第三の可能性
魔女ハウスにはルールがある。
1. 女性陣は岩崎大河に交際を申し込んではいけない。
2. 女性陣は岩崎大河に幼少の頃の話をしてはいけない。
3. 岩崎大河は大学卒業までに少なくとも1人に告白しなければならない。
ルールを破った魔女は追放。俺が間違えて魔女に告白してしまった場合は、魔女に1000万円を支払う。この金銭の授与において、俺は岩崎家の財産を使用することはできない。
これは絶対厳守のルールであり、このルールがあるからこそ俺たちの生活は均衡が保たれていると言ってもいい。現に、自分がルールを犯したと察した舞華は自らの意志で魔女ハウスを退去した。
「ねぇ、大河くん? どうすれば、私のこと好きになってくれる?」
しかし、そのルールも均衡も、もはや崩れ始めているのかもしれない。
「え? き、急に、どうして、そんなことを……」
さっきのは告白とも取れなくないグレーな発言である。
これまで千春さんは『早く魔女ハウスを終わらせた方が良い』という意思は示していたが、ここまでストレートな言葉を発したことはなかった。その変化に戸惑い、思わずたじろぐ。
「別に、急ってわけでもないんじゃない? 大河くんだって気づいてるんでしょ? もう私たちは、今までの私たちじゃいられない、って」
こちらに背を向け、彼女は窓越しに夜空を見上げる。
その背中には暖かな親しみがあり、しかし同時にどこか物寂しさを孕んでいるようにも見えた。
「私たちってさ、たぶん奇跡的なバランスで成り立ってたんだよ。“あの子”vs魔女っていう対立構造が、上手い具合にお互いを牽制してたんじゃないかな。追放ルールがあるから魔女側はヘタに動けない。だから“あの子”も疑われないように大人しくするしかない。すると状況は膠着状態になって──いつしか、私たちは純粋にシェアハウス生活を楽しむようになってしまった。……それが、偽りだらけと知った上で」
客観的に語る彼女の正体は、未だ見当がつかない。しかし、浴びせられた言葉自体は何もかもが正しかった。
正しかったからこそ、目を背けていた現実を突き付けられているような気がして、チクリと胸が痛んだ。
「でも、そのバランスを舞華が崩してしまった。舞華は『第三の可能性』を示してしまった。『“あの子”とハッピーエンド』でもない。『魔女に罰金エンド』でもない。そんな、第三の可能性──魔女とハッピーエンド。そんな、今まで誰も考えていなかった未来がありえることを、舞華は証明してしまった」
再びこちらに向き直ると、千春さんは少しずつ俺との距離を詰め始める。
「だから、私たちはもうこれまで通りには戻れないの。このままじゃ、大河くんが舞華に取られちゃうもん。それは“あの子”も魔女も望んでる結末じゃないでしょ? そりゃあ、これからはなりふり構わず必死で君を振り向かせようとするよ。私はもちろん、他の子たちもね」
そうして、吐息が当たるほどに近づいてきた彼女は──
「だから教えてほしいの。どうすれば、私を好きになってもらえるかな?」
──またしても、問いかけてくるのだ。