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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
第三章 First Flavor
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不滅の八重歯

「いぇい! とうちゃーく!!」


「お、おう」


 一時嫉妬タウンと化した原宿内を歩くこと数分。舞華に連れられてやってきたのは、いかにも若者向けといった雰囲気の洋服店だった。


 見渡す限り、服、服、服。広すぎず狭すぎない店内には、今流行りのJPOPがBGMとして流れており、特に風変わりな部分は見当たらない。一般的なファッションショップと言えるだろう。


 まあ、1つだけ疑問があるとするなら、


「なあ、舞華。ここってメンズ服の専門店だよな?」


 ここには彼女が着られるような服が無い、ということなのだが。


「うん、そうだね。メンズショップだね」


「舞華が男装趣味ってわけではないよな?」


「そんなわけないね」


「じゃあ、俺に『服を買え』って言ってるのか?」


「うーん、半分正解で半分ハズレかなぁ」


 そう言って唇に人差し指を当てると、舞華は舐めるように俺の身体を一瞥した後、


「ここに居る間、大河っちには私の着せ替え人形になってもらうのさっ」


「…………は?」


 ニンマリと笑い、普通に生きていたら一生聞かないであろうセリフを言い放っていた。


 ◆


 場所は移って、更衣室。


「着せ替え人形になれって、こういうことかよ……」


 現在、俺の眼前の壁には服が3着ほど掛けられている。どの服も普段の俺なら到底着ないような小洒落たデザインであり、今からコレを着て舞華の前に立たなければならないと考えると少し憂鬱だ。


「ねぇ大河っちー! 早く着替えてよぉー! はーやーくー!! まだその3着以外でも来てもらいたい服いっぱいあるんだからねー!!」


 更衣室の外から聞こえる舞華の声。どうしてこんなことをやっているのかは皆目見当もつかないが、しばらく解放されないことだけは確かなようだ。


 つーか……こういう時って、色んな服に着替えた女子が『どっちが似合うかな?』とか恥ずかしそうに言ってるのを見て、男の方も照れながら『どっちも似合ってるよ』とか言ったりするのが相場じゃないのか? 逆だろ、普通。


 まあ、普段から普通じゃない生活を送っている時点で、今更“普通”を望むのも筋違いな気はするのだが。


 ──そんなわけで以下、大河人形の普通じゃない着せ替えダイジェスト。


 ◆


 一着目:なんか英字が入りまくったTシャツ×ジーパン


「あはははは! 何なのそのTシャツの英語!『I am a human』って! ダッサ!! 中学生みたい!!」


「ンなこと言われなくても分かってるわ! 選んだのは舞華だろ!! 俺だって着たくて着たわけじゃないんだからな!!」


「ぷっ、ふふ……い、いや、ごめんって。高身長の大河っちが中学生感出てるのが、なんか面白くて……! や、訳したら『私は人間です』って……! にゃはははは! もう無理! お腹痛い!!」


「舞華、お前……俺を嘲笑うためにこんなことしてるんじゃないだろうな……」


 2着目:黒地のポロシャツ×ジーパン


「うん、さっきのhumanTシャツはダサさの極みだったけど、やっぱりジーパンは悪くなかったね。ポロシャツに変えただけで結構良くなったよ。やはり私の目に狂いは無かったぜ」


「お、おう、そうか。正直自分じゃよく分からんけど、それなら良かった」


「うーん、でも、もうちょい明るめの色の方がいいかも? あと3色くらい試着してもらおうかな!」


「なぜに3色も」


 3着目:白地のポロシャツ×ジーパン


「うーん、なんか違う。チェンジで」


「感想雑になるの早いよ」


 4着目:赤地ポロシャツ×ジーパン


「チェンジで」


「だから早いっつの」


 5着目:黄地シャツ×ジーパン


「チェ」


「せめて言い切ってくれ」


 ◆


 と、そんな具合に舞華は6着目以降もハイペースでガンガン着せ替えを要求。結局俺は合計10種類ものシャツを試着することになり、舞華が比較的気に入った物を3着ほど自腹で購入してから店を出ることとなった。


 ちなみに「選んだのは私だし、お金出そうか?」という舞華からの提案もあったが、それは断った。厳しいとはいえ、裕福な環境の俺が女の子から奢ってもらうのは英字Tシャツを着るのよりもダサい。まあ、シャツ3着とジーパンの代金程度なら別に痛手でもない。


 それよりも今気になるのは、


「あはは、やっぱこのTシャツダッサーい」


 隣を歩く彼女がなぜか『I am a human』のTシャツを着ていることである。


「なんでそれ買ったんだ……?」


「んー、食わず嫌いは良くないと思ったからかな? ほら、男の人が着たらダサいものでも、私が着たらかわいくなるかもしれないじゃん? にゃはは、でもコレに関しては私が着てもダサいや」


