真実
その後は、別段語るべきことはない。
リサから聞き出した路地周辺へ全速力で駆け付けた俺は、一旦近くにあった自販機の陰に隠れて周囲の様子を確認。
「おい、そこの怪しい兄ちゃん。一旦止まりな」
即座に舞華とフード男の姿を発見し、『男が舞華を襲う』と確信した瞬間、俺はソイツの手を掴んで最悪の事態を回避することに成功。
「だぁ、クソっ! 離せ! 離せクソがぁ!!」
「はいはい、動かないでねぇ。それ以上動いたら一旦気絶させることになっちゃうよ?」
そして、俺と同じく自販機の裏に隠れていたシオンは、男が逆上する前に羽交い締めにして身柄を拘束。俺が一瞬注意を引きつけている隙に、目にも止まらぬ速さで動きを封じ込めるのであった。
「よし、ミッションコンプリートだね。お疲れ様、大河くん」
「は、はは……ま、間に合った……」
張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、情けなくその場にへたり込む。
どうやら思いの外、アドレナリンが出ていたらしい。
「や、やべ、立てねぇ……」
「た、大河っち……? どうして、大河っちがここに……?」
ホッとして両膝をついたままでいると、俺の元へ舞華が駆け寄ってきた。
「ああ、いや、なんだ。リサから舞華がピンチだって聞いてな。だから、助けに来たってわけだ」
「ど、どうして……どうして、私なんかのために……?」
「え、何言ってんだよ。逆に助けない理由あるか?」
一難去ったというのに、どうにも浮かない様子の舞華。
まあ、さっき襲われかけたばっかだし、拘束状態とはいえ犯人もまだすぐそこに居るしな。落ち着かないのも、無理はないかもしれない。
「違う……違うんだよ、大河っち……だって……だって、こんなことになったのは、私のせいで……」
服の裾をきゅっと握りしめ、舞華が今にも泣きそうな声を出しながら俯く。
なぜだろう。それはまるで、懺悔のようで。
そして、舞華が肩を震わせた瞬間──
「ハッ! アハハハハハハ! アーハッハッハ! そうだよ! そうだよなぁ、峯岸舞華! こんなことになっちまったのは、ぜーんぶお前のせいだよなぁ!」
──沈黙を貫いていたフード男が、突然大声をあげて笑い始めた。
「まあ、これまでのお前の所業を考えれば当たり前だよなぁ? お前を恨んでる男はオレだけじゃねぇ。今回はたまたまそこに居る男が守ってくれたみてぇだが、いつまでもそういうわけにはいかねぇさ。第二、第三の俺が出てくる可能性だってあるぜ?」
「おいシオン、一旦ソイツ黙らせてくれ。ガチガチに絞め上げろ」
「りょーかい」
「あいだだだだ! いてぇ! いてぇって!!」
余計なことを口走り始めた男の口を塞ぐべく、シオンに腕の力を強めるよう指示を送る。
……なんとなく、これ以上喋らせてはいけない気がした。
「がはっ! げほっ!! ハ、ハハハ! バカめ! お前はその女の正体を知らないから、ヒーローぶってられるのさ! いいか、良く聞け! その女は! その女の正体はな──」
「黙れっ! 黙れって言ってんだろ!!」
冷静に考えれば、男の言葉を信用しなければいいだけの話である。弱者を襲おうとする卑劣な男の、ただの戯言に過ぎない。この時、俺はそう思い込んで、何もかもを聞かなかったことにすればよかったのだ。
しかし、それでも、俺は男の言葉を、その先を耳にしたくなかった。
なぜなら──
「っ……」
──舞華が男の言葉を一切否定せず、痛々しい沈黙を貫いていたから。
見たこともない表情を浮かべている舞華が、まるで『男の言葉は真実だ』と無言で俺に告げているような気がして……何も、聞きたくなかった。
「いいか、よく聞け?」
シオンに全力で抗いながら、男は絞り出すように言葉を続ける。
「峯岸舞華って女はな」
……やめろ。
「大学で何人もの男を陥れてきたんだよ」
やめろ。
「最近は被害者の会ってのも出来上がってなぁ」
やめろって。
「俺はその一員に過ぎないってワケ」
やめろって言ってんだろ。
「なぁ。俺らの中で、そこの悪女がなんて呼ばれてるか知ってるか?」
だから──
「──“魔女”って言われてんだぜ」
やめて、くれよ。