エプロン
またしても俺は、夏休みのデートウィークを思い出す。
沙耶とは無難に色んな場所を回った気がするが、最も印象に残っているのは最後に訪れた調理用具専門店だ。新品のフライパンを手に取り、少女のように瞳を輝かせていた沙耶のことを思い出す。
これまで彼女が発した言葉の中に、何パーセントの嘘が紛れているのかは分からない。だが、あの時はなんとなく本音を語り合えた気がしていて、心地の良い時間だったことを覚えている。
中でも特に印象に残っているのは、沙耶の家族に関する話だった。
『私、弟が3人居るんです。だから実家で暮らしてる時は、それはもういっぱいご飯を作らなきゃいけなくて。高校生になってからは、よく母と一緒に台所に立って料理をしてました』
『一応、料理はその時から好きでした。でも、弟たちはなかなか『おいしい』って言ってくれなかったんです。弟たちの思春期とか反抗期が重なってたのもあって、食事中はテレビの音しか流れてなくて。だから……』
沙耶の料理がうまい理由。それは悩みながらも家族のために必死で食卓に立ち続けていたからだと知った時、俺は素直に彼女のことを尊敬した。
もちろん、彼女の話が嘘である可能性もゼロではない。もし魔女だったならば、印象を良くするために、そういう話をでっち上げることだってできるかもしれない。彼女が語った過去が真実であると論理的に証明するのは不可能である。
それでも、俺は沙耶の話を信じた。少なくとも、その時だけは沙耶が本音を語っていると確信した。
どんなことがあろうと、味だけは嘘をつけないから。
彼女が振る舞う料理は、いつだって柔らかな温もりを帯びていたから。
◆
──子連れの沙耶。絵面的には全くもって違和感のない光景である。
「あ、大河さん! こ、この子たちは、その……」
沙耶は魔女ハウスでも何かと俺たちの世話を焼いていることが多い。デートウィーク中の一件で弟思いな一面があることも知っている。世話を焼く相手が小さい子供に変わったところで、違和感など生まれるはずもなかった。
が、それはそれとして。
「え、隠し子?」
「ちがいますっ!!!」
少年たちと沙耶の関係性が全くもって分からなかった。
「歳の差見るに、さすがに弟って感じじゃないよな?」
「え、えっと、資格がなくても保育士の補助が出来るバイトがあるんです。今はバイト中で……」
「ねーねー、おにいちゃんって沙耶おねえちゃんのカレシ?」
「カレシ! カレシ!!」
「こ、こら、みんな余計なこと言わないのっ! あ、大河さん、えっと、その……! くわしいことは、後で話しますっ! ほら健ちゃんたち、帰るよ!!」
赤面しながらまくしたてると、沙耶は器用にガキ三人の腕を掴み、俺の元から駆け足で離れていった。
「…………保育士の、エプロン」
やや肌寒い秋、某日。
思わぬ形で性癖が増える岩崎であった。