 胸のあたりに目線を落とし、Tシャツの裾を両手でつまんでパタパタと揺らす舞華。


 当の本人はダサいと言っているが……なぜだろう。俺が着た時よりは全然マシに見えるし、むしろ似合っているようにさえ見える。顔が良ければ何を着ても似合うということだろうか。まさかこんなところで顔面偏差値の差が出るとは。ああ、世界は今日も無情だ。


「でもまあ、確かに食わす嫌いは良くないよな」


「ほほう? 大河っちも少しは成長したってことかな?」


 ニマニマと悪戯な笑みを浮かべながら、舞華がこちらを見上げる。


 そして、この時。


【私も君に教えてあげたくなったんだよ。自分で“嫌いだ”って決めつけてたことでも、実際に触れてみると案外悪くないよ、ってさ】


 俺は、なんとなく舞華が最初に言っていたセリフの意味を理解できたような気がした。


 ──きっと彼女は、俺に『食わず嫌いはやめた方が良い』と伝えたかったのだ。


 そう考えれば、彼女がわざわざ俺が苦手意識を持つ場所に連れてきたのも納得できる。あの店で俺に大福を無理やり切らせようとしてきたことにも、合点がいく。


「私はさ。ちょっぴり財布に厳しいお金を出してでもえるスイーツの写真を撮るのが好きだし、こうやって意味もなくブラブラと原宿歩くのも好きなの。だから、大河っちがこういうの苦手なタイプなのはなんとなく分かってたけど……今日はそういう“私の好き”を共有したくてさ。勇気振り絞って大河っちを連れてきてみたんだよね」


「……そっか。サンキューな」


 誰だって自分の好きなものは誰かと共有したいはずで。けれど、誰にでもそれを理解してもらえる保証なんて、どこにもなくて。


 その板挟みの中、わざわざ俺のために勇気を出してくれた彼女に、俺は偽りのない本音で感謝を伝えた。


「ふふ、まあ、大河っちって良くも悪くも頑固で単純だからねぇ。私たちの前で見栄張ってカッコつけてないのはポイント高いけど、着飾らなすぎだと思うよ? 君、『どうせ俺は5人と釣り合うような男じゃない』とか思ってるでしょ? だから、そもそも最初からカッコつける気が無いんだよ。違う?」


「……」


 え、なんなの。なんで急に分析されてんの、俺。


「御曹司なのに変に調子に乗ってないのは好感だけど、大河っちは自分で色々決めつけすぎなんだよ。『冴えない』とか『童貞』とか自分で言ってるけど、多分その状況って自分の意思次第で改善されると思うよ?」


「え、ちょっと待って。お前、いつのまにそんなビシバシ言うキャラになったの。最初はもっと俺に言い寄ってくる感じだったじゃん」


「あー、あの感じで話すのはもうやめたよ。大河っちってウブだからボディタッチは逆効果っぽいし。近づけば近づくほど離れていっちゃうし」


「……そ、そうか」


 なんか沙耶も似たようなこと言ってた気がするな。


「で、つまり私が何を言いたいかっていうと、大河っちはもっと自分の価値を決めつけずに自信を持とうってことだよ。大河っちは背高いし、顔も悪くないんだから。オシャレすれば今よりもっとカッコよく見えるだろうし、『5人と釣り合わない』なんてことは全然無いんだよ? 今の生活環境なら私たちのことばっかり考えちゃうのは分かるけど、偶には自分のことを考えるのも良いと思うの」


「……え、なに? オカン?」


 メッセージで『なんてこったパンナコッタ』とか送ってくる母より、よっぽど為になることを言われている気がする。


「じゃあ、もしかしてアレか? わざわざメンズ服の店に連れて行ってくれたのも俺にオシャレさせるためなのか?」


「おっ、いいね、大河っち。そういう感じで女の子の意図を汲み取れるのはとっても良きだよ。これからもショベルカーのごとくガンガン汲み取っていきたまえ」


「一体お前は誰目線なんだ」

   

 控えめな胸の前で腕を組み、得意げに笑う舞華。確かに以前のグイグイ来るキャラよりは断然こっちの方が接しやすいが、これはこれでキャラを掴みづらい。


「あ、時に大河っち? さっき自分のことを考えろって言ったついでに思い出したんだけど、大河っちって自分の気持ちについてはどう考えてるの?」


「ん? どういうことだよ?」


「いや、仮に魔女全員言い当てたとして、その後大河っちはどうするのかなって思って。大河っち的には夢に出てくる女の子と結ばれたいのかなとか、正体バレちゃった魔女との関係はどうするつもりなのかなとか、その辺が少し気になって」


