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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
第四章 わたしのホンモノ
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【エピローグ】わたしのホンモノ

 さて。シオンが事件の報告を終えて本家に戻り、リサと沙耶と芦谷さんが見舞いに来るまで残り約三十分。


「じゃあ……話すか」


「う、うん」


 それまでに俺は、舞華との関係に決着をつけねばならない。


「えっと、まあ、なんだ。とりあえず……舞華は、魔女ってことでいいんだよな?」


「え、えっと、はい、そうです……」


 ベッドの横に丸椅子を置いて座っている舞華が、縮こまりながら首肯する。


「はぁ。改めて耳にするとやっぱきついなぁ……」


「うぅ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 ヘドバンよろしく、頭をブンブン振り回しながら舞華が謝罪し続ける。


 こういう姿は見たことがないので、申し訳ないが少し面白いと思ってしまった。


「え、えっと……大河っち? 怒ってないの……?」


 ヘドバン謝罪をやめたかと思うと、今度はおそるおそる上目遣いで俺を見つめる舞華。


 今日の彼女は珍しく感情の波が激しいようである。


「だって、私のせいで大河っち怪我したんだよ? 私が悪かったんだよ?」


 しかし珍しいと思う一方で、初めて素の彼女を見られているような気もしている。


 感情を抑えず、弱音を吐露する。もしかしたら、峯岸舞華とはそういう女の子なのかもしれない。


「はは、どうなんだろうな。怒ってるかどうか、自分でももう分かんねぇや。そりゃあダマすつもりマンマンで近づかれたら、怒ったり、恨んだりするのが普通なんだろうけどさ。そういう単純な関係じゃなくなっちまってるだろ、俺たちってさ」


 やれやれ、まったくもって歪な関係である。邪な目的で接近されたと分かっていても、共に生活した日々は消えやしない。消えない日々は彼女への恨みを消していき、今となっては完全に情が移ってしまっている。


 単純に憎めた方が、まだ楽だっただろう。


「この際、もう俺の感情なんてどうでもいいんだよ。俺自身、まだ気持ちの整理がついてないわけだし。だから……とりあえず、腹割って話さないか? 今日だけは、噓無しでさ」


 夏休み、共に街を歩いた帰り道。俺は彼女へ告げた。『もし全員の正体がわかったら、いつか素の五人と話してみたい』と。


 そして、きっと今が素の舞華と話すべき時なのだと思った。


 今こそ、隠し事だらけ、嘘だらけだった俺と彼女の関係に終止符を打つべきなのだ。


「……へへ、そうだね。今更変に取り繕うのも、大河っちに失礼だよね」


 窓辺に視線を向け、舞華が微かに笑みを浮かべる。


「うん、わかった。話すよ。私の……峯岸舞華の全部を、君に」


 そして、覚悟を決めたようにそう告げると、舞華は穏やかに過去を語り始めた──



「──というわけで、私は魔女として大河っちに近づいたの」


「な、なるほど……そういうことだったのか」


 舞華は俺の想像以上に、腹を割って全てを話してくれた。


 幼少期から、自分の容姿が優れていると自覚していたこと。


 一方で、容姿ばかり見られることを疑問に思っていたこと。


 その疑問が、いつの日か『本当の自分を見てもらえない』という憤りに変わっていたこと。


 そして、積もりに積もった憤りが爆発し、極度の男嫌いになって異性を陥れるようになったこと。


 だから、『大金ゲットのチャンス』程度の感覚で、なんの抵抗も無く魔女になったこと。


 魔女ハウスに入るまでの経緯を、舞華は赤裸々に語ってくれた。


「ふふ、どう大河っち? 私って、最っ低でしょ? こうして大河っちが危ない目に遭ったのも、男から恨まれるようなことをしてた私のせいなんだよ? 失望したでしょ? ……嫌いに、なったでしょ?」


 開き直ったかのような言葉とは裏腹に、舞華は今にも泣きそうな表情で俺を見つめている。


 発言と感情が一致していない。なんとなくそんな気がした俺は、舞華がまだ嘘をついている、あるいはまだ何か隠していることがあるような気がした。


「いや、舞華を嫌いになるかどうかは分かんねぇよ。だって……お前、まだ俺に話してないことがあるだろ?」


 そして、この状況で舞華が隠したがることがあるとするなら──


「──お前、魔女になった後のことを全く話してないじゃないか」


 ひとつしかない、よな。


「容姿が優れている。でも、容姿しか見られない。それが転じて男が嫌いになって、結果的に俺を事件に巻き込んだ……お前が今話してくれたのは、魔女になる前のことばかりじゃないか?」


