君と出会ってから
──かくして、私は『魔女』となった。
なんとなく面白そうだったし、特に執事さんの提案を断る理由もなかったし。別に深く考えたわけじゃないけど、私はすんなりと岩崎大河との同居生活を受け入れた。
いや、なんとなく、じゃないかな。正直、チョー面白そうだと思った。
今でも初恋を夢に見る、大金持ちの御曹司。
顔も覚えていない女の子の影を追って、その子を大人になっても忘れられなくて。
けれど、いつまでも幼い恋を引きずられると、会社の跡継ぎはいつまで経っても生まれない。岩崎グループとしては、とっても困ることになる。だから、さっさと御曹司の未練を晴らすために五人の美女を集結させた。
通称、魔女ハウス。女性経験の少ない御曹司を強制的に美女と同居させ、ハニートラップ対策ついでに『夢に出てくる女の子』との恋を終わらせるべく仕組まれた、前代未聞のシェアハウス──
そんなの、どう考えたって、面白いに決まってるじゃん?
ただ、一つ腑に落ちない点もある。
執事さんが言うには、私たち五人の中に一人だけ、本物の『夢に出てくる女の子』が紛れているらしい。その子が誰なのかを見極めるのが、大河っち個人の目的になる、とのことだった。
それ自体は、別におかしなことじゃない。私が引っかかるのは、その『夢の子』の感情の方だ。
だって、どう考えたっておかしいじゃん。大河っちのことを好きだったら自分から名乗り出ればいいし、大河っちのことを好きじゃないなら最初から彼に会わなければいい。
なのに、どうして『魔女の中に紛れる』なんて中途半端なことをするんだろう。
魔女側も『夢の子』の正体は知らされていないから、私は誰が『夢の子』なのかは分からない。まあ別に、正体には大して興味はないから、そこはあんまり気にしてない。
でも、もし私が『夢の子』で、仮に大河っちのことを昔から好きだったとしたら。私は誰かに彼を奪われるリスクをおかしてまで、シェアハウスなんてしないと思う。
だって、長年の恋なんてロマンチックで素敵じゃない。それが叶うチャンスを掴まないなんて、どうかしてるでしょ。
まあ、男を散々利用してバカにしてきた私には、ロマンチックな恋を願う資格なんて無いかもしれないけどね?
◇
そうして、私は些細な疑問を抱きつつも魔女ハウスに入った。
『夢の子』の感情は理解できないけれど、それは私に関係ない。私は私で変わらず、私がやりたいことをやればいい。初恋をずっと忘れられない金持ちのボンボンなんて、どうせ女の子に慣れてないだけのイタい奴に決まってる。サクっと私に惚れさせて、フって、お金だけ貰えばいい。学費を稼ぐちょうど良い機会だ。
なんて具合に、私は軽い気持ちで魔女生活を始めた。誰かと仲良くなる気なんて、サラサラなかった。
──でも君は、大河っちは、私が思っていたのと全然違う男の子だった。
執事さん曰く、彼は日本一の大学に通っているらしい。だったら、今までやってきたみたいに二人きりで勉強会とかしとけば、そのうち簡単に私を好きになるに決まってる。どうせ、自分の頭の良さを自慢しながらカッコつけてくるに違いない。そう、思ってた。
けれど、あろうことか彼は勉強会中に意識を失って。一人で慌ててると、リサっちがいきなり部屋に入って来て。
「大河ってさ、本当は物を覚えるのがそんなに早い方じゃないんだって。でも、岩崎家の御曹司としての役目からは逃げられないから、必死に努力して東大に入ったんだってさ」
思いもよらない真実を、告げられた。
「アイツはアンタに勉強教えるためだけに昨日の朝からほとんど寝ずにブッ続けで勉強してたんだよ」
意味が、分からなかった。後から聞いた話によると、彼は文系でありながら理系の私に勉強を教えるために、そんなバカげたことをしていたらしい。
そして、目を覚ました後に彼は言う。
「ダサいとこ見られちまったし、もう白状するよ。俺は才能が無いってだけで自分が家の名前に負けてしまうのが許せなかっただけなんだ。『勉強を教えてほしい』っていう、たった一人の女の子の頼みさえ叶えてやれない無力な自分が許せなかっただけなんだ。別に舞華が魔女かどうか、なんて関係ない」
魔女かどうかなんて、関係ない。彼はハッキリと、そう口にした。
魔女ハウスに入る前の偏見を打ち砕かれた瞬間だった。
◇
そして、気づけば君を陥れようとする気持ちがどんどん薄れていった。
リサっちと二人で海の家に行こうとする君を、千春っちと凪沙っちと、三人で追いかけるのが楽しかった。海の家に行って、みんなでバイトするのが楽しかった。バイトが終わった後、病み上がりの君を無理やり呼び寄せて、皆でビーチバレーするのが楽しかった。
君と原宿を歩くのが楽しかった。大福を糸で切っただけではしゃいでる君を見るのが楽しかった。無理やりファッションショップに連れて行って、私から着せ替え人形みたいにされてる君を見るのが楽しかった。帰り道に夕日を見ながら君と話すのが楽しかった。
楽しかった、楽しかった、楽しかった。
君と、そして魔女ハウスの皆と居るのが、いつのまにか楽しくて仕方がなくなっていた。
こんな気持ち、初めてだった。男は私の顔しか見ない。女は嫉妬して私を嫌ってくる。誰とも上手くやれないと思いながら生きてきたのに、魔女ハウスの皆はこんな私を受け入れてくれた。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。心から、そう思うようになった。
──けれど、私は忘れていた。他人を傷つけながら生きてきた私には、そんなことを願う資格は無いのだと。
◇
「ん? なに、これ……?」
夏休みが明けた翌日。私は、魔女ハウスのポストに入っている一通の手紙を見つけた。
封には『峯岸舞華へ』と書かれているだけで、差出人の宛名は無かった。本音では無視を決め込んで放置したかったところだけど、他の五人に見つかるわけにはいかない。おそるおそる、私は封を開けた。
「っ……!?」
そして、封筒の中から出てきたのは写真と、メモが一枚ずつ。
「な、なによ……これ……」
同封されていたのは、大河っちと私が二人で歩いてるところを撮られた写真と、ノートの端を破いたような、小さな紙。
そして、その紙切れには、こう記されていた。
『この男にお前の正体をバラしてやる。お前だけは絶対に許さない』