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この中に1人メインヒロインがいる  作者: Taike
第三章 First Flavor
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デートウィーク

 ──懐かしい夢を見た。


「ごめんね、大河。私のせいで、こんなことになっちゃって……」


 どこか見覚えがあるような、木造家屋の一室。原因不明の体調不良に襲われ、ベッドに横たわっている俺の傍には、大粒の涙を浮かべながらこちらに呼びかける彼女がいる。


 相変わらずその顔にはもやがかかっているのに……なぜだろう。彼女が泣いていることだけは、ハッキリと理解できるのだ。


 二人きりの薄暗い部屋。響き渡るのは雷の轟音、木々を揺らす風音、そして彼女の泣き声のみ。それら全てが共鳴し、彼女の不安を煽るように不協和音を奏でている。


「はは、泣かないでよ。俺は大丈夫だから。俺は……どこにも行かないからさ」


 だから、俺は嘘をついた。見栄を張ってでも笑顔を作って、彼女の涙を指先で拭き取った。


 本当は声を出すだけでも辛くなるくらい、頭も身体もしんどかったけれど。それでも彼女の泣き顔を見ている方がもっと苦しかったから。朦朧とする意識の中、俺は必死で笑顔を作って泣きじゃくる彼女を慰めた。


 ──されど、靄は晴れぬまま。今日も朧な思い出だけが、呪いのように脳裏を駆け巡る。



「……」


 もはや見慣れた魔女ハウスの自室にて、俺の意識は覚醒。今日も今日とて例の夢を見てしまった。


 毎回毎回、断片記憶の再生。加えてタチの悪いことに、この断片の数々をパズルのように繋ぎ合わせる手段を俺は持ち合わせていない。情報が漠然とし過ぎていて、夢の時系列すら分からないのである。


「さて、一階に降りるか」


 時は金なり。分からんことを考えても時間の無駄無駄。“腹が減っては戦はできぬ”というし、朝飯でも食いに行こう。まだ8時だ。この時間なら、ちょうど沙耶のお手製朝飯が完成する頃合いだし、まずは腹ごしらえと洒落こもう。



「「「「「いただきまーす」」」」」」


 一階に降りると、なんと今朝は珍しく全員集合であった。いつもは起床時間もバラバラで、基本的には沙耶が作り置きにしておいた朝飯を各自レンチンして好きな時間に食う、というのが魔女ハウスの朝飯スタイルになっているのだが、今日は全員が早起きだったようだ。こうして6人で食卓を囲むのは、何気に初日以来だったりする。


「ねぇ、なんで今日は皆早起きなの? なんか用事でもあんの?」


 相変わらず絶品なお手製卵焼きを飲みこみつつ、全員に向けて尋ねてみる。


「ふぁー……あ、えっと、用事があるってわけではないんですけど……ほら、夏休みもあと一週間ですよね? 私、このままネボスケさんな生活を続けてたら、授業が始まった時に一限に遅刻しちゃいそうで怖いんです。だから早起きしてみたんですけど……うーん、でもまだ少し眠いです……」


 目を擦りながら小さくあくびをする芦屋さんの言葉に、女性陣全員がウンウンと頷く。なるほど。そういうことか。


 現在、暦では9月末。すなわち秋ではあるのだが、俺たちの夏休みは9月いっぱいまでとなっている。秋なのに夏休み、というのは随分ややこしい感覚ではあるが、要するに、もう少しで長期休みが終わるというわけだ。


 つーか……シェアハウスに放りこまれて、海の家でてんやわんやしてたら夏休みが終わりかけてた。


「? 大河さん? 浮かない顔ですけど、どうかしましたか? もしかして料理が口に合わなかったり……」


「い、いや! 沙耶の料理はいつも通り美味しいから! いやマジで!」


「ちょ、ちょっと! 褒め過ぎですよっ! もうっ!!」


 両手を頬に当てつつ、身体をグネグネさせながら照れる沙耶。どうやら平常運転のようである。


 しかし、俺が浮かない顔になるのも仕方のないことではなかろうか。


 マジで色々と怒涛の展開過ぎて、一瞬で夏休み終わった感覚なんだよ。密度が濃すぎたんだよ。その割にはあんまり状況変わってなくて、正直かなり焦っている。


 まあ、全く変わっていないかと聞かれれば、別にそういうわけでもない気はするが。


「いやー、それにしても沙耶のご飯っておいしいよね。どうやったらこんな風につくれるんだろ……」


 例えば。最初は年上でクールな印象だった千春さんではあるけれど、実は料理とか運転が苦手で、意外とポンコツなところもあるってことが知れたわけで。


「うわっ、アタシ、今日星座占い最下位じゃん……」


 例えば。最初はガサツで大胆な印象だったリサではあるけれど、実は繊細でセンチメンタルになりやすい面もあるってことが知れたわけで。


「ほらほら、大河っち! 箸が止まってるよ? 冷めないうちに早く食べないともったいないよ! せっかくの美味しい朝ご飯なんだからさ!」


 例えば。最初は距離感が近すぎて怪しい印象だった舞華ではあるけれど、実は周りが良く見えていて、どこにいても明るく元気なムードメーカーになれるってことが知れたわけで。


