宣戦布告
思えば、彼女から重大な問いかけをされるのはこれで二度目だなと気づく。
夏休み終盤、デートウィーク。俺は舞華と原宿巡りを堪能した。一人の時なら絶対に行かないような場所に連れまわされ、戸惑いながらも知らない世界を楽しんだ。そんな時間だったことを覚えている。
その帰り道、舞華は俺に問いかけた。
『3人がニセモノで、1人がホンモノ。それでもニセモノがホンモノより輝いて見えるかもしれないし、ホンモノが錆びついて見えることだってあるかもしれない。そうなったら、大河っちはどうする?』
もちろん、その問いに対する自身の回答も鮮明に覚えている。
『たとえ”魔女“と好き合うことになったとしても、何かがあって”あの子“に嫌われることになったとしても……俺は”あの子“を探すのをやめないよ』
過去に囚われて、呪いのような夢を見続けている。
その妄執から抜け出すために、“あの子”とまた会いたい。
だから俺は、“あの子”を探し続けると答えた。
──だが、今となってはどうだろうか?
ここ最近、まったく夢を見なくなった。
過去のことを考える機会が、めっきり減った。
──だったら俺は、もう過去に縛られずに前へ進めているんじゃないのか?
もう曖昧な夢の女の子なんて忘れて、目の前に居る女の子との幸福な日々を望んだっていいんじゃないのか?
それが健全な男子大学生ってもんじゃないのか?
「俺は……、俺、は……」
──なのに、どうしてこんなに悩む必要があるんだ?
長年望んでいた“普通”の幸福はすぐそこに転がっている。
今目の前に居る女の子は間違いなく俺のことが好きで、裏表なんてまるでない。
御曹司としての俺でなく、岩崎大河として俺を見てくれている。
それでもなお、心に渦巻く葛藤が消えないのは決定的な事実だった。
「ごめん、舞華。多分俺ってバカなんだと思う」
すっかり混ざり切ったコーヒーを一口。
甘くて、ほろ苦い風味を感じつつ。
迷いながらも自身の反芻を終えた俺は、彼女に暫定的な回答を伝えることにする。
「舞華の気持ちはすげぇ嬉しい。ぶっちゃけ今も心臓バクバクでどうにかなりそうだよ。でも……今はまだ、その気持ちには答えられない」
過去に囚われるのはやめた。
けれどもまだ、現実にカタがついていない。
だから俺は、迷い続けている。
芦屋さん、沙耶、千春さん。
彼女たちが、どんな想いで魔女ハウスにやってきたのか。
それがハッキリするまで、俺は迷い続けることだろう。
そんなハンパな状態で舞華の気持ちを受け入れるのは、きっと不誠実だ。
「……ふふ、大河っちってクソ真面目だよねぇ。ま、君のそんなところが好きなんだけどさ」
ほんのり頬を染めつつ、舞華が再び俺を見つめる。
「はあ、恋ってむずかしいなぁ。好きでもない男は簡単に落とせたのに、本命になった途端ガードカチカチなんだもん」
「す、すまん……」
「あはははは! そんなしんみりしなくていいって! ……なんとなく、そういう答えが来るのは分かってたからさ」
窓辺に視線を移しつつ、舞華は言葉を続ける。
「すぐ好きになってもらえるなんて思ってないもん。最初は君のことダマそうとしてたし、いきなり好きだなんて言われても困惑するだろうし……まだ、わたし以外の魔女のこととかハッキリしてないし?」
「え、なに? もしかして俺の考えバレバレ?」
「あはははは! 大河っちってばすぐ顔に出るんだもん! ちょーわかりやすいし!!」
どうやら舞華は舞華で俺の心中を察していたらしい。
さすがは元魔女だ。俺の心を読むことなど造作もないのだろう。
「ふふ、大河っちったらしょうがないなぁ。わかったよ。君の返事は待ってあげる。わたしとしても、他の子たちのことは気になるからねぇ」
「いや、すまん。本当にすまん」
爆速で頭を下げる。なんだかんだ言ったものの、結局は自分の気持ちをハッキリされられずに舞華の告白を保留したに過ぎない。彼女にしてみれば、良い気分ではないだろう。
「いやいや、全然いいって。でも……大河っち、これから覚悟しててね?」
けれど舞華は気分を損ねるどころか、むしろ高揚した様子で──
「君のことは待ってあげるけど、私の気持ちは止まらないから」
宣戦布告するかのごとく、そう囁いてくるのだった。