お前が居るから
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時は俺が魔女ハウスにて、リサからエマージェンシーコールを受けた頃まで遡る。
「だから、一旦落ち着けってリサ。舞華の何が、どうヤバいんだ?」
動転して的を射ない返答を繰り返すリサに、俺は努めて冷静に声を掛けていた。緊急事態だと察しつつも、この時、俺の心は怖いくらいに落ち着いていたのである。
舞華が危ない。
だったら、助けないといけない。
そのために、今俺にできることは何か。
ありがたくも両親から受け継いだ出来が悪くはない頭を、俺は『舞華救出』のためだけにフル回転させることに徹していた。
◆
「……なるほど、そういうことか。分かった、すぐ行く。リサは警察に通報して、すぐその場を離れてくれ。いいな?」
その後、冷静さを取り戻したリサの話を聞き、俺はどうにか事態を把握することに成功。
簡単にまとめると、こうだ。
まず、大学の授業を終えたリサはいつも通り帰路に就いていた。そこで、偶然数百メートル先を歩く舞華を見つけたらしい。
しかし、その周囲にリサは違和感を覚える。人通りの少ない路地、そこで舞華の後ろを歩く怪しいフードの男を見つけたそうだ。
二人の距離は少しずつだが、着実に近づいている。男は明らかに舞華を一心に見据えている。その様子に不安を感じ、リサは電信柱の陰に隠れながら、俺に電話をかけるに至った、とのことだった。
つまり、現状ではまだ何も起きていないということだ。しかしリサが万一にも危険な目に遭わないよう、俺は舞華の現在地を聞き出した後、警察に通報してその場を離れるよう指示したわけである。
「えっと、大河くん大丈夫? 何やらただならぬ様子だけど……」
通話を終えた俺に、シオンがおそるおそる問いかける。
「すまない、シオン。急用ができた。ちょっと俺に付いてきてくれないか」
「え、まあ付いて行くのは構わないけど……どこに?」
「近所の公園だ。その周辺の路地で、舞華が危ない目に遭うかもしれない。……今から、助けに行く」
「なるほど。そりゃ緊急事態だね。OK、今すぐ行こう」
「……すまん。話が早くて助かる」
「はは、なーに言ってんのさ。ボクは岩崎大河の付き人だよ? 主の命令には従うのみさ」
端的に用件を伝えた俺に、シオンは落ち着き払った様子で答えを返す。
本来、俺たちはもう少し慌てふためくべきなのかもしれない。なんせ、大事な魔女ハウス住人のピンチなんだ。リサのように気が動転する方が普通だろう。
しかし、俺たちは互いに冷静だったのである。
きっとこの時、俺は何年も一緒に過ごしてきたコイツと居たから、焦らずにやるべきことだけを考えられていたのだろう。普段はおチャラけているシオンだが、コイツは岩崎家に仕える者として数多のスキルを叩き込まれている。変装、武術、隠密行動。人を守るために必要な技術を、コイツは確実に兼ね備えている。
そして何より──
「まあ本音を言うと、ボク一人で助けに行きたいところではあるさ。少なからず、主である大河くんが危険な目に遭う可能性もあるわけだし。でも……どうせ君は、何言ったって助けに行こうとするだろ?」
──コイツは何を言わずとも、俺の気持ちを理解して、尊重してくれる。
「だから、ボクは君を止めないよ。一生、付いて行くだけさ」
いざという時、頼りになる。そんなコイツが居るから、きっと俺は冷静に、そして勇敢に、舞華の元へ駆けつけられたのだろう。