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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
第五章 涙の契約
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夏日(秋)

 たとえ俺の生活に変化が起きようとも、世界は規則的に回っている。

 目を開ければ、必ず朝は訪れる。開けた視界の先では窓から微かに朝日が差し込んでいて、それは今日だって変わらない。


 だが舞華の一件を経て、俺の『夢事情』は大きく変化したらしい。


「……今日も、か」


 刺された箇所の治療を終え、退院してから今日で丸一週間。

 その期間、俺は十年以上見続けた“あの子”の夢を一回も見ていないのである。


「はは。夢ばかり見ずに、そろそろ現実を直視しろってか?」


 さすがに近しい女の子から気持ちを伝えられると、古臭い夢の物語は一旦捨て置かなきゃいけないってことなのだろうか。まあ、いい加減折り合いをつけなきゃいけない年齢ではあるんだけれども。


 心境の変化か、はたまた「目を覚ませ」という神からのお告げか。

 原因はともかく、“あの子”の幻影を追うことがなくなったというのは、紛れもなく事実であった。



 舞華が魔女カミングアウトをした。

 舞華にストーカーが襲い掛かった。

 結果、俺が刺された後に病院で舞華から唇を奪われた。


 冷静に考えてもワケ分からんが、ところがどっこい事実である。

 この件を一旦、『舞華の乱』と呼称することにしよう。


 舞華の乱が発生して以降、それはもう俺の日常は多大に変化した。


「沙耶さん、朝メシ一人分多くない?」


「あ、また間違えちゃいました……」


 変化その1、俺の退院後に舞華が魔女ハウスから退去した。

 いきなり居なくなったもんだから、沙耶さんが未だに食事の人数をちょいちょい間違えている。


 リサの例があるため、本来なら舞華も魔女ハウスに残ることは可能だ。しかし本人の強い希望により、退去に至った。


「あれ、みんなもう出かけたのか……?」


 変化その2、なんかやたらリサ以外から距離を置かれるようになった。

 今日に至っては朝飯中にトイレ行った後戻ってきたら、リサ以外全員どっか行ってた。


「なあリサ。俺、なんかやっちゃいましたか?」


「そのセリフ、無自覚で俺ツエー無双してる異世界主人公以外から初めて聞いたわ」


「お前意外と見てるジャンルの守備範囲広いな」


「まあ、大河は何もやってないんじゃない? 舞華がやらかしただけで」


「そ、そうか……」


 心なしか、最近リサも冷たい気がする。あと、シオンも様子がおかしい。

 さっさと誰を選ぶか決めないと、相棒と付き人に愛想を尽かされてしまうかもしれない。


「じゃあ、俺もそろそろ行くわ」


「行くって、どこに?」


「近所の喫茶店。待ち合わせしてんだよ」


「……あっそ」


 そして、変化その3。俺は“ある人物”から、やたらと呼び出されるようになっていた。



 玄関扉を開けると、ばびゅんと冷たい風が吹き込んできて絶句した。季節の巡りは、なぜこうも早いのか。つい最近まで夏休みだったのに、少し歩くと道端には素っ裸の木々が並んでいた。そろそろ春夏秋冬が嘘になってきていると思う。この国は潔く夏と冬の二季しかないことを認めるべきではなかろうか。


 「おお寒、おお寒」とジジ臭く腰を曲げながら歩くこと、約5分。俺は待ち合わせ場所の喫茶店に到着した。


「よっす、大河っち! いやあ、寒いねぇ!」


 俺一人であれば絶対に来ないであろう、オシャンティな喫茶店の入口。

そこには呼び出し人──峯岸舞華の姿があった。


「そ、そうだな。寒いな」


「ん? でも大河っち、ちょっと顔赤くない?」


「あ、いや、それは……」


 この娘は病院で自分が何をしでかしたか分かっていないのだろうか。童貞には刺激が強すぎたのを分かっていないのだろうか。そもそも告白されたことなんてないんだから、張本人を目の前にしたらどうすればいいか分からなくなることくらい分かっていただけないだろうか。なんなら俺のことを好きだと言ってくれる魔女な君をどう思えばいいか分からないことまで分かっていただけないだろうか。本当は君の誘いを断って会わない方が良いかもしれないけど、俺のことを好ましく思ってくれる君の気持ちを無碍にできなくて結局ここまで来てしまったことまで含めて察していただけないだろうか。


「大河っち?」


 上気した頬。白い息。白いコートに、白いニット帽。まんまるに目を見開いて、冬仕様の彼女が俺を見上げてくる。


【私、今日から君とホンモノの恋を始めるから】


 この娘は魔女だ。そんなことは分かっている。なのに心臓の音は高まって、思わず視線を明後日の方向に逸らしてしまった。


「ふふ、もしかして照れてる?」


「わからん!!」


「あっはっは、なにそれぇ! 大河っちカワイイ!」


 そっぽを向いた俺の背中越しに、彼女はさぞ楽しそうにケラケラ笑う。


「ねぇねぇ、大河っち」


「な、なんだよ?」


 今度はトントンと小さな指で背中を叩いてきたので、未だ落ち着かない心持ちで俺は背後を振り返る。


 すると、次の瞬間──


「だいすき」


 ──彼女は俺を指差して、ただ一言そう告げた。



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