尾行デート?
──どうやら、舞華が何かに悩んでいる。
それを察したリサと俺は、迎えた土曜日。善は急げと言わんばかりに行動を開始することにした。
……のだが。
「お、おい、リサ。さすがにこれはちょっとマズくないか?」
「あん? じゃあ、アンタは他に何か良い方法でも思いつくっていうの?」
「いや、そういうわけではないのだが……」
グラサンを掛けて、電柱の陰に潜む俺とリサ。
そして視線の先には、周囲の注目を多少集めつつ、街を歩く峯岸舞華。
そう。俺たちが取った行動とは、実に単純至極。彼女の尾行であった。
「大丈夫だって! 大河一人ならストーカーとしてバリバリ怪しまれちゃうかもだけど、アタシが付いてるんだよ? 心配無いっての!!」
「誰がストーカーだ。まあ確かに、お前が付いていることで多少自然にはなっているが」
リサ曰く「どーせ普通に聞いても話してくれないだろうし、いっそのこと尾行しちゃおう!」とのことで、ひょんなことからコンビニ感覚で彼女の後ろを付いていくことにした俺たち。確かに彼女の行動を一日見ていれば悩みのタネは見抜けるかもしれないが、そこはかとなく罪悪感を抱いている俺である。
「ほらっ! さっさと行くよ! 見失っちゃう!!」
「お、おう」
そんな俺と反して、やたらとリサはハイテンションだ。もしや刑事ドラマ鑑賞の趣味でもあるのだろうか。あとどうでも良いが、グラサンはさして意味をなしていないような気がする。俺のように地味な見た目ならまだしも、派手な金髪をしているコイツの場合、ハリウッド女優感が出て余計に目立つ。むしろ逆効果ではなかろうか。
やれやれ。とりあえずは、舞華にバレないことを祈るばかりだ。
◆
その後、尾行なんて銘打ったものの、俺たちがやったのは大したことでもなかった。
大学に向かう舞華を見届け。テニスコートに入っていくのも見届け。テニスウェアに着替えた舞華を眼福だ、なんて思いつつ眺め。最後は、ひたすらサークル仲間と和気藹々とテニスに励む様子を遠くから観戦する。俺たちが一日でやったことはといえば、それくらいのものであった。
「はぁ、なんかアタシもテニスしたくなってきたなぁ。ねぇ、いっそのこと舞華たちに混ぜてもらわない?」
「ンなこと出来るわけねぇだろバカ。黙って大人しくしとけ」
「ぶぅー、大河のケチ」
そして仕舞いには、リサが尾行に飽きていた。自分から誘っておいて勝手に飽きるとは、相変わらずフリーダムなギャルである。
と、まあ、そんな具合に。俺たちの潜入捜査的な何かは特に手がかりを得るでもなく、事件が起きるでもなく。ごく平和に終わりを迎えた。
……ように、思えたのだが。
「ん? おい、リサ。あのテニスコートの端にいるヤツ、街でも見かけなかったか?」
杞憂かもしれないが、俺はテニスコートを眺めている、とある男が、やけに気になった。
「んー、そう? どこにでも居そうな見た目してるし、気のせいじゃないの?」
「……そう、なんだろうか」
それなりに人の機微に敏感なリサが言うのなら、そうなのかもしれない。俺の心配性が災いして、見間違えているだけなのかもしれない。
「まあ……そう、だよな」
たしかに、テニスの試合を眺めるなんてのは、珍しくもない。ギャラリーはそれなりに居るし、テニスウェアの女子大生目当てで観戦している野郎共も、少なくはないだろう。
「そう、だといいんだけどな」
「だから心配しすぎだって! テニス中に急に舞華に何か起きるなんてありえないでしょ」
隣でリサは、柔和に笑う。俺も心のどこかで、勘違いだろうという気持ちも湧いている。
「……」
しかし昔から他人の視線に敏感な俺には、無言でたたずむその男の目が、やけに印象に残っていた。