直球勝負
結局、今日は舞華の八重歯と沙耶のエプロンが目まぐるしく脳内を駆け巡る帰り道となった。どうやら無意識のうちに相当疲れがたまっているらしい。なぜか最後の方は八重歯がエプロンを着てトコトコ走り回る謎映像が頭の中で無限ループしていた。
「ただいま」
風邪の時に見る夢レベルの低俗な思考を振り払い、玄関扉を開いて帰宅を果たす。
「あ、大河くん。おかえりなさい」
寒気から逃れるようにリビングに入ると、目に入ったのはソファに腰掛ける千春さんの姿のみであった。
「あれ? 他のみんなは?」
沙耶はバイト中として、リサと芦屋さんの姿が見当たらない。二人とも自室に籠城しているのだろうか。
「沙耶と凪沙はまだ帰ってきてないよ。リサは大河くんの部屋で漫画でも読んでるんじゃない?」
「そ、そっか。芦屋さんの帰りが遅いのって珍しいね」
もはや自室にギャルが入り浸っている点に関しては何も感じなくなった俺である。
「……えへへ、二人きりだね」
「っ! そ、そっすね……」
トレードマークのメガネ越しに彼女と視線が交錯する。
不意に、鼓動が速まる。
何かと外でイベントが起きたため忘れかけていたが、帰宅したとてここは魔女ハウス。彼女たちと過ごしている限り、俺に気が休まる暇などあるはずもなかった。
「なんかこういう時間、ひさしぶりかも。最近、大河君とゆっくり話せてなかった気がするから」
「それは……そうかも?」
言われてみれば確かに、千春さんと腰を据えて話したのは随分と前だった気がする。舞華の乱が起きて以降はそもそも彼女たちと話す機会が減っている気がするが、千春さんに関しては入院中に一回も顔を合わせていない。ちょうど同じタイミングに大学で泊りがけの実習があったそうだから、仕方ないと言えば仕方ないが。
だが、なぜだろう。なんとなく、久々という感覚は薄い。彼女の落ち着いた雰囲気がそう感じさせるのだろうか。
「なんか、私がいない間に色々あったみたいだね? 気づいたら舞華いなくなってるし」
「は、はは、それはもう色々……」
あれ? そういや、千春さんって病院での出来事をどこまで把握してるんだろうか。他3人は舞華の暴走を目撃しているから良いとして、その辺結構曖昧だな。
「えっと……千春さんは、舞華が居なくなって寂しかったりしない?」
探りを入れる意味も込めつつ、問いかけてみる。
「うーん、どうだろう。寂しくないわけじゃないけど、納得の方が強いかも? もし私が舞華の立場だったら、たぶん同じことすると思うし」
「へ、へぇー、そうなんだ……」
おい、どうなんだ? どうなんだコレは? 全部知ってんのか?
「ふふ、舞華も大胆だなぁ。正直、してやられたって感じだよ。一番手強いライバルになっちゃった」
あ、完全に把握してますねコレ。なんだかんだ魔女の間で俺のキス事情共有されてるんですかね。アンタら意外と一枚岩なんですかね。
「そういう大河くんこそ、舞華のことどう思ってるの? 今日、会って来たんでしょ?」
「へ? なぜにそれを?」
「ふふ、やっぱりそうだったんだ」
チクショウ、カマかけられた。ツルツルに滑る口が憎い。
「舞華のことは……正直、今はどう思えば良いかなんて分からないよ。分からないから、君たちとの決着がつくまで回答を先延ばしにするしかなかった」
ここまで口を滑らせると、変に隠す気もなくなってきた。
俺は偽りのない本心を彼女に告げる。
「ふふ、そっか……まだ私にも、チャンスは残ってるかな」
そんな俺に、彼女も感化されたのだろうか。
「ねぇ、大河くん?」
そう言って、不意にソファから立ち上がると──
「どうすれば、私のこと好きになってくれる?」
──あまりにも、真っ直ぐな言葉を投げかけてきた。