「そ、それは、そうだけど……」


「じゃあ、魔女になってからの話はどうなんだ? 俺たちと共に暮らして、海に行って、街に出かけて。それでも、お前は何も変わらなかったのか? これまでの日々も、お前にとっては全部ニセモノだったっていうのか?」


 そう。舞華は、魔女ハウスで過ごした日々について何も語らなかったのだ。自分の罪を告白しようとするばかりで、俺たちとの出来事は一切話題に出さなかった。


 それがどうにも、俺は気がかりでならなかった。


「そう、だよ。だって、私、魔女だし。君を、騙してただけだし。全然、変わってなんて……」


「いいや、嘘だな。何も変わってないなら、俺の心配なんかしなくたっていいじゃないか。こうして今、男の俺と話す必要なんてないはずだ」


「そ、そりゃあ、いくら私だって、死にかけた人の心配くらいするし!」


「まあ、それはそうかもな。でも……俺は、お前が変わってないことなんて無いと思うよ」


「ど、どうして、そんなこと言えるの!? 私、魔女なんだよ!? 悪い子なんだよ!? 大河っちをダマそうとしてたんだよ!?」


「ああ、そりゃあそうだな。お前は良い奴なんかじゃない。今まで最低なことをしてきたし、それは許されないことだし、お前のせいで俺はこんな目に遭ってる。自分の意志でお前を庇ったとはいえ、とんでもないことになっちまったぜ。今でも刺されたとこが痛くてたまんねぇよ」


「じゃあ、なんで……なんで、私が変わった、なんて言えるのよ……!」


 もちろん彼女の言う通り、彼女は魔女だし、悪い女の子である。軽々しく『お前は俺たちと暮らして変わった』なんて言えるはずもないし、普通ならクソビッチだのクソ女だの罵倒して、スッキリしたいところだ。


 しかし、それでも俺は断言できる。彼女は魔女になって変わったのだと。少しはマシになって、少しは他人を思いやれるようになったのだと。


「なんで……どうして……!」


 なぜなら──


「だって、お前今、すっげぇ泣いてんじゃん」


 ──魔女ハウスを話題に出した瞬間、舞華の目に涙が浮かんでいたから。


「っ……ぐすっ……別に、泣いて、ないしっ……!」


「はは、さすがにそれは無理があるっつの」


 彼女が何も変わっていなかったのだとしたら、こうして涙を流しはしないだろう。


 魔女としての日々を大切に感じているから、名残惜しくて涙が出る。正体が明らかになって、俺たちと過ごす日々が終わるのが悲しくて涙が出る。


 人を信じられなかった彼女が、そんな、ごく普通の感情を持つようになった。


 これを変化と言わずして、一体何を変化と言おう。


「あー、もうっ! ほんとは言いたくなかったのに! ……楽しかったなんて、絶対言いたくなかったのにっ!!」


「はは、そうか。楽しかったのか」


「そう! そうだよ! すっごく楽しかったよ! リサっちは意外と優しいし、沙耶っちの料理は超おいしいし、千春っちは案外ドジで面白いし、凪沙っちはシンプルにかわいいし……! こんなの、誰も嫌いになんてなれないよっ!!」


 抑えつけていた感情を爆発させるように、舞華の慟哭は続いていく。


「こんな楽しいの、初めてだったんだよ! でも、私は魔女だから楽しむ資格なんて無いじゃん! みんなと居られる日がずっと続きますようにとか、願う資格なんて無いじゃん! 幸せな日々を過ごすためには、大河っちをダマし続けるしかない! けど、それも辛くて……!!」


「……もういいよ、舞華。ありがとう、素直な気持ちを聞かせてくれて」


「うっ……ぐすっ……! もうっ! 君がそうやって優しくしてくれるから辛いんだよ! このばかぁっ!!!」


 子供のように泣きじゃくりながら、舞華が俺の膝に顔を埋める。


 こんな状態にさせてしまったことに、なんとなく責任を感じる。しかし一瞬で彼女の涙を止める魔法なんてものは当然無いので、少しでも慰められるように俺は言葉を紡ぐことにした。


「ああ、そうだな。本当の自分を見てもらえない辛さは、俺も少しは分かってるつもりだ。金持ちだとか、御曹司だとか。肩書きばっか見られるのは正直うんざりだ。必要とされているのは『岩崎家の跡継ぎ』であって『岩崎大河』じゃない。そう思って腐りそうな時もあったよ」