「うぅ……ピーマン苦いです……」


 例えば。見た目通り幼さが残る芦屋さんではあるけれど、時には大人っぽく見られるためにアピールしたりすることが知れたわけで。


「ふふふ、大河さんに褒められた……!」


 例えば。最初はスタイル抜群で色気ムンムンに見えた沙耶も、時には年下の女の子らしい純粋な部分を見せるってことが知れたわけで。


 そして何より。海の家での一件を通して、俺は視野を広げ、より彼女たちのことを知らなければならないということを自覚した。


 不器用な俺は、きっとそうすることでしか彼女たちの正体を見破ることができない。残念なことに、疑いながら、腹を探りながら彼女たちの心を暴くことができるほど、俺は容量が良くないのだ。ノーガードで4人に近づき、包み隠さずにストレートな言葉をかけることしかできないのである。1人で考えこんだところで空回りするのがオチだってのは、この前のリサとの一件で痛いほどに理解した。


 と、なれば。やはり、やることは一つだけか。



「ん? もっと4人のことを知るためにはどうすればいいか? え、なに。どしたの、急に」


 朝食終了後。俺はリサの部屋に直行し、4人を知るためのアイデアを一緒に考えてもらうことにした。少々安直かもしれないが、1人で考えてダメなら誰かに相談しよう、という論理だ。


「なあ、何か良い方法ないか? 女子目線での意見が欲しいところなんだよ」


「ふっふっふ。しょーがないわね! じゃ、このアタシがわざわざ大河のためにideaを出してあげようじゃないの!」


「なんなんだ。そのやたら尊大な態度と、無駄にネィティブな発音は」


 はちきれんばかりに胸を張り、ニヤケ顔でビシッとこちらを指さすリサ。協力的なのはありがたい限りであるが、なんというか、こう、妙にテンションが高い。


「ていうか、さ。アンタ、普通にあの4人とデートすればいいんじゃないの? 日替わりで交代交代、みたいな感じで。普段の大河なら童貞極めてデートとか誘えないかもしんないけど、この状況なら誰もアンタの誘いを断らないだろうし」


「うむ、確かに一理あるな。一言余計ではあるが」


「ま、アタシはサービス精神旺盛だからね。無意識のうちに余計な一言もサービスしちゃうのよ」


 そんなサービス業は今すぐ営業停止してほしいものである。


 うーん、しかしデートか。一番シンプルなアイデアだが、そういう経験が無さ過ぎて逆に考えたことがなかった。いや、沙耶から誘われたことはあるけど、アレも結局なんやかんやで有耶無耶になってたし。


「夏休みもあと一週間だし、まあちょうどいいんじゃない? “デートウィーク”って感じにすれば、長期休暇の締めとしても悪くないでしょ。あ、でも……」


「ん、なんだよ?」


 するとリサは、首を傾げている俺を、またもやニマニマと眺めつつ、


「──うっかり惚れないように気をつけないとね?」


 この“デートウィーク”において俺が最も気をつけておくべきことであり、なおかつ、気をつけたところでどうにもできそうにない事実を言い放ったのであった。



「……」


 もはや見慣れた魔女ハウスの自室にて、俺の意識は覚醒。今日も今日とて例の夢を見てしまった。


 毎回毎回、断片記憶の再生。加えてタチの悪いことに、この断片の数々をパズルのように繋ぎ合わせる手段を俺は持ち合わせていない。情報が漠然とし過ぎていて、夢の時系列すら分からないのである。


「さて、一階に降りるか」


 時は金なり。分からんことを考えても時間の無駄無駄。“腹が減っては戦はできぬ”というし、朝飯でも食いに行こう。まだ8時だ。この時間なら、ちょうど沙耶のお手製朝飯が完成する頃合いだし、まずは腹ごしらえと洒落こもう。



「「「「「いただきまーす」」」」」」


 一階に降りると、なんと今朝は珍しく全員集合であった。いつもは起床時間もバラバラで、基本的には沙耶が作り置きにしておいた朝飯を各自レンチンして好きな時間に食う、というのが魔女ハウスの朝飯スタイルになっているのだが、今日は全員が早起きだったようだ。こうして6人で食卓を囲むのは、何気に初日以来だったりする。


「ねぇ、なんで今日は皆早起きなの? なんか用事でもあんの?」


 相変わらず絶品なお手製卵焼きを飲みこみつつ、全員に向けて尋ねてみる。


「ふぁー……あ、えっと、用事があるってわけではないんですけど……ほら、夏休みもあと一週間ですよね? 私、このままネボスケさんな生活を続けてたら、授業が始まった時に一限に遅刻しちゃいそうで怖いんです。だから早起きしてみたんですけど……うーん、でもまだ少し眠いです……」


