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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
第三章 First Flavor
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盛るぜぇ〜超盛るぜぇ〜

 せっかくの遊園地なのに、芦屋さんが低身長のせいで楽しめないというのはもったいないことである。


 そんなわけで、俺は曇ってしまった彼女の顔に再び笑顔を取り戻す方法を考えた。


「え、えっと、岩崎さん? この靴は一体……?」


 ベンチに腰掛けていた芦屋さんが、目をまんまるにしながら立ち上がる。正面に立っている俺をキョトンと見つめている彼女の目線の高さは、明らかに普段よりも俺の目線に近い。


「それは厚底シューズだよ。簡単に背丈を盛れる便利アイテム。これでさっきのジェットコースターにも乗れるんじゃないかな?」


 ──単純にして明快。俺が考えた身長制限の解決法とは、厚底シューズを利用した身長ドーピングである。


 身長が足りないんだったら、盛ってやればいいだけの話だ。靴は爺に無理を言って先ほど用意させた。園の外で爺と合流して靴を受け取り、それを芦屋さんに手渡して今に至るというわけである。


「履き心地はどう? サイズ大きかったりしない?」


「あ、それは大丈夫ですけど、そ、その……岩崎さんとの距離がいつもより近くて、ちょっぴり恥ずかしいです……」


「っ! そ、それはそうかもね!」


 急に赤面しながら上目遣いするのは本当にやめてほしい。不意打ちでかわいいのは勘弁してほしい。


「よ、よーし! じゃあ、さっきのジェットコースターにもう一回行ってみよう!!」


 思わず胸が高鳴ったのを誤魔化しつつ、特大木製コースターを指さす。


「……そ、そうですね。せっかく乗れるようになったですし、行きましょうか」


 だが、しかし。意気揚々な俺とは裏腹に、芦屋さんの表情は若干の影を帯びていた。


「芦屋さん、どうしたの? なんか浮かない顔だけど。あ、もしかして靴のデザインが気に入らなかったとか?」


 大至急用意させた靴で、デザインが真っ黒スニーカーの一択だったからな。もしかしたら女の子としては不満に思ったのかもしれない。


「あー、いや、別にそういうわけじゃないんですけど……その、なんというか、どうして岩崎さんは私のためにわざわざここまでしてくれるのかな、と思いまして……私はただ岩崎さんの近くに居るだけで、岩崎さんのために何をしたわけでもなくて。なのに、どうして岩崎さんはそんな私のためにわざわざ靴を用意してくれたのかなって……あはは、それが分からなくて少しボーっとしちゃったです」


 力なく笑う彼女は、どこか不安げに自らの心情を語った。性根の悪い女なら『ありがとね!』と、あざとくウィンクでもしながら遠慮なく俺の施しを受けそうなものなのだが、彼女は違った。


 あろうことか、彼女は俺の施しに疑問を呈したのである。


「あ、ご、ごめんなさい! 靴をいただけたのは嬉しいし、ジェットコースターに乗れるのはとっても楽しみですよ! でも、ちょっと岩崎さんに申し訳なくなってしまって……」


 ノースリーブでむき出しになった細腕を振り回し、眉毛を八の字にしてアワアワとこちらの顔色をうかがう芦屋さんは、どこからどう見ても善人そのものだった。


 この娘のこういうところはシェアハウス生活の貴重な癒し要素であり、同時に最大の悩みの種でもある。はあ、まったく。ただの悪女だったらどれだけ楽なことか。


「芦屋さんは律儀だなぁ。靴くらい、黙って貰っとけばいいのに。ほら、ウチって何気に日本一の金持ちなんだしさ」


「で、でも……!」


「その、なに? 芦屋さんが俺のために何かをしたとかしてないとか、そういうのは関係ないんだよ。身長制限なんてくだらない理由で芦屋さんが楽しめなくなるのが、なんとなく気に入らなかったんだ。俺が、個人的に気に入らなかったんだよ」


 本当に、それだけだ。なんとなく不平等だと思ったから、他の客と平等な状況を芦屋さんに用意しただけの話である。


「わ、私はもしかしたら岩崎さんを騙そうとしてるかもしれないんですよ? そんなに私に優しくしたら、後悔するかもしれないですよ?」


「別に意識して優しくしてるつもりはないよ。もちろん、後悔するつもりもない。俺の行動に裏なんて無いよ。駆け引きとか苦手だし。魔女とか魔女じゃないとか関係なく、芦屋さんの顔を曇らせたくなかった。だから靴を用意した。別に大したことをしたわけじゃないさ」


「じゃ、じゃあ、どうして……どうして、岩崎さんは私の顔を曇らせたくなかったんですか?」


「はは、そんなの決まってるじゃん」


 靴一つでここまで感謝されるなら安いものだ、なんて思いつつ、俺はいつもよりカッコつけながら彼女を見つめ返した。


 ああ、決まっている。そんなことは決まり切っている。俺はこの娘の暗い顔なんて見たくなかったんだ。自分でも甘いと思うし、大袈裟かもしれないが……やはり、この娘には笑っていて欲しかったんだ。


「せっかく2人でのデートなんだからさ。隣の女の子に笑っていてほしいと思うのは当然のことじゃないか」


 好きとか嫌いとか、そんなことは関係なく。きっと俺は、どこにでもいる1人の男として、自分ができることをやりたかっただけなのだろう。

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