 整った顔立ち、目を引くような社会的ステータス、圧倒的カリスマ、エトセトラエトセトラ。何か特別な物を持っている人間ってのは、その特別なものばかりに注目が集まり、羨望や嫉妬を向けられたりする。その点において、俺と舞華は似た物同士だ。


 特別なものがあろうとなかろうと、誰だって一人の人間だ。弱い部分だってあるし、そういう弱い部分を許容してもらいたい気持ちもある。


 良い部分も悪い部分も、全部受け入れてもらいたい──そういう傲慢な欲求が、人間の根底には大なり小なりあると思っている。


 だから、俺は彼女の全てを否定することはできない。


「ただ、生きていれば、いつか出会えると思うんだ。『かわいい』とか『金持ち』とか、そういうのを気にしないで『一人の人間』として自分のことを見てくれる誰かに、さ。そして……いつか俺たちも、そういう関係性になれたらいいなって思ってる」


 魔女だから、恨む。騙されてたから、関わるのをやめる。そうやって舞華と関係を切るのは簡単だし、もしかしたら、その方が互いのためになるのかもしれない。


 しかし、それでも俺は、彼女との未来を夢想する。簡単に言えば、これっきりで全てを終わりにはしたくないのだ。


 偽りだらけの俺たちだったけど、笑い合った日々だけは偽りだと思いたくない。偽りから始まる新しい関係だって、あってもいいじゃないか。


 そういう甘い考えを、俺はどうしても捨て切ることができないのである。


「ぐすっ……ふふ、大河っちってホント変だね。魔女だった私と大河っちが、お互いの素を認め合うなんて、本気で出来ると思ってんの?」


「はは、どうだろうな。でも、ここから新しい関係を始めるのも悪くないんじゃないか? どうなるかは知らんけど」


「もー、無責任だなぁ。でも……そっか。ニセモノからっていうのも、案外アリなのかもね」


 俺の膝から顔を上げると、舞華は晴れ晴れとした表情を浮かべていた。


 窓から刺しこむ夕日に染められた頬が、少し眩しく見える。


「ま、そんなわけで、これからのことはこれから考えればいいさ。リサだって正体がバレてるくせに、いつまで経っても魔女ハウスに入り浸ってんだ。舞華だって、すぐに出ていく必要もないだろ。そろそろリサたちも見舞いに来る時間だし、お前の今後については全員揃ってから話すのもいいんじゃねぇか?」


 と、俺はこの時、ひとまず一件落着し、しばらくは現状維持の関係が続くのだろうと安心しきっていたのである。


 しかし──


「──ううん、私、決めた。私、明日から魔女ハウス出ていく」


「……え?」


 立ち上がった彼女が告げたのは、劇的な変化を思わせる宣言。


「ど、どうして、そんなことを……」


「だって、魔女ハウスに残ったら私、魔女のままじゃん? でも私、もう魔女を辞めたいの。そんなニセモノみたいな関係は……もう、嫌だから」


「は? それって、どういう……」


 魔女ハウスから出ていく。想定外の言葉に気を取られ、俺は舞華に問い返す他なかった。


 しかし……この時、俺は彼女の言葉の重みに気づくべきだったのである。


 なぜなら──


「ふふ、こういうことだよ」


 ──膝を折り、彼女は横たわる俺と視線の高さを合わせた。


「大河さん! やっと目が覚めたんです、ね……?」

 

 ──そしてタイミング悪く、沙耶が病室のドアを開ける。瞬間、舞華の身体がベッドに覆いかぶさって来る。


「岩崎……さん……?」


 ──その光景を見て固まる芦谷さんをよそに、舞華は整った顔を俺の眼前へ急接近させる。甘い香りが、鼻腔をくすぐる。


「……!」


 ──続いて病室に入って来たリサは、重なり合う俺と舞華を目の当たりにした途端、言葉を失い病室の外へ駆け出して行った。


「なっ……!」


 布越しに触れ合う肌。


「はっ……あっ……」


 柔らかく包み込まれる唇。


「っ……!」


 それは突如として訪れた、二度目の口づけ。


「ふふ、これが今の私の気持ちだよ、大河っち」


 そして、数秒間唇同士を触れさせた後、彼女は俺を指差して宣言する。







「私、今日から君とホンモノの恋を始めるから」


 ──この瞬間、間違いなく俺たち六人の関係は変わり始めた。


第四章「わたしのホンモノ」(完)


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