「そ、それは……」


 白状してしまえば俺は、正体が分かった後の彼女たちとの関係について、明確な答えを持ち合わせていない。


 いや、正確には考える余裕が無かったと言った方が正しいか。誰が“あの子”なのかを気にするばかりで、俺はその後のことまで思考が及んでいないのだ。


「ごめんね、急に変なこと聞いちゃって。じゃあ、ちょっと質問変えるね?」


「お、おう」


 そして俺の返答を聞いた彼女はコホンと1つ咳ばらいをすると、


「もし魔女が大河っちのこと好きになっちゃったら……どうする?」


 なんとも予想斜め上の問いかけを繰り出してきた。


「……いや、そんなことあるのか?」


 正直な感想である。


「無いとは言い切れないんじゃない? 恋はいつだって突然だよ。大河っちは思い出と経験はプライスレスだって言ってたけど、愛情だってプライスレスじゃん。お金目当てが大河っち目当てに変わるかもしれないし、ニセモノの気持ちがホンモノに変わることだってあるかもよ?」


「俺が告白したら罰金1000万だし、向こうから告白したらシェアハウス追放なんだぞ?」


「本当に好きだったら『罰金はいらないです』って書いた誓約書でも用意すればいいし、同居してなくても恋愛はできるよ?」


「ま、まあ、確かに一理あるかもしれないが……お前は俺の気持ちを聞いて一体どうしたいっていうんだ?」


「うーん、別にどうしたいってわけでもないよ? だって、大河っちの気持ちが気になるのは当然のことじゃん。たとえ私が魔女だったとしても、そうじゃなかったとしても。君の答えが知りたいって思うのは、あの家に住んでたら当たり前のことでしょ?」


「それは……そうかもな」


 もし、魔女が俺に好意を抱いたとしたら。もし、俺が魔女に好意を抱いてしまったとしたら。


 ──もし、俺が魔女と結ばれるような状況になってしまったとしたら。


 彼女の問いかけは、そんな可能性を示唆するものだった。“あの子”を見つけ出すためだけに動いていた俺の胸中に、今まで考えもしなかった第二の可能性を与えるような。そんな問いだった。


「3人がニセモノで、1人がホンモノ。それでも、ニセモノがホンモノより輝いて見えることがあるかもしれないし、ホンモノが錆びついているように見えることだってあるかもしれない。そうなったら、大河っちはどうする?」


 ──きっと、彼女は俺を試している。


 どうしてそんな真似をするのかは、分からない。しかし、なぜかそれだけは確信できた。


 この問いへの返答を間違えれば、彼女からの信用を失くしてしまうような……そんな気がするのだ。上手く言葉には表せないが、そんな考えが脳裏を過ったのである。


 ──だったら、ここは生半可な回答をするわけにはいかない。


「たとえ魔女と好き合うことになったとしても、何かがあって“あの子”に嫌われることになったとしても……俺は“あの子”を探すのを辞めないよ」


「どうして? 魔女と結ばれて幸せになれるんだったら、わざわざ探す必要もないとは思わない?」


「思わないよ。それだけは絶対にない」


「どうして?」


「それは……答え合わせをしたいから、かな」


 “あの子”と結ばれるとか結ばれないとか、そんなことはまだ分からない。だが俺は、夢に出てくる靄の先にある彼女の表情を知りたい。答え合わせをしたいのだ。


 俺は未だにあの夢を見ている。見続けている。過去に囚われて、呪いのような夢を見続けている。


 ──その過去の妄執から抜け出すためには。俺は絶対にもう一度“あの子”と会わなければならない。


「答え合わせをして、大河っちはどうするの?」


「うーん、具体的なことは分からないけど……話すかな。とりあえず皆と話す」


「話す?」


「ああ、俺は皆と話したいんだ。魔女とか魔女じゃないとか気にせずに、皆と普通に話してみたいんだよ。いつか素の5人と話してみたい」


 そして、もし叶うのならば。俺は魔女ハウスの一員ではない彼女たちのことを知りたい。せっかく出会ったのだから、一度自然体で会話を交わしてみたい。


 まあ……完全に理想論なんだけどな。


「……ふふっ、なにそれ。そんなの絶対無理じゃん。リサっちがちょっと特例なだけで、普通なら正体がバレたら速攻で関係崩れちゃうよ」


 口に出した言葉は冷徹で。しかし愉快に笑いながら、隣の彼女がこちらに視線を向ける。


「はは、そうだろうな。何もかもがバレた後に五人で普通に話すなんて、絵空事だ。でも、理想を思い描くだけなら自由だろ? 叶いっこないことでも、『叶えばいいなぁ』って口に出すくらい許してくれよ」


 彼女に応じて、俺も視線を衝突させる。甘すぎる夢想を掲げながら、並び歩く少女と見つめ合う。


「はあ、まったく。大河っちったら、相変わらず甘々ボンボンなんだから。そんなんだと社長とか無理なんじゃないの? 偉い人になるんだったら、もうちょっと性格悪くなった方が良いよ?」


 なんて、真っ当過ぎる指摘をぶつけられたものの。


「でも」


 と続けた彼女は、背中の後ろで手を組んでこちらの正面に回り──


「──私はそういう大河っち、嫌いじゃないよ?」


 トレードマークの八重歯を見せつけながら。今日一番の笑顔と共にウィンクを添えて、これまで勘違い男子を量産してきたであろうセリフを、言い放っていた。

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