理想的な青春
ここ最近、人生とはなんとも予測不能であると思い知らされる。
そもそも美女5人の中に放り込まれること自体が予測不能だったのはさておき、その後の出来事も奇想天外の連続である。初夜の寝込みを襲われるわ、海の家で一波乱起きるわ、暗闇でキスされるわ、刺されてまたキスされるわ──ちょっとイベントが多すぎやしないか。恋愛リアリティーショーかよ。どっかに隠しカメラとか仕掛けてないだろうな。
そして現在もまた、予測不能は継続中である。
「あ、わたしショートディカフェノンファットミルクホワイトモカおねがいしまーす」
この呪文ばりの長文メニューを詠唱している魔女、峯岸舞華。彼女は既に魔女ハウスを退去しているのだが……なんやかんやあって、俺は喫茶店で彼女と向かい合っている。
「大河っち、注文は?」
「あ、俺は……ブラックコーヒーで」
営業ボイスで「かしこまりましたー」と告げ、店員がそそくさと席を後にする。
またしても、二人きりの空間が出来上がる。
「へへ、えへへへへ……」
「な、なんだよ」
両手を頬に着き、随分と良い笑顔で舞華がこちらを見つめてくる。
「ふふ、なんでもなーい」
「……」
しかし、人間の態度とはこうも急に変わるものなのだろうか。つい最近まで心の底が読めなくて悶々としていたのに、今やフルオープンで好意を向けられる始末である。困る。恥ずかしいやらムズ痒いやらどう扱えば良いのか分からないやらで非常に困る。
「お、お前、これからどうするつもりなんだよ?」
無言でいるのに耐え切れず、絞り出すように問いかける。
「ん? 君に振り向いてもらえるようにがんばるつもりだけど?」
「ぶふぉっ」
たまらず噴き出す。注文来たら今度はコーヒーを噴射しそうで怖い。
「いや、その、だな。気持ちはありがたいんだが、今の状況的にどう返答すればいいかわからないというかなんというか……」
「え、なんで? もういっそわたしのこと好きになった方が楽だと思うけど?」
「へ?」
彼女の言葉を理解しきれず、アホ面で尋ね返す。
「いや、だって考えてみてよ。魔女ハウスに居るみんなは大河っちをどう思ってるか分かんないんだよ? それに、もし君が魔女に恋しちゃったら罰金のリスクまであるじゃん」
「まあ、それはそうだが」
「でしょ? だったらわたしにしといた方がよくない? かわいいし、君のためだったらなんだってやるし」
「っ! そ、それは……」
「あ、照れた。かわいい」
「だまらっしゃい!!」
どんな男だってここまで真っ直ぐに気持ちを向けられたら動揺するに決まってる。
「つーか、お前も魔女だろ! どの道罰金コースなのは変わらな……」
と、そこまで言いかけた時。俺はひとつ気づきを得る。
「ふふ、分かっちゃった?」
「はあ、そういうことか……」
なんとなく舞華が言いたいことは理解した。
同時に、彼女の言い分があながち暴論ではないことも分かった。
現時点で正体が判明しているのは東条リサ、峯岸舞華の二人である。
しかしながら、彼女たちには決定的な“違い”がある。
舞華が主張したいのは、おそらくその“違い”についてであろう。
「リサは正体がバレた上で魔女を続けているが、お前はそもそも退去して魔女ですらなくなっている。魔女ハウスの規定は適用されないから、罰金うんぬんは関係ない。そういうことだな」
「ぴんぽんぴんぽんだいせいかーい! さっすが東大生!!」
そう。満面の笑みで手を叩く彼女は今やただの峯岸舞華であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
仮に俺が舞華を好きになろうと、なんのリスクもない。
なぜなら、もう彼女は魔女をやめたのだから。
「こちら、ショートディカフェノンファットミルクホワイトモカとブラックコーヒーになります」
結論が出た瞬間、タイミングよく注文の品がやってくる。
舞華はクリームドカ盛りのカフェモカ、俺は何の変哲もない漆黒のコーヒー。
「すげぇなそれ」
「えっへへー! いっただっきまーす!」
本当は苦いまま飲むつもりだった。けれど目の前のカロリー爆弾を見ると、なんとなく甘味を加えたい気分になる。俺は席に添え置きしてあるミルクへ手を伸ばした。
一滴垂らしてかき混ぜる。
白線状のミルクが渦になって、カップの中をくるくる回る。
同時に、思考もくるくる回る──
魔女が魔女でなくなり、ただの女の子として俺に恋をする。
そんな未来、想像もしていなかった。
けれど今この瞬間、紛れもなくそれは現実となっている。
騙し合いなんてない。
心の裏を探らなくていい。
手を伸ばせば、自分を好いてくれる女の子と楽しい日々を過ごすことができる。
誰もが一度は思い描く、理想的な青春というやつだろう。
──ああ、なのに。
どうして俺は、こんなにも迷っているのだろう?