私のせいで
◇
──あーあ。結局ぜんぶ、大河っちにバレちゃったなぁ。
でも、いつかバレるかなぁって思ってたのも正直なところではある。それくらい、私がやってきことが良くないって自覚もあったし。なんなら、最初は大河っちもダマすつもりだったし。今さら大河っちたちと楽しい日々を過ごしたいと思うなんて、都合が良すぎるとは思っていた。
はは、でもこういう形でバレちゃうとは思ってなかったなぁ。
大体、被害者の会ってなんなの? いくら私が憎いからって、やり過ぎじゃない? ていうか、よりにもよって『魔女』って呼ぶのやめてくんない? 確かに君たちには悪いことをしたかもしれないし、申し訳ないとも思ってるけど……ちょっと、あんまりじゃない?
せめて『私が魔女だ』っていう真実くらいは、私の口から言わせてほしかったのにな。
「は、はは……ま、舞華? コイツが言ってるのって、全部デタラメだよな? そうだよな?」
はぁ。大河っちも大河っちで、そういう顔するのやめてほしいなぁ。なんで、まだ心配そうに私のこと見つめちゃってんの? どう考えたって、この状況作っちゃったの私じゃん。どう考えたって、私、魔女じゃん。こんなことに君を巻き込む私が、夢に出てくる『あの子』なわけないじゃん。
私、君のことダマそうとしてたんだよ? だったら、睨むなり軽蔑するなり無視するなりして、私に幻滅してよ。まだそうされる方が気が楽だよ。優しくされる方が、よっぽどつらいよ。
君、善人過ぎるよ。
「ふふ、ごめんね大河っち。その人が言ってるの、ぜんぶホントのことだから」
はぁ、まったく。大河っちは本当に罪な男だよ。最後くらい素直な私でいたかったのに、そういうわけにもいかなくなったじゃん。
本当は泣いて君に謝って、ぜんぶ許してもらいんだよ? ダマそうとしてごめんって言いたいし、今はダマすつもりがないってことも話したいんだよ? 嘘偽りなく、君に全部さらけだしてしまいたいんだよ?
でも、そんなことをしたら君は困っちゃうだけだから。優しい君は、最低な私のことも受け入れようとするから。なにがあったって、私と一緒に居ようとするだろうから。
私が泣いて謝ったら、きっと君は、ずっと好きだった『あの子』を探すことよりも、泣いている私を慰めることに時間を費やすようになってしまうから。 けれど、私には君から慰められる資格も、優しくされる資格も無いから。
君の恋を邪魔してまで、君に甘えるわけにはいかないじゃん。
「うん、そこに居る変な男の人も大河っちも同じようなもんだよ。私にとっちゃあ男なんて皆同じだよ? はは、大河っち、もう少し女の子を疑うことを覚えた方がいいんじゃない?」
──だから私は、ウソをつくことにした。初めて特別に思えた君に、ありったけのウソをついてやるのだ。
「あはははは! ホント! 男って、みーんなバカだよね!」
君には『なんて最悪な魔女だったんだ』って、私を恨んでほしいから。
「ふふ、ダマされる方が悪いよね? べつに私、悪くなくない?」
そして本当の恋が叶った時、私のことなんて忘れてほしいから。
「あー、うん。だからまあ。ホントごめんね、大河っち」
私は、君の記憶に残る資格なんてないから。
だからどうか、憎むだけ憎んだ後、私のことなんか綺麗サッパリ頭の中から消してほしい。
「──私、魔女なの」
ええ、そうです。そうなのです。魔女ハウスなんか関係ない。君に会う前から私は、最低最悪な魔女だったのです。
ありがとう。そして、さようなら。バカみたいに真っ直ぐで、私を変えてくれた君。
君には変わらず居て欲しいから、邪悪な魔女はここで消え去りましょう。
「おめでとう、大河っち。魔女二人目発見だね」
大河っちは何も言えず、身動きさえ取れないでいる。大河っちと一緒に出てきた白髪の人は、フードの男を黙らせるために必死で抑え込んでいる。この状態なら、二人が私を追いかけてくることもないだろう。
これで心置きなく、私は消えることができる。
「じゃあ……バイバイ」
彼らに背を向け、別れの一歩を踏み出す。
見上げれば、夜空には皮肉なほどに眩しく煌めいている星々の群れ。こういう時に限って、無情にも宇宙は綺麗だ。
けれど今夜は、星がずっと綺麗なままではいてくれなかった。やがて光の輪郭がぼやけ、くっきりと見えていた星たちが、雫のような、曖昧な形へと姿を変えたのである。
あれ、おかしいな。星の形が変わるわけないのに──そう気づいた時、私は自分が涙を流しているのだと気づいた。
せっかく星が綺麗なのに、溢れる涙のせいで全然星が見えない。目元を拭っても、拭っても、ぼやけた光が視界を覆い尽くすだけだ。
止まらない涙のせいで、いつまで経っても夜空の本当の姿が見えない。
私も、ウソばかりで本当の姿を見せたことなんてない。
今夜の空は、まるで私みたいだった。
「はは、ちょっとポエミー過ぎ?」
でも、もう安心だ。これで全部元通り。失うものなんて何もない。本来手に入らないはずだった楽しい日々が、順当に私の手からすり抜けていっただけだ──
「──油断したな、峯岸舞華」
「っ!?」
……そう。この時、私は全てが終わったと思い込んで、ある意味安心しきっていたのである。
フード男は拘束されている。大河っちは放心状態で、私を追ってこない。だったら、もう私を阻むものはないだろう。そう、決めつけていた。
けれど、私はフード男の言葉を忘れていた。
【最近は被害者の会ってのも出来上がってなぁ】
【俺はその一員に過ぎないってワケ】
私を恨んでいるのは、フードの彼だけではない。彼と同じか、それ以上に過激な行動を取る可能性がある男も居る。
なのに、私はあろうことか大河っちと距離をとって、夜道を一人で歩き始めていたのだ。油断以外の何物でもない。
でも、この時ばかりは、ちょっと恨まれ過ぎじゃないかなぁとも思った。
だって、男から襲われかけた日に、また別の男から襲われるとか思ってなかったし。
「おらぁっ!!」
なんか。その人、刃物持って、いきなり公園の木陰から飛び出してきたし。
私に向かってくるナイフがスローモーションみたいに見えて、『あ、コレさすがに死んだかな』とか、恐怖を通り越して諦めの感情を覚えた私は、気づけば静かに目を閉じていた。
けれど、次の瞬間──
「──ぇ?」
ドスッ。
肉を裂くナイフの音が重く響いたのに……私の身体には、なんの痛みも無くて。
「がはっ……」
おそるおそる目を開くと……そこには、居てはいけないはずの人の、背中があって。
地を伝う鮮血。
腹部にナイフを刺されたまま、倒れ込む君。
「い、いや……」
取り返しのつかない事態になったことを、否が応でも私は認識させられる。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
──岩崎大河が、私を庇って刺されてしまったのだと。