの同居人じゃなくなっていた。
「ふふ、そうだっつーの。だからアンタが大体どんな悩みを抱えているかもなんとなく分かるし、迷う気持ちもある程度は理解できてるってワケ」
明るい声色で告げると、おもむろにリサは立ち上がった。
ベッドの微かな振動を感じ取り、俺は視線を彼女の横顔に移す。
「最後に答えを出すのは大河だから、アタシがどうこう言っても意味は無いかもしれない。でも仕方ないから、今夜は特別に相棒としてアンタを励ますことくらいはしてあげようかな」
金髪を揺らしながら、リサが俺の元に歩み寄る。身体を横たえている枕元にシャンプーの香りが漂い、鼻腔をくすぐる。
「お、おう?」
一瞬、鼓動が撥ねた。相棒とはいえ、このギャルが美女であることに変わりはないと感じさせられる。
そして、天使のように微笑んだ彼女は。
「たとえどんな結末になろうと、アタシはアンタの選択を尊重する。だから、迷っても、悩んでも良い。最後にアンタが納得する答えを出せれば、それでいいんだよ」
らしくない。けれど心強いエールで、俺の背中を押してくれた。