始音
舞華の様子がおかしい。
それは単純な問題ではあるものの、目下俺が抱えている最大の悩みである。もうこの際だが認めてしまうと、同居人の様子がおかしければ俺も多少はおかしくなってしまうくらいには、既に情を入れ込んでしまっているのだ。
昨日、申し訳ないと思いつつも舞華の尾行をしたところ、現時点ではさして問題が無いように思えた。なんとなく一人気になる男の影があった気もするが、リサが言っていたように俺の杞憂である可能性の方が高いだろう。昔から付き人のシオンには「大河くんは心配性だなぁ」なんて言われることも多々あり、俺は自他ともに認める用心深すぎるメンタリティなのである。
と、まあ、そんなわけで。世の中大抵の問題がそうであるように、俺は『舞華の悩みも時間が解決してくれるだろう』と楽観を決め込もうとしたわけだが──
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
どういうわけか。今晩の食卓は、怖いくらいに静かだった。
やはり、落ち着きを取り戻せていない舞華。
まるで何かを振り払うように、無心で夕食をほおばる沙耶。
なぜか泣きそうな表情でボーっとしている芦屋さん。
顎に手を当てて何やら考え込んでいる千春さん。
キョロキョロと周りを見回すリサ。
五人が五人とも、ただただ無言で卓を囲んでいたのである。
「え、えっと……どうしたんだ、皆?」
ありきたりな問いかけ。しかし他に適切な言葉は無いだろう。
「ん? ああ、なんでもないよ、大河っち」
分かりやすく、作り笑いを浮かべる舞華。
「わ、私は……今日もおいしいご飯が作れたのかな、って。ちょっと考えただけです」
おそらく嘘であろう言葉を、懸命に捻りだす沙耶。
「私も、ちょっと悩んでるだけで。でも、岩崎さんの手を煩わせるほどではないので。はい、だいじょうぶです」
珍しく、俺と距離を置こうとする芦屋さん。
「わたしは、うーん……ちょっと将来設計考えてたかなぁ」
相変わらず、意図の読めない言葉をつぶやく千春さん。
「アタシは……まあ、一人でしゃべるのもなんだし、喋らなかっただけだけど」
おそらくただ一人、包み隠さず本音を告げているであろうリサ。
「……そ、そうか」
彼女たちの反応は五者五様であったものの。あまり大人数で沈黙することに慣れていない俺は、多少の引っ掛かりを覚えつつも、それ以上会話を繋げることができなかった。
まあ、無力、ではあるんだろうけれど。魔女の全てを拒絶しようとしていた始めの頃に比べれば、少しでも彼女らに歩み寄ろうとしている今の俺は、多少なりとも成長しているのだろう。
なんでいきなり五人揃っておかしくなっちまったのかはてんで分からないが、不思議と今は、困惑の感情よりも、現状を解決しようとする意志の方が、強かった。
◆
「ん、なになに? 五人の様子がおかしい?」
翌日。登校を果たした俺は早速、付き人、もとい付きまとい人とも言えるシオンに我が家の事情を相談することにした。
一人でどうにもできなさそうなものは知り合いに相談するに限る。事情が事情ゆえにリサに相談するわけにもいかないので、最も身近な知り合いに声を掛けた、というわけだ。
「しっかし、珍しいこともあるもんだね。大河くんからボクを頼ってくるなんて。ていうか、初めてじゃない? え、どんな風の吹きまわし?」
「……別に。昔と違って、今は他人を頼ることを覚えた。それだけの話だよ」
本当に、それだけだ。
「ふーん、なるほどなぁ。ハチャメチャなシェアハウスだけど、その中で大河くんも成長してるってことかぁ。うん、なんかエモいね」
「他人事っぽく言ってるけど、どっちかっつーとお前も当事者だからな?」
家の指示とはいえ、この生活が始まる原因を作ったのは間違いなくコイツである。
「んで、なんだっけ? なんか急に五人がおかしくなってんだっけ?」
こちらの主張はガン無視で、話を進めるシオン。きめ細やかな白髪が俺を煽るようにサラリと揺れて、謎に腹が立った。
「ああ、そうだよ。何の前触れもなく急に、な。原因なんて分からんし、俺一人じゃどうしようもないから、お前に相談してみたってわけだ。つーわけで、偶には側近らしく参謀っぽいアイデアを出せい」
シオンを頼ったのは何も、俺と距離が近いからという理由だけではない。顔が良い分、シンプルに女性経験が俺より豊富だろうという見立てである。
「ん、アイデア? そんなものを能天気に生きているボクにお望みかい? 考えるより先に行動がボクのモットーだぜい?」
──が、そんな期待は大いに外れていたようで。
「と、いうわけで。まずはボクを魔女ハウスに招待してよ。話はそこから!!」
「……は?」
挙句の果てに、とんでもない提案を投げつけてきたのであった。