 目を擦りながら小さくあくびをする芦屋さんの言葉に、女性陣全員がウンウンと頷く。なるほど。そういうことか。


 現在、暦では9月末。すなわち秋ではあるのだが、俺たちの夏休みは9月いっぱいまでとなっている。秋なのに夏休み、というのは随分ややこしい感覚ではあるが、要するに、もう少しで長期休みが終わるというわけだ。


 つーか……シェアハウスに放りこまれて、海の家でてんやわんやしてたら夏休みが終わりかけてた。


「? 大河さん? 浮かない顔ですけど、どうかしましたか? もしかして料理が口に合わなかったり……」


「い、いや! 沙耶の料理はいつも通り美味しいから! いやマジで!」


「ちょ、ちょっと! 褒め過ぎですよっ! もうっ!!」


 両手を頬に当てつつ、身体をグネグネさせながら照れる沙耶。どうやら平常運転のようである。


 しかし、俺が浮かない顔になるのも仕方のないことではなかろうか。


 マジで色々と怒涛の展開過ぎて、一瞬で夏休み終わった感覚なんだよ。密度が濃すぎたんだよ。その割にはあんまり状況変わってなくて、正直かなり焦っている。


 まあ、全く変わっていないかと聞かれれば、別にそういうわけでもない気はするが。


「いやー、それにしても沙耶のご飯っておいしいよね。どうやったらこんな風につくれるんだろ……」


 例えば。最初は年上でクールな印象だった千春さんではあるけれど、実は料理とか運転が苦手で、意外とポンコツなところもあるってことが知れたわけで。


「うわっ、アタシ、今日星座占い最下位じゃん……」


 例えば。最初はガサツで大胆な印象だったリサではあるけれど、実は繊細でセンチメンタルになりやすい面もあるってことが知れたわけで。


「ほらほら、大河っち! 箸が止まってるよ? 冷めないうちに早く食べないともったいないよ! せっかくの美味しい朝ご飯なんだからさ!」


 例えば。最初は距離感が近すぎて怪しい印象だった舞華ではあるけれど、実は周りが良く見えていて、どこにいても明るく元気なムードメーカーになれるってことが知れたわけで。


「うぅ……ピーマン苦いです……」


 例えば。見た目通り幼さが残る芦屋さんではあるけれど、時には大人っぽく見られるためにアピールしたりすることが知れたわけで。


「ふふふ、大河さんに褒められた……!」


 例えば。最初はスタイル抜群で色気ムンムンに見えた沙耶も、時には年下の女の子らしい純粋な部分を見せるってことが知れたわけで。


 そして何より。海の家での一件を通して、俺は視野を広げ、より彼女たちのことを知らなければならないということを自覚した。


 不器用な俺は、きっとそうすることでしか彼女たちの正体を見破ることができない。残念なことに、疑いながら、腹を探りながら彼女たちの心を暴くことができるほど、俺は容量が良くないのだ。ノーガードで4人に近づき、包み隠さずにストレートな言葉をかけることしかできないのである。1人で考えこんだところで空回りするのがオチだってのは、この前のリサとの一件で痛いほどに理解した。


 と、なれば。やはり、やることは一つだけか。



「ん? もっと4人のことを知るためにはどうすればいいか? え、なに。どしたの、急に」


 朝食終了後。俺はリサの部屋に直行し、4人を知るためのアイデアを一緒に考えてもらうことにした。少々安直かもしれないが、1人で考えてダメなら誰かに相談しよう、という論理だ。


「なあ、何か良い方法ないか? 女子目線での意見が欲しいところなんだよ」


「ふっふっふ。しょーがないわね! じゃ、このアタシがわざわざ大河のためにideaを出してあげようじゃないの!」


「なんなんだ。そのやたら尊大な態度と、無駄にネィティブな発音は」


 はちきれんばかりに胸を張り、ニヤケ顔でビシッとこちらを指さすリサ。協力的なのはありがたい限りであるが、なんというか、こう、妙にテンションが高い。


「ていうか、さ。アンタ、普通にあの4人とデートすればいいんじゃないの? 日替わりで交代交代、みたいな感じで。普段の大河なら童貞極めてデートとか誘えないかもしんないけど、この状況なら誰もアンタの誘いを断らないだろうし」


「うむ、確かに一理あるな。一言余計ではあるが」


「ま、アタシはサービス精神旺盛だからね。無意識のうちに余計な一言もサービスしちゃうのよ」


 そんなサービス業は今すぐ営業停止してほしいものである。


 うーん、しかしデートか。一番シンプルなアイデアだが、そういう経験が無さ過ぎて逆に考えたことがなかった。いや、沙耶から誘われたことはあるけど、アレも結局なんやかんやで有耶無耶になってたし。


「夏休みもあと一週間だし、まあちょうどいいんじゃない? “デートウィーク”って感じにすれば、長期休暇の締めとしても悪くないでしょ。あ、でも……」


「ん、なんだよ?」


 するとリサは、首を傾げている俺を、またもやニマニマと眺めつつ、


「──うっかり惚れないように気をつけないとね?」


 この“デートウィーク”において俺が最も気をつけておくべきことであり、なおかつ、気をつけたところでどうにもできそうにない事実を言い放ったのであった。

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